第16話 妹と制服デートを
「制服デートしてみたいかも」
「制服デート?」
学校からの帰り道。春香と分かれて家までの帰り道を歩いていると、綾乃が思いついたようにそんな言葉を口にした。
「あれか。制服着て遊園地とかに行くってやつか?」
制服デートなるものの噂は聞いたことがある。休みの日などにわざわざ制服を着て、どこかに遊びに行くというやつだ。
それが女子同士で憧れになっているとかいないとか。
でも、綾乃がそんなことを言いだすとは、少し意外ではあった。
綾乃は俺の影響を受けたせいか、基本的に男物の漫画やアニメを観たりすることが多い。
男物の作品の中で制服デートを強調した描写はあまりないので、綾乃が制服デートに憧れるというのが少し意外だったのだ。
「そういうのもいいけど、普通にファストフードとかでもいいかな」
「ファストフード? そんなんでいいのか?」
「むしろ、そういうのがいいの」
綾乃は少し含みのあるような笑みを浮かべながら、そんな言葉を口にした。
もっとデートスポットとかに行くのが制服デートなのかと思ったが、そんな手軽な制服デートという物もあるのか。
「それなら、このまま行くか? 駅まで行けばハンバーガーチェーンがあるだろ」
「うん、そうしようっか」
ただハンバーガーを食べるだけ。それをデートと呼んでいいのか分からないが、綾乃がそれを望むなら別にいいだろう。
ただ飯を食うだけなら、近場で問題もないだろう。
そんな安直な考えのもと、俺たちは駅前にあるファストフード店へと向かったのだった。
「……うちの制服着てる人も結構いるな」
平日の放課後ということもあり、ハンバーガーチェーンには学校終わりの学生たちが多くいた。
駅周辺には他の学校もいくつかあるので、俺たち以外の学校の生徒も多い。
それでも、角の二人掛けの席を確保することができたので、俺たちは向かい合う形で腰を下ろした。
頼んだのはチーズバーガーのセット。夕飯が近いこともあるが、夕飯を軽く済ませることにして、俺たちはハンバーガーのセットを食べていくことにした。
ジンジャーエールを啜りながら綾乃の方をちらりと見ると、綾乃は微かに頬を赤くしてこちらから視線を逸らした。
ただ学校帰りにご飯を食べているだけ。それのどこに顔を赤面させる要素があるのか。
「なんか、思った以上に結構どきどきするね」
「いや、これって、ただの寄り道なのでは?」
お腹が空いたから途中で何かを食べて帰る。仲の良い兄妹の間ではそれは珍しいことでもなく、これまでに何度もしたことがあった。
いったい、何に対して緊張しているのだろうか?
綾乃の言葉を聞いても未だ分からないでいる俺に気づいたのか、綾乃は周囲を見渡した後にちょいちょいと手招きをした。
何か大きい声では言いにくいことなのだろうか?
手招きをされて体を前のめりにすると、すぐそこに綾乃の顔があった。
兄妹として距離間が近いことはこれまで何度もあった。しかし、顔と顔を近づけるようなことはほとんどなく、近くなった顔に思わず胸の奥が軽く跳ねていた。
それでも、じっと見つめ合うなんてことはなく、俺は片耳を綾乃の方に差し出した。
それ確認した綾乃は少し身を乗り出して、メガホンのようにした手を口元に置いてから、そっと口を開いた。
「私達兄妹が付き合ってるって、誰も知らないんだよ。……なんかさ、いけないことをしているのを、見せつけてる気がしない?」
耳元で囁かれたその声は、微かに熱を帯びているようだった。鼓膜をくすぐるような声で囁かれて体がゾクッとなり、一気に耳が熱くなるのを感じた。
「おまっ、そんなことと考えてたのかっ」
速まった鼓動は誤魔化せないくらいの速度で心音を刻み、体を熱くさせた。
慌てて距離を取ったが、熱くなった体の温度は中々下がらなかった。
俺たちの関係がバレないかのどきどきに対してか、耳元で囁かれた俺の反応を見てなのか、綾乃が微かに妖艶さを感じるような笑みを浮かべているような気がした。
いや、ただ俺にそう見えているだけかもしれないが。
「で、でも、まぁ、あれだ。普通に食事してるようにしか見えないだろう」
俺は自分を落ち着かせるために、自分に言い聞かせるようにジンジャーエールを飲みながら、そんな言葉を口にした。
「……確かに、誰も変な感じで見てこないね。うーん、これだと少し前とあんまり変わんないかも」
俺の言葉を受けて辺りを見渡した綾乃は、先程までのスリルを味わっているような笑みを引いて、肩透かし感のあるような声色をしていた。
いけないことをしていると言っても、それを知っているのは俺たちだけ。当然、何も知らない周囲にいるお客さんからすると、俺たちが兄妹であること自体知らないだろう。
そして、俺たちのことを知っている人たちからすれば、ブラコンシスコン兄妹がただ飯を食べているようにしか見えない。
スリルを味わうにしては、対した刺激ではない。
いや、刺激なんて足りなくていいんだけどな。俺たちの本当の関係なんて、誰にも知られない方がいいに決まっている訳だし。
落ち着きが戻ってきたので、ちらりと綾乃の方を見てみると、綾乃はつまらなそうにポテトをかじって周囲を見ていた。
もしかして、急に制服デートをしたいと言い出した理由って、バレるかどうかのスリルを求めて提案したんじゃないだろうな。
いや、俺の妹がそんなことを考えるはずがない。……考えるはずが。
生じてしまった疑いを本人に問うことができず、俺も綾乃に倣うようにポテトをかじろうとしたときだった。
綾乃が何やら下を見てもじもじと動いていた。
何をしているんだろうと思いながら見つめていると、突然俺の脚に温かくて柔らかいものが触れてきた。
「って、うおっ! な、なんだ?」
「ふふっ。お兄ちゃん、驚きすぎ」
綾乃は俺の反応を見て噴き出すように笑みを浮かべていた。最近の女の子らしい表情ではなく、見慣れていた妹としての表情。
俺をからかうときに見せていたような表情を浮かべながら、綾乃は俺の脚に自分の脚を絡めてきた。
いや、絡めてきたというほどエロいものではない。靴を脱いでその足先を俺の靴の上に置いているだけだ。
それでも、足の裏の部分が俺の脚に触れていた。
靴下独特の布触りと、微かに蒸れて湿ったような足の裏の感触。それが俺のズボンの裾の先を遊ぶようにして動いて、時折俺の素肌に触れてくる。
「さすがに手は繋げないし、足ならバレないかなって」
「ぎょ、行儀が悪いぞ」
顔に余裕がある綾乃の様子を見ると、綾乃からしたら恋人らしいことをしているというよりも、妹として悪戯をしているという認識なのかもしれない。
それでも、一男としては無邪気に触れてくる脚に対して、何も感じないはずがなかった。
いつも無防備にさらけ出していた脚が俺に絡んでいる。その事実と普段触れることのない脚に触れているという事実を前に、妹に抱いてはならない感情を確かに抱いてしまっていた。
「あれ? お兄ちゃん、顔赤くなってる?」
「な、なってない」
確実になっている。自分でも分かるくらいに体が熱くなっているが、その事実だけは認めてはならないような気がした。
綾乃には俺が綾乃を異性として見ていることがバレている。そして、俺が綾乃のパンチらを見て、興奮していたという認識をされている。
それだけでも十分にヤバいのに、これ以上知られたら兄としての尊厳がぐらついてしまう。
俺が必死に顔の赤さを押さえようと、ジンジャーエールを啜ってその感情を隠そうとすると、綾乃は俺の顔を正面からじっと覗き込んできた。
細めた目は何を思っているのか、綾乃の脚の動きがぴたりと止まると、綾乃はそっと口を開いた。
「……お兄ちゃん、妹の脚が好きなの?」
「ち、違うからーー」
「あれ? 大野じゃん」
「おわぁっ! って、い、飯田」
急に名前を呼ばれてそちらに視線を向けると、そこにはクラスメイトの飯田が立っていた。
そのもっと後方には同じ制服の集団がいたので、飯田は友人たちとハンバーガーチェーンに来たようだ。
「え、こっちがびっくりしたよ。なに、どうしたの?」
「いや、なんでもない。急に声かけられたから、驚いただけだ」
綾乃に確信を突かれそうになったせいか、綾乃とデートしている所を見られたせいか、かけられた声に過剰に驚いてしまった。
もしかして、俺は食事をしているようにしか見ないと言いながら、内心かなりビビっていたのかもしれない。
学校の友人達がいるという状況で、実の妹とデートをするという状況に。
「お久しぶりです」
「おー、妹さんも一緒だ。本当に仲良いんだね」
そう言えば、前に手を繋いでいるときにこの二人は会っているんだなと思っていると、飯田が辺りをきょろきょろとしながら、小首を傾げた。
「あれ? 春香は一緒じゃないんだ」
「ああ。さっきまで一緒だったんだけどな。なんか用事があったらしい」
「ふーん。あっ、そうだ。高瀬さんと橋田くんの話知っている?」
飯田は何かを思い出したよう顔をした後、もったいぶるような顔でにやりとした笑みを浮かべた。
高瀬と橋田というのは、以前教室でいちゃついていたカップルのことだ。いや、今でもいちゃついてはいるんだけどな。
「ああ。なんか付き合いだしたってやつか」
「そう、それ! なんだもう知ってたのかー。ていうか、あの二人って今まで付き合ってなかったんだって?」
「ああ、俺もそれを聞いて驚いーーっ!」
俺が飯田とクラスメイトの話を始めると、突然ズボンの中に少し湿っている靴下越しの足の裏を擦りつけられた。
人肌よりも少し温度の低い温かさと靴下の綿のような感触と、足裏独特の少しの硬さと柔らかさが混じり合った感触。
それをぐっと押し付けられて、胸の奥の方を掻かれたような感覚がして、俺は思わず言葉を途中でつぐんでしまった。
俺がビクンと体を跳ねさせたのを見て確信したのか、綾乃は微かに頬を赤らめながら机の下で足を擦りつけてきた。
おかしな動きをしてる脈拍を押さえながら、俺は食いしばってその感触をどうにか逃がそうと奮闘していた。
「大野?」
「な、なんでもなーーいっ!」
綾乃は脚を絡ませたり、指先で脚をつっと沿わせてきたり、べったりと足裏を脚にくっつけたり、優しく擦ったりしてきた。
俺の反応が面白いのか、見えないところで恋人みたいなことをしていることに興奮しているのか、綾乃は頬を赤らめながら、含みのある笑みを浮かべていた。
俺たちの会話を邪魔するように、綾乃の足が俺の集中を欠いてくる。
「なんか顔赤くない、大野?」
「き、気のせいだ」
心配そうに俺のことを見つめてくる飯田に、『妹に足で責められている』なんて言えるはずがなく、俺は自分の太ももを抓って平常心を装って誤魔化した。
「あっ、そうだ。それでさーー」
そして、飯田のトークが終わるまで綾乃の足による悪ふざけは続き、飯田の話は半分も頭に入ってこなかった。
というか、頭に入ったのは綾乃が足を絡めてくる前までだった。
「それじゃあ、また学校でね。妹さんもまたね」
そして、話が一区切りついたところで、飯田は手を振って去っていった。
同級生の前で、数分間見えない所で妹に責められるって、明らかにアウトだろ。
熱くなった体は熱を溜め込んでいるようで、色んな感情が絡み合っていてどうすることもできなかった。
俺はその感情をそのままぶつけるように、綾乃に睨むような視線を受けた。
「おまえっ……」
「べ、別にただ足でじゃれてただけだし、お兄ちゃんが意識しすぎなんじゃないの?」
綾乃もやり過ぎた自覚があるのか、俺に視線を向けられると逃げるように目を逸らした。
結構なことをしていたと後から気づいたのか、足で俺を責めているときよりも顔が赤い。
一方的に辱められたのが悔しかったので、俺は靴を脱いで綾乃の片足を両足で押さえ込んだ。
そして、昔テレビで観た痛い足ツボの箇所を探し出して、そこを思いっきり押し込んだ。
「んあっ!」
俺がツボを押し込むと、綾乃は嬌声に似たような声を漏らした。それも、中々のボリュームで。
体をびくんとさせてそんな反応をした綾乃は、周囲からの一身に浴びて、羞恥の感情で一気に顔を真っ赤にさせていた。
潤んだ瞳でこちらを睨むような視線は、まるで俺が綾乃に変なことをしたかのようだった。
想像よりも色っぽかった綾乃の声は耳にしばらく残り、俺はなんともいたたまれない気持ちになったのだった。
……兄が聞いてはならない声だった気がする。
そんなことを考えながら食べるポテトは、いつもよりも味が薄いような感じがした。
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