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「レオっ! レオ、大丈夫!?」

「声をかけても無駄だ。その体は、ただの器だ。王子様には百年の孤独を打たせたからな」

「百年の孤独……?」

「ああ。今の彼は、貴様のことだけではない。全てを……、己の名さえ忘れている、ただの入れ物に過ぎない。トロイメライであれば、永遠に幸せな夢を見続けていられたというに」

「どうしてこんなことを……!」

「王子様が協力してくれなかったからだ。データを抜き取るには、百年の孤独を打たせるよりほかなかった。王子のデータさえあれば、メルキアデスの時計は動かせるからな。ヤツは今、この世界にいるようだが、どうせすぐに逃げてしまうだろう。しかし皇帝であるこの私なら、王子よりも時計を使いこなせる。今のヤツは鳥カゴの中の鳥、私の掌の上だ。あの書さえ手に入れば、私はメルキアデスでさえも越える存在になれる」

 皇帝は、私に向かって片手を差し出す。鍵を渡すように、と言葉を添えて。

「君も知りたいのだろう、この世の全てを。君も好奇心に突き動かされて王子と旅をしていたのだろう。私には分かる。君も私と同じだから。私に鍵を渡せば、メルキアデスの書を手に入れられる。私ならメルキアデスを捕まえられるのだから。……おい、いつまでそのガラクタにこだわっているんだ!? なにをしても無駄なだけだ」

「無駄なんかじゃない! レオ、大丈夫? レオ!」

「あ……、う……」

「レオっ……!!」

 レオは、「あ」とか、「う」とか意味をなさない言葉しか発しないけど、意識があるなら大丈夫。たとえ記憶を消されてしまっていても私が覚えているもの。あなたの太陽のように強かな瞳も、不器用な優しさも、魂の純真さも。全部、全部、私が覚えている。だから。

 お願い、レオ。あなたのこと、思い出して。私が全部教えてあげるから。あなたの瞳の輝きも、魂の美しさも。全部、全部、私が──……。

 私はレオの顔に自分のそれを近付ける。彼の唇に自分のそれを重ね合わせる。一点を通してレオの熱が徐々に伝わってくる。そっと唇を離し、彼の胸に耳を当てると、レオの心臓の音だ。とくん、とくんと心地いい音色を奏でている。

 レオの指先が動いた。瞳がゆっくりと開いていき、

「あ……り……す……? あり……す……、ありす、ありす、……アリス! 思い出した……。全部、全部、思い出した。アリス──……!」

 レオの瞳に光が戻る。生命の輝きを宿した、琥珀色に輝く。

「よかった、レオ。記憶が戻って……!」

「アリスが導いてくれたから。だからオレは戻って来れた。いいや、いつだってアリスはオレの行く先を照らしてくれる。アリスが優しく照らしてくれたから、オレは歩き続けられた。今だって、今までだって。何度もアリスに救われてきた……」

「違うわ、レオ。あなたの魂の強さが私を惹きつけて離さないの。あなたは私の太陽よ。あなたの輝きが私に勇気をくれるの」

「アリス。オレの本当の名は、レオポルド・ジョージ・サン・ハートって言うんだ。アリスには知っててもらいたい。それと今まで隠してて、ごめん」

「ううん。いいの、そんなこと。だってレオは、レオだもの」

 ハート国の王子でも、そうでなくても、レオはレオだ。私の永遠の人に変わりない。

「真名を教えられなかったのは、アリスを信用してなかったからじゃない。オレがこの名と向き合えなかったからだ」

 レオは、「だけど」と一度そこで区切り、

「アリス。君のおかげで、ようやくこの名と向き合える」

 レオの瞳には、今まで以上の……、太陽の原石を閉じ込めたような、至極燦爛とした光が宿っている。

「ハート国第百代王──、レオポルド・ジョージ・サン・ハートの名において告げる。アイスクリームの皇帝、お前にマコンドの間の鍵は渡さない──っ!!」

 レオの手が私のそれに重なった。レオの指一本、一本が密接に絡み合う。温かい。なんて心強いの。レオの中からエネルギーが流れ込んできて、私の奥底から力が溢れてくる。

 私、負けない。こんな身勝手な人に。そう、絶対に負けない──っ!!

「そうか。君たちは余程夢を見ていたいようだな」

 皇帝は手を振り上げる。アルジャーノンが命令を聞き入れ、砲塔を動かし出す。

 アルジャーノンから、砲塔の先からトロイメライが放たれる。エネルギー波が私たちに向かって、まっすぐ飛んでくる。だけど。

 私たちの前にバリアのような透明な壁が張られる。トロイメライはその壁に弾き返され、やがて宙に溶け込み消えていった。

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