5
「くそうっ、メルキアデスのヤツ……!」
「一体どこにいるんだよ!」とレオは時計を見つめながら叫ぶ。
陶酔の世界に来てから数日が経ち、私たちはずっとメルキアデスを探しているけど、レオの時計はそこまで高性能ではないようだ。彼の詳しい居場所までは把握することができずに難航していた。
それに一度は撤退したアンジュ国も、いつ引き返してくるか分からない。だから、そう遠くまでは探しに行けなかった。
今日もあきらめようと城に戻ると、城内は相変わらずアンジュ国の再来に備えて緊迫とした空気で満ちていた。ジャンヌさんも指揮を取っていて忙しそうだ。
レオは、そんなジャンヌさんを遠目に見つめる。
「いいか、アリス。油断するなよ」
「油断って?」
「ジャンヌに気を許すなって言ってるんだ。もし鍵が奪われたらどうするんだ」
レオってば、本当に警戒心が強い。ジャンヌさんのこと、まだ信用していないなんて。
「奪うだなんて、ジャンヌさんがそんなことする訳ないじゃない。それにジャンヌさんには鍵のことは話してないもの」
取られる心配なんて、これっぽっちもない。
だけど最近のジャンヌさんは、なんだか様子が変な気がする。来たるアンジュ国に対して気を張っているだけかもしれないけど、心ここにあらずといった感じで。元気がないみたい。疲れているのかも。
それに気になると言えば、もう一つ。マッキアムのことだ。ジャンヌさんはマッキアムのことを天使と疑っていないけど、私にはなんだか近付きがたいと言うか、あまり関わらない方がいいような気がするの。
「にしても。メルキアデスのヤツ、どこに隠れているんだ。早くこの世界から移動した方がいいってのに」
「ねえ、レオ。この戦争、止められないのかな……」
「戦争を止めるって……。本当にアリスはお人好しだな」
レオは、あきれた声を出す。お人好しなんかじゃない。ただ、いやなだけだ。ジャンヌさんが、他の兵士たちが傷付くかもしれないのは。命を落とすかもしれないのは。
レオは、ジャンヌさんに気を許すな、と再度釘を刺す。
それから明日も朝からメルキアデス探しをするから、と一人早々にベッドの中に潜り込んだ。
真っ暗闇の中、突然、リリリ……と甲高い音が鳴り出した。なんの音だろう。辺りを見回すと、あっ、電話だ。暗闇の中、ぽつんとテーブルの上に置かれている電話が鳴っていた。
私は考えた末、おそる、おそる、電話の受話器へと手を伸ばし持ち上げた。
「も、もしもし……?」
どくどくと心臓を鳴らしながら訊ねると、
「もしもし」
と至極落ち着いた声が返ってきた。
その声は……、
「メルキアデス!?」
姿は見えなくても分かる。この声のやわらかさは、メルキアデスのものだ。
この受話器の向こうにメルキアデスがいる。その事実だけで急にドキドキして、声が震えてしまう。
「ゆっくり話をしたいけど、もうすぐ夜明けだ。アリス、君なら大丈夫。真実を見つけられるよ」
「えっ、真実って?」
「真実は月と鏡が知ってるよ」
そこでガチャンと通話が切れ、ツーツーと音が鳴る。その瞬間、私の目は覚めた。
なんだ、今のは夢だったんだ。せっかくメルキアデスと電話越しでも話せたと思ったのに。残念。でも夢にしてはリアルだったな。
たとえ夢の中でもメルキアデスの言う真実って、なんだろう。それからメルキアデス、あなたは、どこにいるの?
問いかけても、もちろん答えなんて返ってこない。気休めとばかり彼から預かった鍵を見つめていると、コンコンとノックの音が聞こえてきた。布団から抜け出して扉を開けると、ジャンヌさんが立っていた。
「ちょっと付き合ってほしいの」
詳しい話は目的地ですると言うジャンヌさん。こんな夜中になんの用だろう。ちらりと振り返ると、レオは寝てるみたい。どうしようか迷ったけど、私はジャンヌさんの後をついて行く。
行き先は例の寂れた教会だ。講壇の前にはマッキアムがいる。
「あのね、アリス。あなた、鍵を持ってるわよね?」
「えっ……」
どうして知ってるの?
マッキアムを見ると、彼女は固い笑みを浮かべていた。彼女は、すっと整った唇を上げて、
「アリス、その鍵はあなたを不幸にするものよ。手放しなさい」
と告げた。
私は、ぎゅっと鍵を握りしめる。
「この鍵は、レオの故郷を救うために必要なの。大切なものなの……」
するとマッキアムの瞳が冷ややかなものへと変わり、
「仕方がありませんね。ならばジャンヌ、その子の鍵を奪うのです」
「えっ!? 奪うって、そんなこと……」
ジャンヌさんは声を震わせる。私とマッキアムを交互に見つめる。
「ジャンヌ。その鍵があればお前の望み通り、戦争を終わらせることもできるのですよ」
マッキアムはジャンヌさんに向かって手を差し出し、
「早く鍵を奪いなさい!」
と繰り返す。するとジャンヌさんは一歩、私の方に歩み寄る。だけど、その瞬間、パンッ! と発砲音が鳴った。音の発信源に顔を向けると、
「アリスから離れろ」
銃を構えたレオがいた。
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