7
急いで城に戻ると、マッキアムが言っていた通り、オーリアンズにアンジュ国の軍隊が攻め込んでいた。
赤バラ隊も白バラ隊も、それぞれ武器を手に攻防戦が繰り広げられている。いや、ジャンヌさんが不在だったためか、白バラ側の方が押していた。白バラ勢が一歩、また一歩と城へと近付いている。
けれどジャンヌさんの姿が目に入った赤バラ軍は、
「ジャンヌ様だ!」
「ジャンヌ様が来られたぞ!」
活気を取り戻す。歓声が上がる中、戦場の真ん中へジャンヌさんは乗り込んだ。
「この戦いは、仕組まれていたものよ!」
何百もの大軍を前に、それでもジャンヌさんは一人進み続ける。腰に差していた剣を、兜と鎧でさえも次々に脱ぎ捨てながら。
「鉱石なんて、この地にないわ! この戦いは魔女が仕組んだものだったの。私たちがこれ以上争う意味は、もうないの!」
無防備になったジャンヌさんは大声で叫ぶ。けれどそんな彼女に向けて投石だ。大きな石が飛んで来る。それはジャンヌさんの左肩に命中した。ジャンヌさんは一瞬、顔をゆがめたけど、すぐに笑みを取り繕う。
ジャンヌさんは両手を広げて、
「もう終わりにしましょう──」
その言葉は敵も味方も関係なく、兵士一人一人の心に染み渡っていく。
ただ一人──、アンジュ国の王を除いて。
「なにをしている! さっさとあの女を討て!」
王は命じるけど、誰一人動かない。みんな、まっすぐにジャンヌさんを見つめている。
「役立たずどもが! こんな小娘なんぞに感化されおって」
ならば自分が、とアンジュ王は剣を手にジャンヌさんへと迫る。
危ない、ジャンヌさん──!!
心の中で叫ぶけど、彼女は微動だにしない。
刹那、レオの時計が光り出した。この魔力はメルキアデス……!?
この大地にメルキアデスの力を感じる。レオの時計が探知していたのは、これだったんだ。メルキアデスがこの地に魔法をかけている──。それがどんな魔法なのかは分からない。けど。
お願い、メルキアデス。力を貸してっ……!!
私は指輪に強く願う。するとオーリアンズの地面が光り出した。
この光は、なに? まさか本当に鉱石が眠っていたの? ……いや、違う。この輝きは鉱石じゃない。地面一帯に、にょきにょきと芽が出て、つぼみをつけたかと思えば次々に花弁が開いていき、赤と白の鉱石のように美しいバラが咲き誇っていった。
オーリアンズに眠っていた宝は、鉱石なんかじゃない。この花々だったんだ。
メルキアデスが守りたかったもの──。それは、この美しい景色だ。守ってくれていたんだ、この大地に眠っていた小さな命を。
なんだかあの人らしい……。
この景色を見ているだけで、メルキアデスを感じることができる。
兵士たちも、みんな優しい眼差しでバラを見つめていた。寄り添うように咲き乱れている、赤と白のバラを。彼らの手から滑るように武器が落ちていく。
「なんだ、この花は。鉱石はどこだっ!? オーリアンズの地に眠っている莫大な量の鉱石は、アンジュ国のものだっ!!」
アンジュ王だけは繰り返し叫ぶ。鉱石はアンジュ国のものだと。
「この土地に鉱石なんかないわよ!」
「ない……? 鉱石がないなんて、そんなこと、ある訳がない!!」
そう言い張る王だけど、咲き誇る花々を前にして、がくりと膝から崩れ落ちる。
「花なんて、なんの価値もないじゃないか。なんのために我々は百年もの間、戦ってきたんだ」
「こんな不毛な土地なんかのために……」王はセミの抜け殻みたい。中身は空っぽだ。うつろな瞳で、そよそよと優しい風を受けているバラを見つめている。
「ふうん、不毛な土地、か。僕には、そうは思えないけどなあ」
このそよ風のように穏やかな声は……。
「またこの景色が見られるなんて。さすが僕のアリス」
「メルキアデス……!?」
うそ、本当にいたっ……! 宙に浮いていたメルキアデスは、すとんと私の前に降り立った。
「オーリアンズは、約束の地──。フランカ国とアンジュ国が千年前、二度と争わないよう約束を交わした場所。その証に二つの国の紋章である赤バラと白バラをこの地に埋めた。だけど百年前、この約束が破られ再び戦争が始まった時から、バラたちは一様に枯れ出してしまった……」
メルキアデスは花々を見つめながら、
「僕には花の時間を戻し、止めておくことしかできなかった。だけどアリスは絶えようとしていた花々に生命を与えた。君がこの戦争を終わらせたんだよ」
メルキアデスは、そう言ってくれるけど違う。この戦争を終わらせたのは私じゃない、ジャンヌさんだ。私は手伝いをしただけ。
それにマッキアムの正体が魔女だと分かったのも、アンジュ王が目を覚ましたのも、メルキアデスのおかげだ。
お礼を言おうとしたけど、
「メルキアデスー!」
眉をとがらせたレオがメルキアデス目がけて突進した。けれどレオの手が触れる寸前、メルキアデスは、ひょいと飛び上がった。
「あっ、こら! 逃げるなーっ!!」
レオが怒声を上げるけど、メルキアデスは、どこ吹く風だ。ふわふわと宙を飛んで行ってしまう。
「またね、レオくん。それと僕のアリス」
「くそうっ、メルキアデスのヤツ。また逃げやがって……! 行くぞ、アリス!」
「あっ、レオ、待ってよ。
じゃあね、ジャンヌさん。私たち、行くね」
「えっ、もう!?」
「だってレオが待ってくれないんだもん」
私は先に駆け出したレオの後を追いかける。そんな私の背中に向け、
「アリス!」
とジャンヌさんが声を上げた。
「ねえ、アリス。私、やっぱり天使に会えたわ」
「えっ、天使?」
「ええ。想像していた天使とは少し違ったけど、紛れもなく天使だったわ」
そう言うとジャンヌさんは、にこりと微笑む。ジャンヌさんのその笑顔こそ、私には天使の微笑みに見えた。
もう一度、ジャンヌさんに向かって手を振ると、私は先行くレオを追いかけた。
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