6
「レオ! どうして……」
「アリスがこそこそ出て行ったのが分かったから後をつけたんだ。睨んでた通り、やっぱり鍵をねらってたな」
レオは私の前に躍り出て、ジャンヌさんとマッキアムを睨みつける。顔は前に向けたまま、「逃げるぞ」と小声でささやく。
「でも……」
どうしよう。逃げると言っても、ジャンヌさんをこのままにしておけない。それに、どうやってマッキアムは鍵のことを知ったんだろう。
彼女の影を見ると……、あれ。影がない!? 天井の穴から雲越しに薄らと差し込む月の光を浴びているマッキアムの羽の部分だけ、なぜか影がなかった。
そうだ! メルキアデスが言ってたっけ、真実は月と鏡が知ってるって。もしかして……。
私は急いでトランクから鏡を出すと手に持って、
「鏡よ、真実を映したまえ──!」
マッキアムに向かってかざすと彼女は、
「ぎゃあああああっ!!?」
絶叫を上げる。空気が震える。空を引き裂くような断末魔だ。彼女の羽は真っ黒に染まっていくと、ボロボロとこぼれ落ちていく。
「あなたは天使なんかじゃない、魔女ね」
そう告げると、
「よく私が魔女だと分かったわね……」
地獄の底から響いてきたような声音で答えた。
「本で読んだの。あなたのその香り、軟膏の匂いでしょう。魔女は体に軟膏を塗るって書いてあったわ。それに月の光が弱点だって。どうして鍵を欲しがるの?」
「ふっ、愚問ね。小娘、お前が持つその鍵は、マコンドの間の鍵なのだろう。わらわがメルキアデスの書を手に入れれば、わらわがこの世一の魔術師になれる。さすればジャンヌ、お前の望みも容易く叶えてやれる。憎きアンジュ国を滅ぼせば、王もさぞお喜びになろう。
だからジャンヌ、早う小娘から鍵を奪いなさい。今までだって、わらわのおかげでよい夢を見られたろう。これからだってそうよ。わらわの言う通りにすれば、ずっとよい夢を見続けられる。そう、永遠にね……」
魔女は何度も繰り返す。わらわの言う通りにせよ、と。
けれどジャンヌさんは、「でも……」と口ごもる。
「いいのかい、ジャンヌ。あの鍵さえあれば、この戦争に勝つことができる。そしたら、お前はもう戦う必要がなくなる。死を恐れることも、仲間を失う恐怖も味合わなくて済むのよ」
「だけど私は……」
「そうよ、ジャンヌさん。魔女の言葉なんかに惑わされちゃっ!」
「アリス……」
「ジャンヌさん、あなた、どうしたいの。あなたの本当の望みはなに? 戦争に勝つことじゃないんでしょう。だから迷っているんでしょう!?」
「でもマッキアムの占いは正確なの。彼女の占いのおかげで、今まで国を守れてきた……」
ジャンヌさんの握りしめている拳が震えている。彼女の瞳が私を見つめる。大きく揺らいでいる。
「私も占いは好きよ。でも占いって迷ったことがあった時、不安な時、背中を押してもらうためにすることでしょう。だけどあなたの言う占いは、ただ逃げ道を得るためのもの。違う? もし選択を間違えた時は、占いのせいにできるから……。本当に叶えたい願いなら、占いなんかに惑わされないで自分で決めなきゃっ!」
「自分で? そんなこと……」
「いいえ、ジャンヌ・ダルク。大丈夫、あなたは一人じゃない。だって、あなたは世界中の人たちに夢と希望を与えたわ。そう、私にだって。本当よ! あなたの伝記を読んで、私もジャンヌみたいに強い人になりたいって思ったわ。あなたの活躍は今でも語り継がれているんだもの。だから大丈夫、自分を信じて──!」
私は心から訴える。この世界のジャンヌは、現の世界のジャンヌとは異なる存在ではあるけど、同じ魂の輝きを感じるの。
雲の狭間から差し込む神々しい月の光を背にしたジャンヌさんに応えるよう、神風が舞い込んだ。その強かな風は傾いていた扉を開かせ、教会を大きく揺れ動かす。
「わた、しは、私は、その……、私はっ……!」
瞬間、ジャンヌさんの瞳がダイヤモンドのように強かに輝いて。
「私にはできない! だってあの鍵は、アリスの大切なもの。大切なものを奪われる……、そんな悲しい思いを、私と同じ思いをさせたくないもの! たとえ国のためでもアリスの鍵を奪ったら、私はアンジュ国と同じになってしまう」
「そんなの、いやよっ!」ジャンヌさんは叫ぶ。それから剣を手に取って、
「私の本当の望みは、戦争に勝つことじゃない。そう、私は止めたいの、この戦争を。もう無益な戦いを終わりにしたい──っ!」
切っ先をマッキアムに向けてジャンヌさんは力強く告げた。後光が差している。
「マッキアム、最後に問うわ。今まで私を導いてくれていたのは、なぜ?」
「導いた? 本当にめでたい娘だこと。わらわはフランカ国に来る前は、アンジュ国にいた。そうね、今から百年ほど前かしら」
「それって、もしかして……」
この戦争を引き起こしたのは、まさか──!??
「なんでそんなことを……!」
ジャンヌさんの金切り声がその場の空気を引き裂く。マッキアムは、にゅっと唇の端を上げて、
「だって、おもしろいじゃない。愚かな人間どもが、わらわに翻弄されて自滅していく様を眺めるのは」
くすくすと笑い出す。
「この地には財宝が眠っている、一生かかっても取り尽くせぬほどの鉱石が埋まっているとアンジュ王に進言したら、ころりと信じおって。愉快だったわ」
「鉱石ですって? そんなもの、この地にないわよ」
「だから愚かなんでしょう。ありもしない財宝のために、百年も戦っているのだから」
ジャンヌさんは瞳をとがらせると刃を前に突き出してマッキアムに突っ込むけど、彼女の剣はマッキアムの体をすり抜けた。マッキアムは高笑いを上げる。
マッキアムには、魔女に剣は通じないの? どうしたら──。
レオが、
「ジャンヌ、これを使え!」
と自分の剣をジャンヌに渡した。
ジャンヌさんが剣を手にした瞬間、柄から刀身が現れた。長く、光がみなぎった刃だ。
ジャンヌさんは再びマッキアムに向かって行く。今度こそ彼女の意志がマッキアムの核を捉えた。
「そんな、バカな……」
マッキアムの像が大きく崩れ落ちる。だけど彼女は消えかけているのに、唇には嘲笑を乗せたままだ。
「特別にいいことを教えてあげる。アンジュ国が最後の攻撃を仕掛けようと戦力を集結させ、宵に紛れて城を襲撃しようとしているわ」
「そんなっ……!?」
まさかアンジュ国の王もマッキアムに操られていたなんて。
ジャンヌさんは首を振って、
「私たちの敵は、アンジュ国じゃない。魔女なんかに惑わされた、私たち自身よ!」
「アンジュ国も救わなくては」彼女の刃を握る手に、より一層力が込められる。
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