6

 時空の扉の中を移動して、目の前に現れた扉のドアノブを掴む。扉を開け放つと、その中に飛び込んで──。

「うわっ!?」という声が耳をかすめた。私は、ぐにゃりとしたものの上に落っこちた。

「アリス!? どうして、ここに……」

 ぐにゃりとしたものの正体はミツヤだった。下敷きにしてしまったミツヤは、目を丸くして私を見上げていた。

「みんなのこと、助けに来たの。よかった、無事みたいで」

「今のところはね。なんせ、ここは牢の中だから」

 ミツヤの言う通り、周りを見ると狭い部屋の中で。ミツヤたちは牢を施錠しているコンピュータに侵入し、プログラムをいじっているが、なかなか暗号が解読できないと言う。

「ごめんなさい、みんな。未来の私のせいで、この国は、こんな風に……」

「アリスのせいじゃない。君は、ただ純粋に時空の扉の研究をしていただけだ。その研究成果を皇帝が悪用した。知識は、使い方次第で毒にも薬にもなるんだから」

「ありがとう、ミツヤ。ところでレオは?」

「分からない。僕らは捕まって、すぐこの牢に入れられたから。でもレオは王室に残されたままだと思う。皇帝の目的はレオだから」

「レオが目的?」

「僕らには魔力がないから時計を手に入れても使えない。だからレオに時計を動かしてもらう必要があるんだ。だけどアリス、本当に皇帝の所に行くの?」

「もちろん! 絶対にレオを助けるわ!」

「王室まではどうにか行けると思うけど、問題はアルジャーノンだ。あんな人工知能が開発されていたなんて……」

「あのアルジャーノン、どうにかならないの?」

「どんなシステムなのか分からないからね。お手上げだよ。こうなったら直接あのソフトにアクセスして分析するしかない。時空の扉の管理システムの破壊ソフトは、アルジャーノンに見事返り討ちにされちゃったからね」

「そう……。ねえ、ミツヤ。鍵、まだ開けられない?」

「頑丈なパスワードが掛けられているからね。最低でも、あと一時間はかかるよ」

 そんな、一時間も待ってられない! こうしている間にも、レオの身は危険にさらされているのに。

 ううん、焦っちゃだめ。私は瞳を閉じ、頭の中に広がっている本棚の中から一冊の本を手に取った。

「……ねえ、ミツヤ。こう入力して。──The only emperor is the emperor of ice-cream.」

「えっ……?」

「お願い、試してみて」

 私が言った通り、ミツヤがパスワードを入力すると、カチャンと甲高い音が鳴った。

「鍵が開いた……。アリス、一体どうして……?」

「私の武器は、本から得た知識よ」

 そしてレオと一緒にあらゆる世界を旅して得た経験、全てだ。

 さっきはアイスクリームの皇帝に、アルジャーノンに動揺しちゃったけど。今度こそ使いこなしてみせる、あなたのおかげで手に入れられた力を。

 ミツヤたちの案内に従い、私は長くて静まり返っている廊下を慎重に進んで行く。私たちがいた牢は建物の端に位置していて、王室まで距離があった。ハンプティ・ダンプティに見つからないよう進むのは、かなり困難だ。

 その上、まだ半分まで辿り着いていないのに、突然ビービーと建物中に甲高い音が響き出した。どうしよう、見つかっちゃった!?

 みんなの体が固まる中、

『アイスクリームの皇帝、並びにハンプティ・ダンプティのみんな。ご機嫌いかがかな?』

と館内中に声が流れた。

「この声は、メルキアデス……!?」

 今度こそ本物? メルキアデスは、『この世界の空は狭いね』と、いつもの落ち着いた調子で後を続ける。

 この声を聞いてだろう。ハンプティ・ダンプティたちは上層部目指して走り出した。屋上にいると思われるメルキアデスを捕まえに行ったのだろう。

 メルキアデスのおかげでハンプティ・ダンプティの数は大分減らせたけど、完全にいなくなった訳ではない。一部は館内に止まっていて、思うように進めない。このままだと、いつか見つかっちゃう。

 つい気が焦るけど、こういう時こそ落ち着かないと。深呼吸をし、瞳を閉じると、私はまた本棚の中から本を一冊取り出して開く。

「ミヤザワ、お願いがあるの」

 ミヤザワは二つ返事で引き受けてくれると、ノセとイズミを連れて来た道を引き返す。しばらくすると館内中のスピーカーから音楽が流れ出した。そう、ミヤザワの作った曲だ。優しくて、切なくて、どこか懐かしい……。

 そのメロディーは、ハンプティ・ダンプティたちの心にも届いた。みんな足を止めて彼の音楽に聴き入り出した。計算通りだ。

 ハンプティ・ダンプティが演奏に夢中になっているすきに、私とミツヤは一気に王室を目指す。ミヤザワたちのお陰で、見つかることなく王室に辿り着けた。

 ミツヤと顔を合わせ、一斉に頷くと部屋の中へと飛び込む。

「Let the lamp affix its beam.この世を支配するのは、神などといった不確かな存在ではない。絶対的な存在である皇帝だ。君の方から来てくれるとは捜す手間が省けたよ。王子様が自らを犠牲にし、高度な魔力を消費してまで時空の扉を出して君を逃したというに、わざわざ鍵を届けに来てくれるなんて。ありがとう、如月有理紗くん」

「ふざけないで! 誰が鍵を届けに来るもんですか、レオを返してっ!!」

「そんなに王子様を返してほしいのかい? なら好きにするがいい。不要になったからな」

 皇帝がパチンッと指を鳴らすと、レオがごろりと床に転がり落ちてきた。

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