第12話 妹との関係性を考える休み時間

 春香にばれないように綾乃と手を繋いで登校をした。その日の学校の休み時間。


 俺は妹といけないことをしているような気がして、教室でうな垂れていた。


 気持ちの整理のために付き合うことになった俺たちだが、整理どころかただ深みに落ちていっているだけな気がしてきた。


 深くはまってはいけない。それは頭では分かっているはずなのに、心臓の音と頭が別々に働いているみたいで、終始落ち着かなくなってきていた。


 そんなご乱心気味の心を落ち着かせようと、顔を上げて周囲を見渡してみると、そこにはクラスメイトの男女がいちゃつく光景が広がっていた。


 大衆の面々でベタベタといちゃつけるという光景を前に、俺は少しの羨ましさのような物を少し感じていた。


いちゃついても非難されることのない関係。それが普通のカップルなのか。


ただ俺と綾乃の関係が歪なだけなのだろうな。


「……リア充め、爆発してしまえ」


「随分と荒んでるね。珍しい」


 俺が心からそんな言葉を漏らすと、俺の前の空席に春香が座ってきた。飲み物をストローで飲みながら、俺が向けている視線の先をじっと見つめていた。


「今までそんな素振りなかったじゃん。妹がいればそれでいいって、公言してたのに」


 春香に何気ないことのように的確な指摘をされてしまった。


 確かに、今のいつもの俺らしからぬ発言か。


いつもは妹がいれば十分だって言ってるのに、そんな奴がリア充を恨むような発言をするのはおかいしよな。


 リア充自体を恨んでいるというよりも、後ろめたさをまるで感じさせない青春の感じが羨ましくて出た言葉なのだが、そんなことを話せるはずがない。


 それなら仕方がないと腹をくくり、俺は少し前の俺の言動を思い出して言葉を続けた。


「それは今も変わってないっての。妹はナンバーワンでオンリーワンだからな!」


「はいはいっ、そうですか。まぁ……教室であそこまでいちゃつくと目にはつくか。付き合いたてみたいだし、仕方ないんじゃないの?」


 春香は俺のシスコンのフリに呆れるような反応を示した後、いちゃつく二人を見ながら呆れたまま笑みを浮かべていた。


 長年の幼馴染に対する隠し事。咄嗟にいつもの俺を装おうとしたことで、俺は綾乃との関係に少しの後ろめたさを覚えていた。


 ただそんな感情を表に出すわけにいかず、俺は前の目の会話に意識を向けた。


「付き合いたて? あれ? あいつらってずっと付き合ってたんじゃないの?」


「私は先週くらいからって聞いたけど」


「え、ていうことは、付き合う前からあんなにいちゃついていたのか?」


 おそらく、クラスの恋愛事情については春香の方が詳しい。そうなると、春香が言っていることの方が正しいのだが、俺の記憶が正しければあの二人は初めからあんな感じだったきがするんだが。


「まぁ、付き合ってないのが不思議みたいだったしね」


 そんなクラスメイトの新事実を知って、俺は再び少し離れている二人に視線を向けてみた。


 最近付き合いだしたのだと思うと多少は微笑ましく……は見えないな。


 それでも、やはり見直してみても一週間前の二人との違いが分からない。ただ関係性が変わっただけで、中身は何も変わっていないようにも見える。


 身近すぎるよく似た関係を思い出して、俺は自然と言葉を漏らしていた。


「……それって、別に付き合わなくてもよかったんじゃないか?」


「え、なんでそうなるの?」


 少し感情が乗り過ぎていたかもしれない。春香が俺の声に想像以上に食いついてきたので、俺は少し慌てたように言葉を繋いだ。


「いや、あの二人って結構前からデートとかもしてるって有名だったろ? 付き合う前からデートしてんだったら、いよいよ何も変わらないんじゃないか?」


 大袈裟な話ではなく、クラスの大半があの二人はすでに付き合っていたと思っていたはずだ。


 実際に二人がデートをしているところを目撃したという人もいたしな。


 多分、色んな所にもデートに行っているはずだ。


 それなら、付き合った後にデートをしてもその時と心境は変わらないんじゃないかと思う。


「変わるでしょ。付き合う前と、付き合った後でのデートは」


「同じことをしてもか?」


「同じことをしても、関係が違えば変わって見えたりするって。それに、恋人じゃないとできないこともあるでしょ」


 そんなものだろうかと思って考えてみると、まさに今朝思い当たる節があった。


 シスコンブラコン兄妹として通学していたときと、互いを異性だと意識をし始めたとき、それと今朝では全部が違った体験のような感覚があった。


 そして、抱いてはいけない気持ちが徐々に大きくなっていくような感覚もあった。


「なるほど、分からんこともないか」


「……拓馬彼女なんかいたことないのに、分かるの?」


 そんな言葉と共に、少しこちらを馬鹿にするような視線を向けられたので、俺はその余裕ぶった顔に悪巧みでもするかのような笑みを返した。


「ああ、十分に分かったさ。春香がむっつりだってこともな」


「むっつり?」


「恋人関係じゃないとできないことって、そういう大人の関係のことだろ? このむっつりさんめ」


 俺が春香を小ばかにするように鼻で笑ってそんな返答をすると、春香は余裕があった顔を一気に赤くして、席から立ち上がった。


「ち、違うから! 変態のは拓馬の方じゃん!」


 思いもよらなかった反撃だったのか、綾乃は大きな声でそんなことを叫んで、席を立って廊下に走り去ってしまった。


 そして、そんな言葉を聞いたクラスメイトの視線が一気に俺のもとに集まっていた。


 いや、そんな言葉を残して席を立たれると、俺が凄いセクハラしたみたいに思われるだろうが。


 綾乃が廊下に走っていく様子を見ていた飯田は俺の席の所まで来ると、小首を傾げて口を開いた。


「……言葉責め?」


「第一声がそれとはどういう了見だ」


 幼馴染をむっつり扱いしたら、クラスからは俺がむっつり認定されたみたいだった。


 まぁ、あれだけ女の子を取り乱させたら、そうもなるか。


 そんな不名誉な認定書をもらいながら、俺は先程までの春香との会話を思い出していた。


 ……デート、か。


 自分でも分かるくらいに深みにはまっていきそうだが、おそらくその誘いはすぐに来ることになるだろう。


 そして、綾乃が自分の気持ちを確かめるためだと言われると、当然断れなくなるのだろうな。


 俺が抱えている気持ちは恋愛感情なのか、それともただ異性として見ているだけなのか。


 その明確な答えも出せないまま、気づけば放課後になっていた。

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