第四章:皇帝に花束を
1
私たちは、いろんな世界を旅した。メルキアデスを追って。
蜃気楼の世界に行って、ランプの魔神・ジンと一緒に権力で国を支配している無力の王から国民たちを救ったり、空白の世界に行って、ガリレイという少年と星々の秘密を解き明かしたり。他にも寓話の世界、車輪の世界、神話の世界と、たくさんの世界に行って、その世界毎に待ち受けていたピンチをレオと二人、時には周りの人々の力も借りて、協力しながら乗り越えてきた。
でも肝心のメルキアデスには、いつもあと少しのところで逃げられちゃって。異世界をまたにかけた私たちの追いかけっこは続いていた。
そして、また時空の扉を通って、微睡の世界から次の世界へと移動した私たちだけど……。
「ねえ、レオ。今度は、なんの世界なの?」
「それが、なんの世界か、時計に示されないんだ」
レオは怪訝な顔で時計を見つめる。時計、壊れちゃったのかな。
注意深く周囲を見回すと、
「なあに、これ……」目の前に大きな機械が聳え立っていた。
それだけじゃない。目に入った窓から外を見ると、未来都市だ。さっきの機械のように、立派な建造物が計算され尽くしたように整然と並んでいた。だけど人の姿は全然見受けられない。街は、しんと静まり返っている。
今、私たちがいるのは、とある建物の中のようだ。先程の機械以外にはなにもない、殺風景な部屋だ。
「ひとまず、ここから出るぞ」レオがそう言った瞬間、
「君たちは、一体……」
困惑とした声が私たちの鼓膜を震わせた。振り返ると男の子だ。私たちと同じ年くらいの男の子が立っていた。
漆黒の髪に、瞳の色も同じ黒真珠のよう。白一色の衣服に身を包んだ男の子は私たちをじろじろと好奇に満ちた瞳で見つめている。
どう答えたらいいんだろう。不法侵入だって、人を呼ばれちゃうかな。
警戒していると男の子は片手を突き出して、
「いや、答えなくていい。君たちは時空の扉を通って、この世界に移動してきたんだろう」
「えっ……、時空の扉のこと、知ってるの!?」
「ああ。僕は時空の扉について研究していたんだ」
時空の扉を研究──!? 私とレオは思わず顔を見合わせる。
この子、一体何者なの? まだ私と同じ小学生くらいなのに。
私が思っていることが伝わったのかな。彼は、カチャリとメガネかな? 分厚い透明なグラスを外して、
「僕は被検体一〇三二八番」
と名乗った。
「被検体? 名前はないの?」
「名前?」
「ええ、名前。私の名前は、アリスっていうの」
「オレはレオだ」
被検体一〇三二八番は、「なるほど」と言う。理解はしたみたい。でも、「名前はない」と言った。
「そうなんだ……。あっ! だったら、『ミツヤ』なんて名前、どうかしら」
「ミツヤ?」
「うん。三二八って、『ミツヤ』って読めるでしょう。一〇三二八番なんて味気ないじゃない」
一〇三二八番は一寸考え込んだ後、好きに呼んでいい、と言ってくれた。
一〇三二八もといミツヤは、また私のことをじろじろ眺め出す。どうしたんだろう。
「アリス、君は、もしかして女の子? へえ。生まれて初めて女の子を見たよ」
「えっ、女の子を見たことがないの?」
「うん。この国では男と女は隔離されて育てられているんだ。女は、本当に男みたいに喉仏がないんだね。それに男の体と違ってやわらかいし……」
ミツヤは私の手を取ったり、触ったりする。
「おい。人のこと、そんなベタベタ触るなよ」
「つい気になって……」
ミツヤは好奇心旺盛みたい。レオに怒られて伐の悪い顔をする。だけど今度はレオの帽子からはみ出しているウサギ耳が気になったみたい。触ろうとするけど、レオにかわされてしまっている。
それでも奮闘していたミツヤだけど突然、「あっ!」と声を上げた。
「いけない。君たちのことがアイスクリームの皇帝に知られたら大変だ」
「アイスクリームの皇帝だって──!??」
その単語にレオが大きな声を上げる。質そうとするけど、
「話は後だ。早くここから離れないと」ミツヤに静止させられる。
「詳しい話は目的地でするから」
ミツヤは先程のメガネを再度かけると、ついてくるよう言って歩き出す。
レオはミツヤの口から出た、『アイスクリームの皇帝』という単語に囚われているのだろう。黙って彼の後を歩き出した。でもミツヤは扉ではなく、なぜか壁に向かって歩いて行く。どうしたんだろう。壁に行き当たった彼は立ち止まり、目の前のそれに右手を付けると辺りの壁が一瞬の内に消えた。
壁の中に入って行くミツヤに従うと、狭い空間が続いていた。
「なんだよ、ここ」
「隠し通路だよ。表の通路は四六時中監視されているからね。君たち、運がよかったね」
「どうして運がいいの?」
「皇帝は異世界の人間が無断で入って来ないよう、時空の扉を制御しているんだ。だから、こちら側の扉は閉ざしていて入って来るのは難しいし、万一入れたとしても皇帝に見つかってしまえば捕らえられていただろう。それに君たち、皇帝のことを知っているようだからね」
「ああ。いや、詳しくは知らないが、アイツは……」
レオは言いかけたところで口籠る。その代わり、「どうして味方をしてくれるんだ?」と問いかける。レオはミツヤのこと、怪しんでいるみたい。
ミツヤも感じ取っているようで、「そうだね」と単調な声で言った。
「君が疑うのは分かるよ。君たちに協力して、僕になんのメリットがあるのかってことだよね。単刀直入に言うよ。僕は、アイスクリームの皇帝をその座から引きずり下ろしたいんだ」
私もレオも二の句が継げない。ミツヤの答えが、あまりにも想像からかけ離れていたからだ。そんな私たちを置き去りにミツヤは淡々と歩き続ける。しびれを切らしたレオが、「どこまで歩くんだよ」と訊ねると、「あと少しだよ」と返ってきた。
ミツヤがそう言ってからいくらもしない内に、彼はぴたりと足を止めた。でも、その先は壁だ。
ミツヤがまた正面の壁に手を翳すと、すっと扉が現れた。
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