第9話 妹アニメ再び
「あれ? 今日も何かアニメ観るのか?」
「うん」
放課後。少し早めに夕食を食べ終えると、綾乃が自分のノートパソコンをリビングに持ってきて、テレビにそれを繋げていた。
綾乃は定期的に大画面でアニメを観たいからといって、リビングでアニメを観ている。
大概、それはアニメの映画や一挙放送の時が多い。そして、以前はその一挙放送で妹物のアニメを一緒に観たのだ。
それから、互いを変に意識し始めてしまって、今に至る。
何度もその誤解を解こうと思って頑張ってみたのだが、選択ミスの連続でその誤解は深まるばかりだった。
「今回は何を観るんだ?」
「えっと……前の続き」
「前の続き?」
なぜアニメを観るというだけで顔を赤らめているのか。少し歯切れの悪いような返事に首傾げていると、綾乃がじっと俺の方を見つめながら言葉を続けた。
「この前の妹物のやつ。二期も一挙放送やるらしいから、これから観るの」
「え、あっ、この前のあれか」
ただのシスコンブラコン兄妹だった時に一緒に観たアニメ。以前観たあれは一期の分だけだったらしく、今回はそのアニメの二期を放送するらしい。
続きが気になる終わり方をしていたのだが、俺はそのアニメの続きを個人的に観ないようにしていた。
少しこじれ始めた今の兄妹関係の状況で、あのアニメを観ると色々と踏み外してしまうかもしれないと思ったからだ。
だから、まさかこんなタイミングで綾乃の方から誘われるとは思ってもいなかった。
「お兄ちゃんも、一緒に観る?」
セッティングを終えた綾乃はソファーの隣に立つと、こちらに合わせた視線を一度外した後、上目遣い気味の視線を向けてきた。
部屋着のショートパンツから伸びるすらりとした脚が、妙に色っぽく見えたのは、妹らしからぬ顔をしている綾乃が悪いのだろう。
そんな気持ちを抱いてしまった後ろめたさから、俺はそっと目を逸らした。
ここでこの誘いを断れば、俺がこれ以上妹に対して邪な気持ちを向けるということはなくなるかもしれない。
しかし、このアニメを観た後に綾乃の態度がまた少し変わったとき、アニメのどんなシーンに影響を受けたのかが絶対気になる。
そうなると、結局一人でこのアニメを観る羽目になるだろう。
一人きりで妹アニメを見入る兄。
……そんな姿を誤って綾乃に見られたら、それこそ誤解を深めるだけだ。
「せっかくだしな。一緒に観ようかな」
それなら、今ここで一緒に観てしまった方がいい。
これから観るアニメの一期の部分は、兄妹が互いを異性として意識してしまう所で終わっていた。
つまり、現状の俺達と少し似ている状況でもあるのだ。
現実をアニメに重ねるわけではないが、もしかしたら、現状を回復できる手を教えてくれるかもしれない。
そんな少しの期待を抱いて、俺は綾乃の隣に腰かけた。
こぶし一個分距離を離して腰を下ろしたのに、綾乃の仄かに甘い香りは俺の鼻腔をくすぐって、俺の鼓動を速めていた。
以前のようにもっと距離を詰めようとも思ったのだが、これ以上距離を埋めるのはあまりよくないだろう。
心臓の負担的にも、倫理的にも。
俺は綾乃の隣で速くなり始めた鼓動の速度がバレないことを祈りながら、アニメが始まるのを待ったのだった。
それから、数時間が経過した。
妹物のアニメは最終回までを一気に放映し終えて、今は別の画面が映っていた。
アニメの内容は、兄への気持ちを思い出すと共に、失った記憶を思い出していく妹の複雑な心理描写が描かれていた。
記憶を思い出したいが、その度に兄への恋愛感情を抑えられなくなっていく妹。
兄への気持ちが最高潮に高まったタイミングで、全ての記憶を取り戻した妹は、以前に兄に対して同じだけの気持ちを抱き、兄妹だからという理由で自分の気持ちを無理やり押し殺したことも思い出した。
そして、妹は二度目の失恋をすることになる。届かない想いを胸の中にしまいながら、兄妹として生きていくことを決めた少女が少し大人になる話だった。
トゥルーエンドといえば、そうなるか。
ただ同じような状況に置かれた俺からすると、そんなに簡単に気持ちを切り替えられるのかなと思ってみたりもした。
いや、簡単に切り替えられないから、そこに葛藤が生まれて、それを美しいと思うことができるのか。
初めはどうやって終わるのかと思っていたが、綺麗な終わり方を迎えたみたいだった。
「……こういう感じなんだ」
「そりゃあ、兄妹だからな。ハッピーエンドにはならんだろ」
「そうだけどさ。……他のは、実は血が繋がっていないオチとか色々あったし」
アニメの終わり方に納得してしないのか、綾乃は少し不満げに目を細めていた。
微かに目が潤んでいるようだし、感動はしているみたいではあるけど、何か言いたげな顔をしていた。
「ん? 何か言ったか?」
「な、なんでもないっ」
綾乃は物語の余韻から戻ってくると、急いでウェブサイトを×ボタンを押して消した。
しかし、急ぎ過ぎていたのか、そのタブの裏に別のタブが開かれていたことに気づいていなかったらしく、綾乃は裏にあったウェブサイトの検索バーを誤ってクリックしてしまった。
「……え?」
そして、そこには検索履歴がずらっと並んでしまっていた。
別に、普通の検索履歴だったら問題はないだろう。それこそ、少しえっちな検索履歴であっても、年頃だからで済ませられるはずだった。
しかし、そこに表示されていた検索履歴は、年頃だからで済ませられるものではなかった。
『兄様のことなんて全然大好きなんだからねっ! 結末』
『この中に二人妹がいる! 原作続き』
『兄妹 異性として』
『妹さえいればよかろうに』
『俺が好きなのは妹だけど妹なのだけど、いや妹なのだけど』
『妹のパンツに兄は興奮するのか』
「あっ」
最近の履歴として表示されてしまったそれらの文字たち。
それは実際に兄妹がいる人間の履歴としてはあまり良くなく、それを兄妹に見られるというのは……非常に良くない。
すぐに綾乃も気づいたらしく、急いでそれを消そうとして色んな所をクリックするが、中々その画面は消えることがなかった。
そうなんだよな。その履歴って、何か文字を入力しないと表示消えないんだよな。
「~~っ!」
顔を真っ赤にして必死に履歴を消そうと奮闘していたが、その間ずっと大画面には綾乃の検索履歴が表示され続けていた。
やがて、ようやく気づいたのか、綾乃は思いっきりノートパソコンからHDMIのケーブルを引き抜いた。
テレビの画面がぷつんと切れたように真っ暗になり、綾乃の検索履歴はノートパソコンの方にだけしか表示されなくなった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
息遣いが荒くなるほど必死になっていた綾乃は、その勢いのまま俺の方に振り向いてきた。
俺が見てはならない検索履歴だったことは確かだったので、俺はふいっと視線を明後日の方向に向けることにした。
しかし、当然そんなかわし方で誤魔化せるはずがなく、再び視線を綾乃の方に向けると、綾乃はプルプルと肩を震わせていた。
恥じらいなのか怒りなのか。もしくは、その両方の感情によるものなのか。
真っ赤にした顔をそのままに、綾乃は涙ぐんだ瞳で俺のことをきっと睨んで、言葉を続けた。
「お、お兄ちゃん!」
「お、おう」
「~~っ! 大事な、お話があります!」
必死の形相で迫ってくる綾乃の勢いに押し負けて、俺はその大事な話というのを聞かされることになるのだった。
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