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「アルジャーノン……?」

 ミツヤたちは、目をみはらせて少年を見つめる。

「君たち被験体に見せるのは初めてだったかな。紹介しよう。時空の扉の管理システム並びにメイン・コンピュータを保護するために作ったプログラム──、人工知能だ」

 ミツヤたちは知らなかったみたい。せっかく作った管理システムの破壊ソフトも無駄になってしまったのか、本体であるコンピュータから何本もの砲身を出し向けてくるアルジャーノンを前に立ち尽くすばかりだ。

 絶望的な空気が流れる中、皇帝の瞳がレオから、そしてミツヤたちから私へと移動する。

「如月有理紗くん、君がマコンドの間の鍵を持っているのだろう。渡してはくれないかい?」

「どうして私の名前を……」

「私は皇帝だ、なんでも知っている。それに君のおかげで、私は、こうして玉座に腰をかけられているのだから。感謝するよ、時空の扉の研究の先駆者・如月有理紗くん」

「先駆者? 私が……?」

「気付いていなかったのかい。だが信じられないのも無理はない。なにせ君が生きていた不遇の時代から、ここまで私が発展させたのだから。愚かな指導者のせいで、君の時代は随分と低迷していたようだからな。

 そう、ここは現の世界だ。君がいた時間より遥か未来──、百年後の時間軸だ」

 うそ……。ここが、私がいた現の世界……、未来の現の世界なの……?

 私の体から力が抜けていく。未来の現の世界は、こんな風になっちゃうの? こんなにも変わってしまうの……? 未来の現の世界が、レオの国を滅ぼしたの……? 未来の私が時空の扉を研究したせいで。それで……。

 頭の中が真っ白になる。ちかちかと視界がうまく定まらない。どうしよう。どうにかしないと。でも、どうしたらいいのか分からない。

 私の近くにレオが転がって来た。またアルジャーノンが放った攻撃を受けたのだろう。

 レオは朦朧とした意識で、それでも私の腕を掴んで、

「あり、す、にげ、ろ……」

「え……?」

「約束、守れなくて、ごめん。だけど……」

 レオが宙に手を翳すと時空の扉が現れた。どうしてこんな所に扉が? レオはドアノブを掴むと扉を開け放って、次の瞬間、私の足が地から離れ、え……、体が扉の中へと吸い込まれていく。

 いやっ……、こんなの、やだ。なのにレオは、どんどん小さくなっていく。

 ガチャンと扉が閉まる。瞬間、扉は消え、代わりに私の背後に別の扉が現れた。

「レオっ──!!」

 レオ、どうして……。ううん、分かってる。レオは私を守ってくれたって。今回だけじゃない。いつだってレオは自分の命を懸けて、私のことを守ってくれた。

 辺り一面真っ暗。背後には誰に言われずとも分かった。私がいた時代の、現の世界へと繋がる時空の扉がある。この扉を通れば、私は元の世界に戻れる。だけど。

 レオに会いたい──。レオの力になりたい。守ってもらわなくていい、だからレオに……。

「アリスってば、時空の狭間でなにしてるんだい?」

「その声は、チェシャー!?」

 扉の前にチェシャーがいた。チェシャーは、にやにやと白い歯を見せて笑っている。

「お願い、チェシャー! 私をレオの所に連れて行って!」

 このままじゃ終われない。ううん、終わらせられない。こんな中途半端な結末、私は望まない。変えなくちゃいけない。だって、これは私の……、私とレオの物語なんだもの──!

 何度もお願いすると、

「それは、いいけど……」

 チェシャーは、じとりと三日月のような瞳で私を見下ろし、「覚悟はあるのかい?」と問いかける。

「覚悟なんて、そんなもの、とっくの昔に決まっているわ!」

 そう、レオと出会った瞬間から、覚悟なんて決まっていた。私には分かってた。いつかこんな日が来ることを。それでも私は決めたんだ、レオと一緒に物語を綴るって。とびっきりの、ハッピーエンドにするんだって。

 さっきは動揺して自分を見失っちゃったけど、今度は迷わない。そうよ、しっかりしなさい、アリス! レオが取り乱しちゃっている時こそ、私が支えてあげなくちゃいけなかったんじゃない。

「でもアリス、レオは真名を君に秘密にしていたんだよ。それって君のこと、信用していなかったってことだろう。そんなヤツを命を懸けてまで助けにいくのかい?」

「あら。それがどうしたって言うの? 誰だって秘密の一つや二つ、抱えていても不思議はないと思うけど。それに私、秘密って好きよ。だって、なんだかわくわくしない?」

「君って、本当に不思議だね。それじゃあ、特別に教えてあげるよ」

 チェシャーは、ぐにゃりと尻尾を、とある方向に曲げて向けた。

「さあ、アリス。願ってごらん」

「願う?」

「行き先は決まっているんだろう。自分の行き先くらい、自分で見つけな」

 そうね、チェシャーの言う通りだ。私は胸の前で手を組み、強く願う。

 お願い、時空の扉よ。レオがいる未来の現の世界への扉よ、私の声に応えて──。

 すると目の前が明るくなる。光が収まると、その先に扉が現れた。

「君の望む世界は、この扉の先さ」

「でも、この扉は……」

「今の君には分かるんだね。この扉は、現の世界への扉じゃない。でもレオを助けたいなら、まずは先にこちらの扉へと進むべきだ。安全は保証できないけどね」

「ええ、構わないわ」

 チェシャーは、「そうかい」と素っ気なかったけど、最後には、

「よい旅を」ぶらぶらと尻尾を揺らして言ってくれた。

 チェシャーにお礼を言うと、私は扉を前にして一つ深呼吸。

「レオ、絶対に助けるからっ……!」だからお願い、待っててね。そう強く願う。

 今までの私は、ただの読者だった。だけど。時空の扉──、この先にレオがいる。私たちの物語を、こんなところで終わらせたりしない──!

 私は扉のノブを掴んだ。扉の向こうは光で満ちている。その光に向かって、思い切り足を踏み出して飛び込んだ。あまりの眩しさに、つい目を瞑ってしまったけど──……。

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