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「ここは僕と同じ志を持つ者たちのアジトだよ。仲間っていうのかな?」
部屋の中は思ったよりも広かった。壁一面に本棚がずらりと並んでいて、本や楽譜が詰め込まれていた。部屋の真ん中にはテーブルとイスが八脚置かれていて、ミツヤと同じように白一色の服に身を包んだ男の子が三人座っていた。
ミツヤは私たちと彼らを引き合わせてくれる。一番背が高いのが一〇〇〇七番、短い前髪の下に太い眉を露わにさせているのが一三八三〇番、一番背が低く丸い目をしたのが一〇一二三番だ。私は彼らにも名前を付けた。ノセ、ミヤザワ、イズミと。彼らもミツヤと同じよう、私とレオを歓迎してくれた。
「この基地、ミツヤたちが作ったの?」
「ううん、元々あったんだ。僕らがここを見つけてから何度も来てるけど、所有主には会ったことはないんだ。もう使わなくなったのかも」
レオは壁に飾られていた写真を私に渡す。この人たちが持ち主だろうと言って。
写真に写っていたのは八人の青年で、みんな引き締まった表情をしていた。下の方に文字が書かれていたけど、薄れていて読めなかった。ただ、『ハーモニウム結成す』という字だけは辛うじて読めた。
「それよりアイスクリームの皇帝のことを教えてくれよ」
レオは、ずっと気になっていたんだろう。一人先にイスに座り、ミツヤに訴える。私たちはレオに続いてイスに座ると、ミツヤが代表して口を開いた。
「アイスクリームの皇帝は、この国の統括者だ。この国は皇帝に管理されている。時空の扉も、国民たちの日常も全て。人間は育った環境の影響を受ける。だから全ての子どもを同じ環境下に置けば、全員が等しく優秀に育つ──、それが皇帝の理念だ。だから僕らは、みな同じ環境で育てられているんだ」
「みんな同じ環境で? 本当にそんなことで同じように育つの?」
「そうだね。アリスの思っている通り、必ずしもそうなるとは限らない。だから水準を満たすことができない人間は排除されるんだ」
「そんな、ひどい! どうしてそんなことするの?」
「効率的に優秀な遺伝子だけを残すためさ。人間が生まれてきたのは、この世の真理を解き明かすため──。その使命を果たせない者は、存在する意味がない。だから不要なものは全て排除する。皇帝は、そういう考えなんだ。不必要な存在は、邪魔なだけだからね」
邪魔だからって排除するなんて。そんなの、悲し過ぎるよ。
「アリスの言う悲しいってことが僕にはよく分からないけど、僕も皇帝の考えに反対なんだ。皇帝のおかげで、この国は飛躍的に発達した。百年は先だと思われていた文明を、彼は、ここ十数年で築き上げた。でも本当にそれでいいのだろうか、と僕は思うんだ」
「そう」とミツヤは一際大きな声を出し、
「僕らは変えたいんだ、この世界を。僕らの存在意義は皇帝でなく僕らで決める。僕らはこんな風に育てられたから、感情って言うのかな、そういうの、よく分からないけど。でも変わるべきだと思うんだ。ううん、変わらないとだめなんだ」
ミツヤは声に力を込める。この国を変えたいのだと。
「皇帝はメルキアデスの書を手に入れるために時空の扉を支配しようとしていて、僕らは、その研究を手伝っていた。現在、皇帝は時空の扉の五十パーセントを支配下に収めている」
「五十パーセント……。ねえ、ミツヤは、ハンプティ・ダンプティのことも知ってる?」
「ああ、彼らは皇帝の側近だ。皇帝を崇拝していて、皇帝の命令は絶対に聞く。彼らは今、メルキアデスの魔力を追える時計を見つけてって、そうか……」
ミツヤは言葉を区切るとレオのことを見つめ、「君はハート国の……」と、つぶやいた。
「道理で皇帝を知っていたのか。レオのその時計は、メルキアデスの時計だろう」
「えっ、どうして分かったの?」
「集まった情報から推論しただけさ。皇帝はメルキアデスの魔力を探知できる時計を手に入れるため、ハート国を侵略した。だけど肝心の時計は手に入らなかった。国から持ち出されてしまっていたからだ。その持ち主がレオだったんだね」
レオの表情が強張る。無意識にだろう、時計を強く握り締めている。
ミツヤは、そんなレオに頭を下げた。
「こういう時、なんて言ったらいいのか、僕には分からない。それが歯がゆい。皇帝は書を手に入れるためなら、なんだってする。ハート国のような国は、この先、増えるだろう。だから僕らはこれ以上犠牲を出さないよう、皇帝を止めようと計画していた」
「計画って、どんな?」
「時空の扉を管理しているシステムを破壊する──」
「破壊って……」
「僕らは時空の扉を管理しているシステムの開発にも携わっていた。だから、あのシステムのことはよく知ってる。この世界の人間は、扉を探知することはできない。魔力を持っていないからね。だから皇帝は時空の扉を探知し、それを制御するシステムを作り出したんだ。僕らはそのシステムを破壊するソフトを先日、完成させた。システムが壊れれば時空の扉を操れなくなる。そうすれば皇帝の計画を阻止することができる」
「ミツヤたちは計画が成功したら、どうするの?」
「それは……、まだ分からない。でも僕以外の三人には、やりたいことがあるんだ」
「ああ。オレは映画というものを作りたいんだ」
ノセは手に持ってるビデオテープを見せながら言う。そのテープは、基地に置いてあったものだと教えてくれる。
「この国には娯楽と呼ばれるものはないんだ。そういうものは人類の進歩に邪魔だからと排除されてしまったから。でも、この基地には、いろいろ残っていた。ここを作った人も僕らと同じで、世界を変えたかったんだと思う」
「僕は絵を描いているんだ」
イズミはキャンパスに油絵具を塗りたくった絵を見せてくれる。その隣からミヤザワが進み出て、「僕は音楽を作ってるんだよ」と、ポロン、ポロンとギターを弾き出した。その音色は、とても優しくて。初めて聴いた曲なのに、どうしてだろう。どこか懐かしくて、切なくて。でも心地よかった。ミヤザワが演奏を終えると、私たちは拍手を送った。
「ねえ、アリス。これがなにか知ってる?」
そう言ってミツヤが見せてきたのは、一冊の本だ。
「紙に文字や絵を記録したものよ。この世界でも情報の伝達手段に本が使われていたのね」
「へえ、そうなんだ。この紙っていうもの、ざらざらして、でも、なんだろう。この手触り、嫌いじゃない。この本、アリスは知ってる? 読んだけど僕には分からなかったんだ」
本の表紙に目を落とすと、私も知ってる本だった。中身に目を通すと、私の世界のものと全く同じ文章が並んでいた。不思議なこともあるものね。
「ミツヤは、この本が好きなの?」
「好き? 好きって、なに?」
「えっと、そうね。好きっていうのは、ドキドキするとか、気になるとかかな」
「どうだろう。でも気になるかな。これが好きって気持ちかは分からないけど」
「そっか。本を読んで、どう感じるかは人それぞれよ。正解はないの。だからミツヤが感じたこと、思ったことが答えだと思うの」
ミツヤは難しい顔をしたけど、最後には、「そうだね」と言った。
「もっと自分で考えてみるよ」
「うん。それがいいと思う」そう伝えると、ミツヤは薄らと笑った。
だけどその笑みは、すぐにかき消されてしまう。基地全体にピーピーと甲高い音が鳴り響いたからだ。
「緊急速報だ!」
ミツヤが叫ぶ。みんなの顔が強張り、室内に緊張の糸が張り巡らされていく。基地に置かれていたラジオから機械混じりの音声が流れ出し、みんな、その音に神経を研ぎ澄まさせる。
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