第13話 兄は週末、実の妹とデートをする
「お兄ちゃん、今度の休みの日にデートしようよ」
「……やっぱり、そうなるよな」
放課後。春香と途中まで一緒に帰った後、家の中に入るなり綾乃がそんな言葉を口にした。
仮で付き合ってみて、互いに恋愛感情を向けているのかを確認する。そんな約束をしてしまった手前、この提案を簡単に無視することはできないだろう。
「純粋な疑問なんだが、デートってどこ行くんだ?」
「別にどこでもいい気がするけど」
「うーむ」
情けない限りではあるが、俺は女の子とデートという物をしたことがない。
綾乃や春香の買い物に付き合うことはあったが、ただ必要な物を買いに行くだけの休日がデートかといわれると、そうではないことだけは確かだった。
デートっぽい場所。
それを考えたときに、どうしても参考にするのはアニメや漫画になってしまう。多くのラブコメ何度を観てきたから、その定番の場所が全く分からないということはなかった。
「デートの定番といえば、やっぱり映画か? いや、でも普通に休みの日に映画に行ったことあるし、新鮮味がないか?」
古臭いと思われるかもしれないが、どうしてもデートの定番といって思い浮かぶのは映画だった。
しかし、映画は今まで二人きりで見に行ったこともある。そのときの記憶をたどってみても、それがデートっぽいとは思えなかった。
『変わるでしょ。付き合う前と、付き合った後でのデートは』
ふと思い出したのは、春香が言っていたそんな言葉だった。
同じシチュエーションでも、その時の関係性や抱いている気持ちによって、感じ方が異なるということは身をもって経験していた。
でも、前に映画館行ったときって、ただ映画を観て飯食って帰ってくるだけだったよな。
さすがに、それはデートにはならないのではないかと思って、出しかけた提案を引っ込めようと思ったのだが、綾乃は俺に挑戦的な笑みを浮かべてきた。
「いいよ、映画にしようよ。新鮮味がないなら新鮮味を『作ろう』よ」
「作る? それって、どういうことだ?」
綾乃は得意げな顔で俺にデートの詳細を話した後、少し恥ずかしかるような笑みを浮かべていた。
そして、迎えたデート当日。
俺は最寄り駅から四十分近く離れた都心部に来ていた。
映画を観るだけならもっと近くに小さめの映画館もあったのだが、わざわざ最寄り駅から離れた場所を集合場所にしたことには理由があった。
「拓馬くん、おまたせっ」
駅の改札から少し離れた所で待つこと十分。スマホから顔を上げると、そこにはいつもよりもおしゃれをした綾乃がいた。
紺色の太ももまで見えるミニスカートに、少しゆったりとした淡い黄色のシャツ。くるぶしよりも少し長いくらいの白のソックス姿で現れた綾乃は、慣れない呼び方に少し緊張しているようだった。
「いや、そんなに待ってないって。それじゃあ、行こうか……えっと、綾乃、ちゃん」
「う、うん」
そして、そんな慣れない呼び方と恥ずかしげに顔を伏せる綾乃の姿を見て、その緊張感がこちらにも伝染していた。
綾乃が提案した新鮮味を作る。それは今日一日名前の後にくん、ちゃんをつけて呼び合うこと。
そして、あえて別々に家を出て集合をすることだった。
こうすることで、互いを兄妹としてではなく、異性として認識できるのではないかということ。
そうして一日を過ごしていく中で、なんか違うと思えば恋愛感情を抱いていないと考えることができるかららしい。
確かに、一度兄妹という関係を遠ざけるという方法はいいのかもしれない。
俺たちは互いにシスコンでありブラコンだ。兄妹に向ける好意という物を遠ざけることで、本当の気持ちを知ることができるかもしれない。
ただ本当の気持ちを知ってしまっていいのか、と不安の部分がある。もしも、抱く気持ちが恋愛感情だったとき、俺たちはどうすればいいのだろうか。
いや、どうするかなんて、考えるまでもないか。
「おにっ、拓馬くんっ」
「おう?」
そして、わざわざ遠くで映画を観る理由はもっと単純だった。
綾乃は何か言いたげな視線をちらりと向けて、落ち着かないような手をそっとこちらに伸ばしてきた。
なんとも言えない初々しい態度に少し緊張しながら、俺はこちらに伸ばしてきた綾乃手を握って歩き始めた。
初デートで、女の子の手を握った。たとえ、それが妹であっても、仮の彼女であってもその事実は変わらないらしく、鼓動がいつになくうるさくなっていた。
そう、遠くまで来たのは、知り合いに出会わないようにするため。都心部まで来たのは、人の中に隠れるためだ。
多少いちゃついても誰にも文句を言われない場所。そう考えたときに、安全な場所がここだった。
こっちの方まで来る同級生も少ないだろうし、これだけ人がいる中で知り合いを見つけるのは難しい。
念には念をということで、わざわざ遠くまでやってきたのだった。
「とりあえず、映画館に向かって行こうぜ」
最近、綾乃と手を繋ぐ回数が多くなってきた。登下校時は春香と合流するまで手を繋いでいくので、綾乃の手の感触にも徐々に慣れてきた。
そのはずなのに、今日がデートだと思うと心は落ち着いていなかった。
両親に嘘をついて家を別々に出て、秘密裏で会ってデートをする。
もしかしたら、どこかに知り合いがいるかもしれない。
それだというのに、鼓動の音はうるさくて、胸の奥の方が微かにきゅうっと締めつけられるような感覚があった。
誰にもバレてはならない妹のデート。それが開幕したのだった。
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