第14話 映画を一緒に観るのは妹なのか、彼女なのか

「映画だけど、何か観たいのとかあるか?」


「うーん、海外の映画のシリーズ以外がいいなぁ」


「それは、俺も同感だな」


 無事映画館に着いた俺たちは、チケット売り場から少し離れて、遠目から電光掲示板に映る上映されている映画一覧を確認していた。


 初めに観る映画を決めておいても良かったのだが、こうしてふらっと妹と映画を見に行くのが常だったので、今回も自然とそのスタイルになった。


 繋いだ手はそのままにして、手を繋いでいることを気にしていないような素振りで会話をしてはいるが、綾乃の頬は微かに赤みを帯びていた。


 きっと、俺も同じくらい赤いのだろう。


 俺は綾乃の頬が赤いことに関してあえて触れず、これから観る映画の方に意識を傾けた。


「定番は恋愛映画なんだろうけど、綾乃ちゃんって恋愛映画観ないだろ?」


「二次元の男の子向けのなら観るよ。今やってる恋愛映画は……うわっ、漫画原作の実写だ」


「『うわっ』はやめようぜ、気持ちは凄い分かるけどな」


 綾乃の気持ちが分かってしまう俺は、十二分に原作中でアニオタらしい。多分、俺もそれを綾乃よりも先に見つけたら、綾乃みたいに渋い顔を浮かべていたのだろう。


 そんなことを考えると、思わず抑えきれない笑みが零れてしまった。


 少し背中がこそばゆい感じがする呼び方にも徐々に慣れてきて、呼び方に対する抵抗は結構無くなってはきた。


 あくまで呼ぶ方は、だけれど。


 どうやら、自分で提案しておいて呼ばれる側の綾乃はまだ慣れていないらしく、俺に名前を呼ばれると、戸惑いと照れの感情を高めて頬を熱くするのだ。


 ……そんな感じで人のことを言ってはいるが、果たして自分はどうなのか。


 下手に考えこむと沼にハマりそうな気がしたので、俺はそのことについて考えないようにして、ただじっと上映される映画一覧に目を向けていた。


「拓馬くんっ、あれは?」


 綾乃に手をくいっと引かれてそちらに視線を向けてみると、そこには夏を彷彿とさせる背景と、高校生くらいの少女と少年が描かれているポスターがあった。


「あれはアニメ映画か。あ、CMで観たことあるな」


 そういえば、最近よくCMで観るし、少し気になっていた作品だ。


 確か、有名な監督の作品だった気がする。


「じゃあ、あれにするか」


 初デートで見る映画がアニメ映画というのも一般的には良くないのかもしれない。それでも、俺と綾乃の趣味を考慮すると、下手な恋愛映画よりもこっちの方が合っている。


 事前に色々と趣味を知っていると、デートをしていても変な所で気を遣わないでいいのは、兄妹ならではの利点――いやいや、普通は兄妹でデートはしないんだよな。


 利点どころじゃなくて、倫理的にアウトなのだ。


「拓馬君?」


 俺が邪念を振り払おうと頭を振っていると、俺の奇行を見た綾乃が小首を傾げていた。


 無垢な表情を浮かべている綾乃の顔を見て加速しそうになっている鼓動を抑えて、俺は咳ばらいを一つした。


「な、何でもない。それじゃあ、チケット買いに行くか」


 俺は心中を悟られないように誤魔化して、綾乃の手を引いてチケット売り場へと向かって行った。


 チケットの売り場に近づくと、売り場にいる20代くらいのお姉さんが、なんだか微笑ましいような顔をこちらに向けてきていた。


 綾乃のどこかに行くと兄妹の仲の良さのせいか、よくこのような視線を向けられる。だから、今向けられている視線にも慣れているはずだった。


 ……なんだか、いつも受ける視線とは少し毛色が違う気もするが、気のせいだろうか?


 俺はよく分らないまま先程決めたアニメ映画のチケットを二枚購入する旨を伝えた。


 すると、そのお姉さんは満面の笑みで予想だにしていなかった言葉を口にしたのだった。


「カップル割りがございますが、いかがなさいますか?」


「か、カップル割り?」


 まるでカップルであることは分かりきっているようなお姉さんの謎の自信。


 そんな言葉と自信を前に、思わず声が裏返ってしまった。


 今まで綾乃と一緒に映画を観に行ったことはあったが、こんな質問はされたことがない。いったい、何を基準に――あっ、手を繋いでいるからか!


 そういえば、今日集合場所で合流してから、綾乃とはずっと手を繋いでいた。確かに、チケット売り場まで手を繋いでくる男女を見て、カップル以外の回答を持ってくる人もそう多くはないだろう。


 いやいや、俺たちはカップルである前に兄妹だ。ここでこの言葉に頷くわけにはいかないだろう。


 そう思って、手を繋いでいない方の手を横に振って、言葉を否定しようとしたところで、俺よりも先に綾乃が口を開いた。


「カップル割りでお願いします」


「あ、綾乃」


「カップル割りで」


 そんな言葉を口にした綾乃の顔は羞恥の感情によって、赤く染まっていた。その恥じらいの感情で瞳を微かに潤ませて、お姉さんを見つめていられなくなった瞳は、こちらに向けられた。


ただ妹と目と目が合っただけ。それだけだというのに、その奥にある感情が少し見えたような気がして、胸の奥が小さく跳ねた。


 そんないじらしい表情を前に、お姉さんは満足げに俺たちにチケットを渡して、俺たちがチケット売り場から離れても、しばらくの間微笑ましい視線を向けてきていた。


「……今のって良かったのかな? 俺達兄妹なんだけど」


「今はカップルなんだし、いいでしょ? 映画を観ている最中も、ちゃんと疑われないようにしないとね」


 綾乃は悪巧みをするような笑みを浮かべながら、きゅっと少し強く繋いできた。


 その手の感触にまた少しだけ心臓が加速して、俺はその気持ちを注視してしまわない様に、見てみないふりをしたのだった。

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