第8話 シスコンブラコン兄妹の距離間
この短い期間で綾乃と色々あり、微かに距離間ができてしまっていた。
しかし、少しだけ距離間ができてしまっても、兄妹というものは二十四時間近い時間を共に過ごすものである。
平日は学校で勉強をする時間が大半を占める学生といえど、土日は用がなければ家にいるわけで、それは両親にも言えることだった。
「あれ? なに、あんたたち喧嘩でもしたの?」
土曜日の休日出勤に出かけた父さんを見送って少し経って、リビングのソファーでくつろぐ俺と、ダイニングテーブルの前に座る綾乃の姿を見て、母さんが突然そんな言葉を呟いた。
母さんは子供を二人産んで、二人の学生をが大きくなるくらいの歳になったはずなのに、どこか若さを感じる容姿をしていた。
聞いてもいないのに、年齢を若く見られたと自慢するだけのことはある。
振り返ってぼけっと母さんの顔を見ながらそんなことを考えていると、俺の代わりに綾乃が口を開いた。
「べつに、喧嘩なんかしてないけど」
俺は綾乃の言葉に同調するように、しっかりと頷いた。
確かに、最近少しぎこちなさを覚えてはいたけど、特に喧嘩をしたりはしていない。普通に会話だってしているし、今だって普通に振舞えているはずだ。
「嘘よ。だって、喧嘩してない休日なのに、あんたたち離れて座ってるじゃない」
「「え?」」
「いっつも、休みの日はソファーでベタベタして、仲良しだったでしょ?」
そこまで言われて、ようやく母さんが言っていることの意味が分かった。
俺たちは普通にご飯を食べて、普通に話をしていた。今だって、リビングで同じテレビを観ている。
そう、あくまで普通の兄妹の距離間でいたのだ。
ブラコンシスコンの兄妹にとって、そんな普通の行動をとることが異常事態だということに、今の今まで気づけなかった。
しまったと気づいた時にはすでに遅かった。
綾乃も母親の言っている言葉の意味に気づいたのか、微かに頬を赤くしていた。
俺たちは無意識下で距離を取ってしまっていたのだ。
そして、それは俺たちが互いを異性として意識しているという証拠でもあった。
母さんからの指摘を受けて、綾乃がどんな反応をとるのかは最近の行動から何となく想像がついた。
最近の綾乃の傾向的に、俺を意識していることを突かれると、過度に反応してしまう傾向にある。
ということはーー
「こ、これからイチャイチャするつもりだっただけだもん! お、お兄ちゃんとイチャイチャするための準備をしていただけだもんね!」
やっぱりだ。なんか綾乃が訳分からんことを言い始めた。
当然、母さんはそんな返答が返ってくるとは思わなかったのだろう。眉をハの字にして、綾乃の三文芝居を前にして困惑中だった。
ここで俺が寸劇を始めた綾乃を放置したら、それこそ大惨事だ。こんな事態に巻き込まれたいつもの俺なら、やることは決まっている。
綾乃がブラコンを演じようというのなら、俺は全力でシスコンを演じなくてはならない!
「そ、そうだな! ほら、お兄ちゃんがこの席を温めておいたから、早くこっちに来なさい、マイシスター!」
「わ、わーい! お兄ちゃん大好きー!」
俺はソファーから立ち上がって大袈裟にポーズを取って、綾乃に隣に来るように指示を出した。
互いに顔が少し引きつっているような気もするが、そこは勢いに任せて走りきるしかない。
俺が綾乃をソファーに呼ぶと、綾乃はわざと足音を大きく立てながら、俺の隣に立った。それから、少しだけ躊躇いを見せた後、俺の腕にきゅっと自分の腕を絡ませて俺をソファーに座らせた。
おそらく、母さんに怪しまれない様に、いつもよりも余計に力を入れているのだろう。当てられたというよりも、押し付けられた双丘の柔らかさと温かさがそこにはあった。
さらに、筆舌に尽くしがたい甘い香りが鼻腔をくすぐり、隣に座っている綾乃が女の子であることを強く意識させられた。
その香りを吸い過ぎると心臓の音が速くなる気がしたので、微かに呼吸を浅くしてみたりしたが、ただ呼吸をする回数が増えただけで意味がなかった。
ただ妹に抱きつかれているだけ。それなのに、心の内は全然ただで済ませられるようなものではなかった。
親の前で妹と仲良くしている。そんな微笑ましい光景のはずなのに、心の中が少しいつもと違うだけで、なんか悪いことをしているような気分だった。
見えないところで、きゅっと少し強く抱きついてきた綾乃が何を考えているのか。それが少しだけ分かった気がして、俺はその気持ちから目を逸らすことにした。
「そんな大げさにしなくてもいいけど……でも、そうね。やっぱり、兄妹仲がいいのは見てて安心する」
母さんの明るい声だけを聞いて、俺たちは特に興味もないテレビに視線を向けていた。
咄嗟に三文芝居を打って、互いに互いを意識していないことを親の前で演じた。
焦ったようにして隠そうとした心の内は、おそらく誰にも明かせないものなのだろう。
両親には特に。
それからしばらく経っても、鼓動の音だけは落ち着かなかった。
「母さん、買い物に行ったな」
「うん、さっきそう言ってたね」
そして、俺の隣で綾乃の腕が絡みついた状態は続いていた。
母さんが買い物に向かったので、それをきっかけに離れていくのかと思ったのだが、綾乃はまるで離れる気配が見えなかった。
時々体勢変えながら俺にぴたりとくっついている綾乃の顔もろくに見れず、一時間以上も甘い香りを嗅がされながら双丘を押し付けられて、俺の心の中は道徳的にあまりよろしくない状況だった。
「あっ、ちょうどテレビ終わったし、俺は部屋にでも戻ろうかな」
「そしたら……私もお兄ちゃんの部屋に行かないとになるけど」
「別にそうならないーーいや、なるな。いつもそうだったもんな」
もしも、母さんが買い物から帰ってきたとき、俺たちが別々の部屋にいたらおかしいと思うだろう。
今までは休みの日はどちらかの部屋か、リビングにいたのだ。特に用事もないのに別々の部屋にいることは、俺たちにとってはおかしなことになる。
互いを異性だと意識した今。互いの距離間が近すぎたことに今さら気がついた。
でも、今さらその距離を離せば、何かあったのかと勘繰られるかもしれない。
その時になんて説明をすればいい? 妹を異性として意識してるって親相手に言うことなんかできないだろう。
一体どうすればいいのだろうな。そんなことを考えていると、不意に綾乃が俺の肩にこてんと頭を乗っけてきた。
「……ねぇ、頭撫でて」
「え?」
「頭撫でてって言ったの。最近、してもらってない」
綾乃は少し甘えるような声色でそんな言葉を口にした。少しだけ無理をしているようでありながら、なんだか懐かしさを感じるような口調。
俺は綾乃に言われるがまま、そっと綾乃の頭に手を伸ばしていた。サラサラの髪を撫でている最中、不思議と心臓の音が落ち着いていくのが分かった。
距離は近いはずなのに、なぜ心音が落ち着いていくのか。それが分からないまま頭を撫でていると、綾乃が優しい声色で言葉を続けた。
「うん。やっぱり、お兄ちゃんだよね」
何かを確認するような言葉を受けて、なぜ綾乃が急に頭を撫でてくれと言ってきたのか分かった気がした。
少し前の俺たちの関係。それを思い出すことで、しっかりと兄妹という関係を明らかにしようとしているのだ。
恥ずかしいと思いながら、踏み外してしまわない様に、その線をしっかり濃く書くようにしながら。
自分よりも年下の妹がそんな線引きをしっかりしようとしているのに、兄の俺がいつまでも狼狽えている訳にはいかない。
そんな気持ちと久しぶりに妹として見る綾乃が愛おしくなって、俺は兄妹としての距離を確かめるために、そっと綾乃を抱き寄せようとした。
「わっ、えっ、ちょっ!」
兄として、兄妹としてのスキンシップをとるはずだった。しかし、綾乃は俺がハグをしようとすると、慌てたような声を漏らした。
何だろうかと思って綾乃を正面から覗き込むと、俺の顔を見た綾乃は何かの勘違いに気づいたように顔をぽんっと赤くさせた。
「あっ、ちがっ、違うからっ」
熱を帯びた瞳を揺らして、頬は羞恥の感情によって朱色に染められていた。綾乃が動揺すればするほど、視線が泳げば泳ぐほどその熱は熱くなり、抑えようとしていた感情を揺らしているようだった。
「~~っ! ね、寝てくるっ!」
そして、綾乃はソファーから立ち上がると、慌てた様子でリビングを後にした。
「……まずったな」
頭を撫でさせるくらいだから、ハグくらい問題ないかと思ったのだが、どうやらそうではなかったらしい。
というか、頭を撫でさせる時点で結構無理をしていたのかもしれない。
何か選択肢を大きく間違えた。そんな気がした。
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