第4話 ブラコン妹の少し違う心の動き

「え、どうしたの二人とも?」


 綾乃と手を繋いだまま春香との合流地点に向かうと、俺たちを見た春香は当然驚いていた。


 ブラコンシスコンを公言する俺たちだが、学校まで向かう道中で手を繋いでいたことなどはない。


 いや、たまに下校中にふざけて手を繋がれたこともあったが、あくまで人がいない時に冗談みたいにだ。


 春香はぱちくりと瞬きをした後、その瞳を大きく見開いていた。そんな春香からの視線を受けて、俺は何の後ろめたさか視線を逸らしてしまっていた。


 いや、後ろめたさを感じちゃったらダメだろ。なんかガチっぽくなるじゃんか。


「い、いやー、今日はお兄ちゃん愛が強めな日でして。お兄ちゃんのぬ、温もりを感じたいなって!」


「そ、そうなんだよ! 俺も妹の手に触れたいくらい妹愛が爆発しててな! ちょうどいいから、手を繋いで登校しようかと思って!」


「いや、さすがにその歳の兄妹でそれはーーあれ?」


 春香は俺たちにいつものような白けた視線を向けた後、何かに気づいたように小首を傾げた。


 そして、何でもないことを指摘するような声色で言葉を続けた。


「二人とも、いつもよりも顔赤くない?」


「「え?」」


 そう言われて、綾乃の方に視線を向けると、綾乃と目が合ってしまった。


 どこかよそよそしいような瞳は俺と目が合うと、微かに大きく開かれた後に動揺したかのように逸らされてしまった。


 俺と手を繋いだときからそこあった綾乃の頬の熱は、時間をかけて体を温めたかのように、じんわりとした熱に変わっていた。


 兄と手を繋いでるにしては恥ずかしがり過ぎだし、微かに緊張しているようにも見える。


 いや、なんでそんな表情してるんだよ。兄妹だぞ、俺たちは。

 

『二人とも、いつもよりも顔赤くない?』


 春香の言葉を思い出して、ふと思ったことがあった。 


 もしかして、自分では分からないだけで、俺も春香みたいな顔をしているというのだろうか?


 こんなに異性として意識しているみたいな顔で、俺が妹のことを見ているというのか?


 いやいや、ありえないだろ。俺はシスコンであるけれど、妹のことを変な目で見たりはしない。するわけがない。


 いくらそう思い込んでも、春香の言葉がずっと頭から離れないでいた。


「さすがに、その表情はリアルすぎるよ。やるなら、いつもみたいにコメディタッチでお願いね」


「こ、コメディだなんて、失礼しちゃうな春香は!」


「ま、まったくだよ! コメディだなんて!」


 俺たちのやり取りをいつもの即興劇だと思ったのか、春香は一瞬怪しんだ後、俺の隣に並んで歩き出した。


 春香に指摘されたことで余計に意識してしまったのか、体の奥の方が熱くなっている気がした。


 先程よりも綾乃の手の感触を感じるのも、きっとそのせいだろう。


 ただ妹と手を繋いでいるだけ。それだけだというのに、いつもよりも心臓の音が速い。


 これも全部、綾乃が変に俺のことを意識して、それを全部表情に出すからだ。


 決して、俺が綾乃のことを意識しているわけではない。綾乃のいつもと違う顔を見てしまうせいで、心が落ち着かなくなるだけでーー。


 あれ? それって、結局俺が意識してるってことじゃないのか?


「春香っ、おはよう! おっ、大野もいるじゃん。おはよーーう?」


 俺がそんなことに悩みだしていると、春香の隣に一人の女子生徒がやってきた。


 朝から溢れんばかりの元気によって、明るい色をしたポニーテールを揺らしている女の子。


 誰に対しても同様に接する人の良さと、エネルギッシュな言動から、性別問わず人気があるクラスメイト。


 それが飯田夏海(いいだなつみ)という女の子だった。


 そして、飯田は春香と俺に視線を向けた後、その視線を隣にいる綾乃に向けた。


 そのままその視線は俺と綾乃の繋がれた手の方に向けられた後、その瞳を大きく見開いた。


「お、大野が朝から彼女といちゃついてる!!」


 そして、十分に間を作った後にそんな言葉を大声で口にした。


 その言葉を聞いて、一気に毛穴から湯気が出るんじゃないかというほど、体が熱くなったのを感じた。


「い、妹だ! 妹!」


 飯田は高校から入ってきた編入組だ。だから、中学の頃にすっかり名をはせた俺のシスコンという二つ名を知らないのだ。


 必死に飯田の言葉を訂正しながらも、熱くなった体は中々冷めなかった。


 どこからどう見ても、妹と手を繋いでいるようにしか見えないと思っていた。しかし、傍から見たら俺たちがカップルに見えていたのだ。


 その事実を突きつけられて、上がってしまった体温もろとも否定するように、俺は首を大きく横に振っていた。


「あ、なんだ妹さんかぁ。え、妹さんと手を繋いで登校してんの?」


「ふふんっ、俺はシスコンだからな。妹に手を繋ぎたいと言われれば、喜んで繋ぐんだよ」


 俺が胸を張ってそんなことを言うと、飯田は言葉を失って驚いた後、その顔を春香の方に向けた。


 説明を促すような視線を向けられて、春香は仕方なしといった様子でため息を一つ吐いた。


「そうだよ。拓馬は昔からこんな感じ」


「そ、そうなんだ。まぁ、彼女じゃないなら、よかったかな。うん」


 やや歯切れの悪いような飯田の返答。とりあえずは、俺たちが仲の良い兄妹ということを認識してくれたみたいだった。


 俺が胸を撫で下ろす中、繋いでいる綾乃の手がぴくりと動いたのが分かった。


「……よかった?」


 感情がいまいち読めない漏れ出たような声。その声の正体は、俺の隣にいる綾乃の物だった。


 その声を受けて、続きを要求されたのかと思った飯田が言葉を続けた。


「そうそう。お宅のお兄ちゃん、顔は悪くないでしょ。だから、多少は人気があったりするんだよ。微量ながらね」


「おい、少ないことを強調するなよな」


 あまり人に外見を褒められた経験がなかったので、その評価は少し意外だった。


 まぁ、妹の綾乃がこれだけ顔が整っている訳だし、その兄ということは最低限の見た目はしているのかもしれないな。


「実は、結構近くに狙ってる人がいるかもよ。なんてーー」


 飯田が何か意味ありげに視線を向けてきた瞬間、斜め後ろに体が引っ張られた。


 繋いでいた手の力が強くなったと思った次の瞬間には、俺の腕には綾乃の腕が絡んでいた。


 隣にいる綾乃の表情を見てみると、綾乃はぶすっとした表情で飯田に視線を向けていた。きゅっと強く絡められた腕は、どのような感情によるものなのか。


 それが分からないほど、俺は鈍感ではなかった。


「あ、綾乃?」


「なに? ……あっ」


 俺が指摘するまで気づかなかったのか、綾乃はぶすっとした顔をこちらに向けた後、ようやく絡めていた腕に気づいたらしい。


 ぽんと赤くなった顔は恥じらいのせいで熱を帯びていて、咄嗟に俺の腕を放そうとした。しかし、何かを思い悩んでいるのか、微かに腕を緩めただけで距離を取ろうとしなかった。


 それから数秒悩んだ後、綾乃は意を決したように顔を上げると、絡めていた腕をより一層強く絡めてきた。


 自然と当たった乳房の感触に驚いて、俺は背筋をピンと伸ばしてしまっていた。


「お、お兄ちゃんは、渡しませんからね!」


 いつもの調子を取り戻したかのような反応。


 普段の綾乃ならやっていたであろう反応だが、普段の綾乃なら初対面の女の子に対してこんなノリはしないし、何よりもそんなに顔を赤らめては言わない。


 ガチ恋系のブラコン妹の嫉妬。


 今の綾乃の言動は、そんな片鱗を見せつけるような言動になってしまっていた。


「あ、あれ?」


 周囲の反応がいつもと違うことに気がついたのだろう。生じた間がいつもよりも長いことを感じ取ったのか、綾乃は不安と不思議な感情が混ざったような声を漏らしていた。


「……か、可愛い!」 


 しかし、その不安は目をキラキラとさせている飯田によって払拭されることになった。


「なにこの子! すごい大野にぞっこんじゃん!」


「ぶ、ブラコンですから」


「認めちゃうんだ! えー、可愛いなぁ! いいなぁ! 大野、この妹さん私に頂戴!」


「あげるわけないだろ! 俺もシスコンなんだよ、大事な妹をあげるわけがないだろ!」


 飯田の反応の良さに救われて、なんとか収拾がついた俺たちは静かに胸を撫で下ろした。


 その隣で、一人納得いってなさそうな春香の顔があったのだが、俺はそれに気づかないふりをすることにしたのだった。


 いや、だって説明のしようがないだろ。


『綾乃が俺のことを変に意識してんだよ』なんて言えるはずがない。


 相手がクラスメイトとかならまだしも、実の妹相手にそんなふうに見られてるかもなんて、説明なんてできるはずがないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る