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 こうして私とレオは、ジャンヌさんについて行くことにした。けれどレオは右手に短剣の柄をつかんだままだ。ううん。猜疑心を持っているのは、レオだけじゃない。ジャンヌさんの後に従っている兵士たちも、私たちをまだ敵のスパイだと思っているみたい。

 でも彼らの気持ちもよく分かる。戦争中なんだもの。命が、国が懸かっているんだ。神経質になっても仕方がない。

 だけど戦争か……。

 私は、ちらりと隣を馬で歩くジャンヌさんを見上げる。

 このジャンヌさんも現の国のジャンヌと同様、戦争に身を投じている。それだけじゃない。兵士たちのジャンヌさんに対する態度を見ても、彼女も現の国のジャンヌと一緒で高い地位にいるようだ。

 ジャンヌさんに案内された先は、高い壁に囲まれた大きなお城で。城は、白い石垣を整然と築き上げた造りをしていて、傍らには時計塔が建っている。

 厳かな門を潜り抜けると、ジャンヌさんたちと同じように甲冑を身につけた人々がたくさんいた。この城は城砦のようね。

「それで、あなたたちは、どうしてあんな所にいたの? この国に、なにか用事?」

 ジャンヌさんは城の中の小さな一室に私たちを案内すると、向かい合うように机をはさんでイスに腰をかける。

「私たち、人を探しているんです」

「へえ、人探しね。この国の人なの?」

「ううん、この国の人ではないんです。だけど……」

 ちらりと隣に座っているレオを見る。レオは時計を見つめていて、その時計はいつもみたいにまばゆい光を放つ代わりに、ほのかな光を放っていた。

「なあ、ジャンヌ。この国は、どのくらいの大きさなんだ?」

「そうねえ。三十平方キロメートルくらいかしら」

「なら、ここから十キロほど北東に行った所は、どんな場所なんだ?」

「ここ、シュリーから十キロ北東と言ったら、オーリアンズの地ね。あそこは戦場になっているわよ」

「どうしたの? レオってば、そんなこと聞いて」

「いや、時計の針が示している場所が、どうやらオーリアンズの地らしいんだ」

「ってことは……」

「ああ。オーリアンズにメルキアデスがいるかもしれない」

 レオの瞳が光を帯びる。だとしたら。

「行くしかないよね!」

 たとえ、そこが危険な所だと分かっていても。

「行くって、オーリアンズに? だめよ! さっきも言ったけど、あそこは今、戦地になっているのよ。危険よ」

「危険なのは百も承知だ」

 レオは間髪入れずに返す。ジャンヌさんは、レオから私へと視線を移す。私も頷いて見せる。

「そう……。だったら、こうしない? 私たちは明日、オーリアンズに赴くの。オーリアンズ防衛作戦に加わるために。あなたたちも一緒に行かない?」

「えっ、本当?」

「ただし、安全は保証できないわよ」

 ジャンヌさんは、にこりと微笑む。ジャンヌさんが一緒なら、とっても心強い!

 なのにレオは、そうは思ってないみたい。まだ警戒心が解けないのか、ギラギラと目を光らせている。

「あの、ジャンヌさん。この戦争は、どうして始まったんですか?」

「そうね。この戦争の始まりは、私が生まれるよりもずっと昔──、百年前にまで遡るの。よくある領土問題が発端ね」

 ジャンヌさんは語る。今から百年前、隣国のアンジュ国が、オーリアンズの地はアンジュ国のものだと主張し出した。だからオーリアンズの地をアンジュ国に引き渡すようフランク国に訴えた。けれどフランク国にとってオーリアンズは、政治並びに軍事上の重要都市。そう簡単に渡せる訳がない。

 そう、オーリアンズの地を巡って、この戦争は火蓋が切られた。

「オーリアンズは王家の拠点──、さっきも言ったけど、フランカ国の要塞都市よ。ずっと防衛してきたけど、とうとうアンジュ国が鼻の先まで迫ってきて……。オーリアンズがアンジュ国のものになったら、この国は滅んでしまう」

 だからなんとしても守らないといけない、とジャンヌは険しい表情で続ける。

 どうして戦争なんか起こるのか、そもそも始めようとするのか。私には分からない。 だって、こわいじゃない。戦争なんて。死んじゃうかもしれないのに。大切な人がいなくなっちゃうかもしれないのに。それなのに、どうして戦争なんてできるの──?

 でもその一方で、生まれてきたものだってある。戦争によって人類の科学技術が飛躍的に発展したのは、否定しようのない事実だ。

「どこの世界も、いつの時代も、そういうヤツらであふれている。自分たちのことしか考えられないヤツらがな。だけど戦争ができるだけ……、いや、抵抗できるだけマシだろ。オレの国は……」

 あ……、そうだ。レオの国は抵抗する暇もなく滅ぼされたんだ……。

 話の区切りがつくと、

「もう遅いし、続きは明日にしましょう」

 ジャンヌさんはイスから立ち上がり、部屋から出て行く。ガチャンと部屋の扉に外側から鍵を閉められる。

「この部屋、見た目はきれいな牢屋って訳だな」

 その音にレオは、吐き捨てるように言った。

「やっぱりこうなるんじゃないか。なにが敵国に見つかったら捕虜にされる、だよ。どっちにしろ代わりないじゃねえか」

「捕虜だなんて大げさね。部屋に鍵がかかってるだけじゃない」

「それを捕虜って言うんだろ」

 レオってば、私のことを能天気だなんて言うの。失礼しちゃう。

 だって牢にしては寒くないし、横になれるスペースだって十分にある。トランクから布団と枕を出せば、ぐっすり眠れると思うの。

 ぐるりと室内を見回すと、あれ、本だ! この部屋、元は書庫だったのかな。狭い部屋の中に本棚が並んでいた。

 私は棚の前に移動し、目に付いた一冊を手に取った。表紙には、『魔女に下す鉄槌と蟻塚』と書かれていて、魔女の定義や能力が載っていた。ふうん、この世界の魔女は月の光が弱点なのね。なんでも月が魔法を暴いてしまうから、か。

 次に手に取った本はこの国の地理について書かれたもので、地形から見るに、ここ、フランカ国は、現の国のフランスに瓜二つな形をしていた。

 一冊読み終えると、また一冊と、片っ端から本を読んでいく。

 ここにあった本のおかげで、この国のことが大方分かった。ジャンヌさんの言っていた通り、百年前に隣国であるアンジュ国との間で戦争が始まったとのことだけど、さらに千年前にも二つの国の間で戦争が行われていた。そう、一度は和解し、終わりを迎えた戦いが再び開戦したのだ。

 どうしてまた戦争が起こったのか。アンジュ国がフランカ国に侵攻してきたことが二度に渡る戦いの発端だということは分かったけど、アンジュ国はどういう国なのか。知りたいけど、残念ながらアンジュ国のことが書かれている本は見当たらない。

 千年前の戦争についても、あまり記録は残っていないみたいで情報が少ない。それでも本を読み続けていると、ふわあ、と空気混じりの音が耳をかすめた。

「レオ、眠いの? 寝ていいよ」

 そう言うけどレオは小さく首を横に振る。

「どうして? 眠いんでしょう」

「お前って、ほんとーに能天気だな。寝たら寝込みを襲われるかもしれないだろ」

 レオってば、どこまでも疑り深いんだから……。

 だったら私が起きてるから、と言い聞かせるけど、レオの態度は変わらない。

「アリスこそ寝ろよ」と言ってくれるけど、私は興奮からか寝付けそうになかった。

 だけど、この部屋にあった本を全て読み終えちゃった。レオも寝ればいいのに、まだ起きている。今日一日、いろんなことがあったんだ。疲れているくせに。

 そう、いろんなことが……、あっ、そうだ! 私はトランクからインクと筆、それから日記帳を出した。ルイドさんみたいに私も日記を書こうっと。せっかくの冒険だもん。このすてきな旅を記録に残しておこう。

 まだ真っ白なページを開いて、早速筆を走らせる。書きたいことがたくさんあって、なかなか筆が止まらない。

 やっと名前が分かった図書館の君──、メルキアデスのことも書かなくちゃ。別れたばかりなのに、どうしてだろう。会いたいって気持ちが噴水みたいにとめどなくあふれてくる。

 大方のことを書き終えて筆を置くと、あれ。すうすうと整った寝息が聞こえてきた。レオは自分の腕を枕にして瞳を閉じていた。

 やっぱり無理してたのね。トランクから毛布を出すと、レオの肩にそっとかける。

 私も、いい加減寝ようっと。続けて布団と枕をトランクから出すと、ふかふかのその布の中に身を包ませた。

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