第6話 初めての空
「どうしたものか…」
研修開始から3日が過ぎたが、一向に飛べる気配がしない。
少し焦っていた俺に、先輩が1つの提案をしてくれた。
それは…………、
「本当に………、ここから?」
「ああ、飛べ」
俺はなんとあのスカイツリーのてっぺんにいた。
634mの頂上から飛べと!?
(そんな無茶な!!!!)
人間なら当然即死だ。
「先輩、流石にスパルタ過ぎませんか」
「もう3日も丁寧に教えたんだ。お前なら出来る」
先輩は俺の背中をグイグイと押す。
俺は先輩の押す力に対抗し、何とか踏ん張っていた。
「なぜ飛ばない」
「なぜも何も、いきなり連れて来られて飛べって無茶ですよ!」
先輩の提案というのは、高いところからダイブすることだった。
俺は高所恐怖症ということもあって、きっと無意識のうちに空が怖いと思っていたのかもしれないと、
先輩は俺を横だこにして軽く空を飛び、スカイツリーのてっぺんに降り立った。(横抱きにされてる間も中々に怖かったが)
空への恐怖心を無くすため、先輩は強硬手段にいよいよ出たのだった。
「とにかく、空に慣れろ」
「そうは言っても……」
俺は下を覗き込む。
下には小さな町並みと、走る電車と、それと闇、深い闇、それと………
……やっぱり怖い。
ぶわっと冷汗が吹き出る。
鳥肌も出てきた。
どうしよう、こんな高いところから…。
「おい、大丈夫か?」
俺の様子を見かねた先輩が肩を叩く。
「だ……、だいじょうぶ…、です…」
俺は振り返って先輩に言ったが、
「大丈夫なわけないだろう。震えてるぞ」
「あ、いや……」
全然大丈夫じゃないことがバレてしまった。
(怖い。高いところは…、怖い)
すると、突然目の前が真っ暗になった。
「!?」
何事かと思いビクッとしたが、どうやら先輩が手で俺の目を隠したようだった。
「お前はなぜ空が怖い?」
「そ、それは……」
それは、両親がまだ離婚していなかった時のことだ。
小学校の頃、俺は両親とともに山へ登った。
その途中、とある吊り橋を渡った。
俺は初めて渡る吊り橋に興奮し、駆け足で吊り橋を渡ろうとした。
その時、俺は足を滑らせて、吊り橋から落ちそうになった。
俺は必死に吊り橋の足場に捕まり、泣きながら叫んだ。
慌ててやってきた父が何とか引っ張り上げてくれたが、その時に下を見てしまった。
下は奈落の底。真っ暗で何も見えない、深い深い闇の中。
あそこに落ちたら、俺はどうなるんだろう。
そして、高いところに登るとその時のことがフラッシュバックするようになり、
俺は見事に高所恐怖症となったのだ。
「それは怖かっただろうな」
「その時のことが頭に浮かんで…、だから…、」
「お前は落ち続けない。落ちない。
なぜならお前には翼がある。真っ白で、大きな翼だ」
先輩は俺を必死に励まそうとしている。
きっと先輩は俺ができるって信じてくれている。
その事実と目に当てられた手の温もりが心地良く感じた。
「あと、お前はもう死んでるから、落ちたところで死ぬわけじゃない」
「そ、れは…、そうです、けど………」
「安心しろ。お前は飛べる」
そして、先輩は俺の目に当てていた手を外し、胸をとんと押した。
「うわあああああああああ!!!!!!」
一瞬何が起きたのか分からず、俺は叫びながら、必死になって翼を動かした。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
怖い。
落ちていく中、走馬灯のようなものが見えた。
あの時の少女との出会い。
空を心地よく飛ぶ少女。
そして白い翼をはためかせながら、太陽に向かって飛ぶ少女。
俺も、あんな風に飛べたら……。
そう思った瞬間、風がどことなく吹いてきた。
ああ、その風に乗れば……。
近づいたと思った地面が遠ざかる。
「と、飛べた…」
俺は今、確かに空を飛んでいる。
きっと鳥も、少女も、飛んでいたときこんな風世界が見えていたのか…。
ああ、綺麗だ。
「何だ、飛べるじゃないか」
いつの間に地面に降り立っていた先輩が呟いた。
俺は初めての空に、恐怖とは別の意味で心を震わせていた。
空は、あの車に轢かれた日と同じくらい、清々しく晴れていた。
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