最終章:メルキアデスの書
1
やっと、この瞬間が訪れた。ずっと、ずっと待ち望んでいた景色だ。
メルキアデスは春風のような笑みを浮かべさせて、私たちの前に立っている。
「メルキアデス、約束通り観念して鍵を渡せ!」
レオが片手を出すけど、メルキアデスは小さく首を横に振った。
「悪いけど僕は鍵を持ってないよ」
メルキアデスは手にしていた銀色の鍵を天に向かって投げ捨てる。それは宙に溶け込むよう消えてしまった。
そんな……。あの鍵は偽物だったの? メルキアデスが持ってないなら、もう一つの鍵は誰が持っているの?
レオも私と同じ顔をしている。そんな中、メルキアデスだけは一人澄まし顔だ。
彼は、まっすぐに私を見つめ──……。
「もう一つの鍵はアリス、君自身だ──」
「え……」
私自身が鍵? どういう意味だろう。でも答えは聞かなくてもすぐに分かった。
私は右手の小指を自分の唇に近付ける。宝石の部分にそれで触れた瞬間、指輪は光り出す。鍵も指輪に共鳴するよう輝き、指輪と鍵が重なり合うと一つになった。
「子供の領分は──、マコンドの間は、時計が示してくれる」
メルキアデスが言ったのと同時、レオの首に下がっていた金時計から光が発せられた。その光は今までに見たことがないほど眩しくて、神秘に満ちていた。
神々しい光の先に一つの扉が現れた。この扉の先が子供の領分、マコンドの間──……。
新しく生まれ変わった鍵を扉の鍵穴に差し込む。軽く回すと、かちゃりと甲高い音が鳴った。ドアノブが回り、ひとりでに扉が開いた。
「ようこそ、アリス。そしてレオくん。この瞬間を僕は百年もの間、ずっと待ち望んでいたんだよ」メルキアデスは、目元に笑みをたたえて告げた。
マコンドの間に一歩踏み出すと、周りには何百……いや、何千、それとも何万かしら? とにかく数え切れないほどの、いろんなデザインの壁時計が宙に浮いていた。
そんな景色からメルキアデスがパチンと指を鳴らすと、一瞬の内に書斎へと変わった。
彼は棚の中から一冊の本を取り出した。
「レオくん。約束通り、君の国に放たれた生物化学兵器──、トロイメライの呪いを解こう。さあ、念じてごらん」
レオは差し出されたそれを受け取るや胸に抱え、瞳を閉じると、メルキアデスの書が光り出した。書はページをめくり、あるページで止まると、また光を放つ。
メルキアデスが指を鳴らすと大きな鏡が現れた。鏡にはハート国の様子が映し出される。天に鐘が現れて、リーンゴーンと轟き出した。厳かで、でも優しい音色だ。
鐘の音を耳にした国の人たちが次々に目を覚ましていく。よかった、叶ったんだ。レオの夢が叶ったんだっ……!
レオは、静かにその光景を見つめていた。鏡に触れている指先が小さく震えていた。
「レオくん。少しの間、アリスを借りるよ」
メルキアデスはそう言うと指を鳴らす。また景色が変わり、目の中に真っ青な色が飛び込んできた。天には雲一つない青空が広がり、地面には緑の草花が敷き詰められていた。
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