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ピーピーという音が鳴り止むと、機械のように淡々とした男の声が流れ出した。
『本日未明、メルキアデスの捕獲に成功。繰り返す。本日未明、メルキアデスの捕獲に成功……』
「なんだって──!? その話、本当か!?」
レオがミツヤの肩を強く掴むと乱雑に揺らす。ミツヤは小さく頷くばかりだ。
メルキアデスが捕まっちゃうなんて。体中から力が抜けていく。頭がうまく働かない。アイスクリームの皇帝は、それほどまでに強いの……?
「時間がない……。もし本当にメルキアデスが捕らえられたなら、メルキアデスの書をアイスクリームの皇帝が手にしてしまえば、きっとこの世界は……、いや、ここだけじゃない。全ての世界が皇帝に支配されるだろう」
「いや、まだ時間はある。マコンドの間の鍵の一つはアリスが持ってるんだ。
ミツヤ、メルキアデスが捕らえられている場所は分かるか?」
「皇帝なら街の中心・ソネット十八番にいる。本当にメルキアデスを捕まえたなら、皇帝の性格から言って自分の目の届く所──、王室に監禁しているはずだ。時空の扉を管理しているシステムもそこにあるんだ。レオ、皇帝のところに行くつもり?」
「ああ。メルキアデスがこの世界にいるのは確かだ。少しでも可能性があるならオレは行く」レオは揺れる瞳で時計を見つめる。時計は淡い光を放ち続けていた。
「私も行くわ。メルキアデスのこと、心配だもの」
メルキアデスが捕まったなんて信じられないけど、彼が大変な目に遭っているなら助けたい。だってメルキアデスは、私とレオが異世界を回る中で、どうしようもないピンチに陥ると、いつも陰から助けてくれたんだもの。それにメルキアデスの書を皇帝に渡したくない。
私とレオは、ミツヤを見つめる。ミツヤの黒真珠のような瞳が強かに瞬いて、
「僕らで二人をソネット十八番まで送るよ」彼の声に三人も賛同の声を上げてくれた。
準備が整うと、私とレオはミツヤたちの案内に従って隠し通路を進んで行く。ソネット十八番まで最短で行ける道だという。
ソネット十八番に着くと、皇帝直々の管轄内であるため、隠し通路は使えないとミツヤは言う。私たちは身を潜めながらもメルキアデスが監禁されているだろう王室目指して進んで行く。
途中で何度かハンプティ・ダンプティに見つかりそうになりながらも、どうにか王室の扉の前に着いた。ミツヤが扉の鍵をいじること、数分。カチャンと甲高い音が鳴った。
この扉の先にメルキアデスが、そしてアイスクリームの皇帝がいる──……。
意を決すると扉を開け、中に入った。部屋の中は殺風景で閑散としていて、物音一つ聞こえない。ここにメルキアデスが監禁されているの? 私たちは物音を立てないよう進みながらもメルキアデスの姿を探す。
だけど不意に、カツン──と甲高い音が鳴った。
「Let be be finale of seems.待っていたよ、少年たち。君たちがここに来ることは分かっていたからね」
ひどく落ち着いた声とともに姿を見せたのは、一人の男だ。男は、真紅の絨毯が敷かれた何十段も続いている壇場に置かれた玉座に座っている。
「あなたがアイスクリームの皇帝なの……?」
訊ねると、「ああ」と簡単な答えが返ってきた。
玉座に座っているこの人が、アイスクリームの皇帝──。
皇帝なんて称号がついているから、もっと歳を取った人かと思ったけど、三十代半ばくらいかしら。氷みたいな瞳をしていて体温が感じられない。本当にこの人、人間なの……?
皇帝は、ふっと唇に嘲笑を浮かばせ、「歓迎するよ、少年たち」と冷ややかな声で言う。
「まさか、こんな手に引っかかってくれるとは思っていなかったよ」
「それじゃあ、メルキアデスを捕まえたって話は……」
「君たちを誘き出すための演出さ。いや、いずれ真実になるんだ。嘘でもあるまい」
ということは、メルキアデスは捕まっていないのね。よかった、彼が無事で。だけど安心していられない。ミツヤたちがメイン・コンピュータに例のソフトをインストールさせるまで、私とレオで時間稼ぎしないとならないんだもの。
皇帝は玉座に座ったまま、その焦点はレオに合わせた。
「心から歓迎するよ、ハート国の王子──、レオポルド・ジョージ・サン・ハート。さあ、君の時計とマコンドの間の鍵を我々に渡してくれないか」
えっ……。皇帝は、なんと言ったんだろう。レオがハート国の王子……?
横に立つレオを見ると、
「どうしてオレの真名を……」
レオの表情がひどく歪んでいた。こんなレオ、初めて見る。
一方の皇帝は、ふっと冷淡な笑みを浮かべさせる。
「知っているさ、それくらい。なにせ私はこの世界の、いや全世界の皇帝になるのだから」
「全世界……、それが、お前の。だからハート国を滅ぼしたと言うのかっ……!?」
「いいや、我々の本来の望みは支配などではない。私は知りたいだけだ、この世の全てを。それを解き明かすことが、生きとし生きる者の使命だろう。そのための多少の犠牲は不可欠だ。それに、どうせ私が統治する国だったんだ。私の国をどうしようが私の勝手だろう」
「ふざけるなっ、それが王の……、上に立つ者の言うことか……!!」
レオは剣を手にすると壇上を駆け上り、皇帝に向かって行く。だけど今のレオは冷静じゃない。国のことで頭に血が上っている。
レオの刃は皇帝に届く前に大きく弾け飛ぶ。なに、今の力は!?
レオは階段を、床の上を転がるけど、立ち上がると、また皇帝に向かって行く。
「メルキアデスの書は、お前みたいに奪うことしかできない人間が、与えることのできない人間が手に入れられるものじゃない!」
「それはどうかな。それより王子様、動きが鈍いようだが、魔力を持つ者の代償か。魔力を持つ者は真名を知られると魔力が弱まると聞くからな」
またレオが皇帝に近付くけど、その手が届く前にレオの体は大きく吹き飛ぶ。レオに駆け寄ろうとしたけど、レオは床に転がったまま、「来るな!」と叫ぶ。
時空の扉の管理システムの破壊を試みていたミツヤたちも、「うわっ!?」と声を上げる。振り向くとレオみたいに床に転がっている彼らの前に、雪のように真っ白な髪に、うつろな瞳をした少年が立ちふさがっていた。少年は……、いや、少年は人間じゃない、立体映像だ。
大きなコンピュータの前に現れた立体映像に皇帝は、「よくやったぞ、アルジャーノン」と声をかけた。
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