第18話 妹とのおうちデート

「今日はおうちデートしようか、お兄ちゃん」


 太ももを露にしている鼠色のショートパンツに、部屋着用の淡い水色のTシャツ姿。いつのサイドテールを揺らしながら、綾乃はそんな言葉を口にした。


「おうちデート?」


 母さんがおばあちゃんの家に行き、その後を追うように翌朝会社から帰ってきた父さんがおばあちゃんの家に向かって、家には俺と綾乃しかいないという状況になっていた。


 互いを異性だと意識している二人が、一つ屋根の下で一晩を過ごす。


 本来、俺たちは兄妹なので何も問題が起こるはずがないのだが、仮の状態とはいえお付き合いをしている俺たちにとって、今の状況はあまり健全とは言えなかった。


「おうちデートって何するんだ?」


 二人きりで何をして過ごすのだろう。そう考えていると、朝ご飯を食べ終えた綾乃がそんな提案をしてきた。


「何って、だらだらしたり、いちゃいちゃしたり?」


「いや、いちゃいちゃって、俺達は兄妹だろ?」


「うん、そうだね。それで、恋人の関係でもあるよね」


 綾乃は俺の返答を予想していたのか、軽くそんな言葉で俺をいなした。


 互いの気持ちを確かめるため、恋人らしいことをしてみる。その約束のもと、仮の恋人関係になった手前、綾乃の提案を簡単に突き返すのは難しい。


 両親がいないという状況。このまま綾乃とこの関係をだらだら続けていけば、良くない結果にたどり着くことは目に見えていた。


 それなら、ここで一気に自分の気持ちを確かめる必要があるのかもしれない


「……そうだな。まぁ、だらだらするのはいつも通りだし、多少は、な。」


「とりあえず、アニメでも観て過ごそうよ」


「なんだ。そういうのなら、全然いいぞ」


 綾乃が口にしたいちゃいちゃの部分が気になっていたが、ただアニメを観るだけならいちゃいちゃのしようがないだろう。


 そう思ったので、俺は綾乃の提案を軽い気持ちで受け入れた。こうして、俺たちはリビングでいつものようにアニメの上映会をすることになったのだった。




「お兄ちゃん、こっちこっち」


「え? なんで床? ソファーに座らないのか?」


 ノートパソコンとテレビをHDMIで繋いで、アニメが観れる準備を整えた綾乃はなぜかクッションを置いて床に座っていた。


 俺の分のクッションも綾乃のすぐ後ろに置かれており、俺の座る位置まで指定している。


「……その位置だと、綾乃が近すぎて俺アニメ観れないんじゃないか?」


「大丈夫だから。ほら、一回こっち来てみて」


 このまま無視をして俺だけソファーに座ってもいいのだが、それで綾乃が拗ねた場合の反撃を考えると、今は綾乃の言葉に従っていた方がいいのかもしれない。


 俺は抵抗することを諦めて、綾乃のすぐ後ろに置かれていたクッションの上に腰を下ろした。


 距離としてはほぼゼロの距離。クッションが置かれていた位置に座ると、自然と脚の間で綾乃を挟む形になった。


体が触れていないのが奇跡的くらいの距離間。


少し緊張しているのか、綾乃から仄かに香ってくる甘い香りの中に、微かに汗のような臭いが混じっているような気がした。


 柔軟剤やボディソープの科学的な香りに、本来の綾乃の香りが混ざり、本能を刺激してくるような女の子の匂いが鼻腔をくすぐってくる。


 落ち着いて深呼吸をしようとすれば、さらに深手を負いそうだったので、俺は意識を他に向けながら目をつぶった。


「お兄ちゃん、手かして」


「ん? って、お、おいっ!」


 綾乃は目を閉じて視界が真っ暗になっている俺の手を取って、その手をお腹に巻き付けた。女の子の体の柔らかさが、薄いTシャツ越しに伝わってきて、俺は驚いたような声を出していた。


「あ、あんまりお腹は突いたりしないでね。あと、下手に動くとおっぱいに当たっちゃうから、あんまり動かないで」


「こ、これは、さすがにどうなんだっ」


 腕をお腹に巻き付けられると、自然と俺の体勢も前のめりになる。前に倒れた体は綾乃の背中に密着してしまい、バックハグをしているような体勢になってしまっていた。


「お父さんもお母さんも使ってるリビングで、お兄ちゃんに抱きつかれちゃってるね、私」


「きょ、強調するのはやめてくれ」


 俺の腕を撫でながら、綾乃は俺たち以外誰もいないリビングで、潜めたような声でそんな言葉を口にした。


 まるで、秘密を共有していることを強調するようだった。


 綾乃の体の柔らかさと、華奢な後ろ姿を体で感じながら、息をすれば綾乃の香りが肺に入ってくる。


 想像以上に綾乃が女の子であるという事実を前に、それに触れているという事実を前に、俺は心臓の音をうるさくしていた。


 親のいないリビングで妹に抱いている。


俺の手を撫でている綾乃の手を振り払えば、こんな状況は簡単に崩すことができただろう。


 それをしないということは、俺も受け入れているのだ。異性として意識した妹を抱きしめるという、背徳的な倫理観から外れた行為を。


 癖になりそうな麻薬染みた刺激。ただの女の子ではない、妹を抱きしめているという状況が、俺の心拍数を跳ね上げていた。


「心臓の音、凄い聞こえてくる」


 今の状況に酔っているのか、俺に抱きしめられているせいなのか、綾乃は耳の先まで真っ赤にしてそんな言葉を漏らしていた。


 俺の心臓の音は綾乃の背中を通して、綾乃の耳にまで届いていたようだ。


 その事実が俺の体を熱くさせて、背中越しにその熱と心臓の音を綾乃に伝える。


完全な悪循環だ。


 俺が何も言い返さないでいると、その心臓の音が勘違いではないと確信したのだろう。綾乃は俺の腕を優しくきゅっと掴んで、言葉を続けた。


「……お兄ちゃん、妹相手にすごいドキドキしてるんだ」


「……不可抗力だ」


 否定することができなくなった心音の音をそのままに、俺は少しだけ強く綾乃のことを抱きしめていた。


 これがただの性欲なのか、恋愛感情なのか。それについて答えを出せていないまま。

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