第三章:約束の地
1
時空の扉を通った先の、私たちが目覚めた場所は、どこかの教会の中みたいで。ステンドグラスが日の光を受け、きらきらと輝いていた。あの羽の生えた人は天使かな? とってもきれいっ……!
すっかりその光景に見入っていたけど、
「ここは、陶酔の世界か」
レオは目を覚ますなり、早くメルキアデスを追いかけるぞ、と私の腕を引っ張った。
レオってば、せっかちなんだから。とってもきれいなステンドグラスなんだもの、もう少しゆっくり眺めていたかったのに……。
後ろ髪を引かれながらも教会を出ると辺りは殺風景で、緑ばかりが広がっていた。どうやらこの世界は、前いたガラスの世界とは違って文明が発達していないみたい。
この世界のどこかにメルキアデスがいるんだよね。レオは早速、時計に念を送り出す。
だけど時計が応える前に、突然傍らの草木が揺れ動いた。視線をそちらに向けると、現れたのは鎧に身を包んだ数人の兵士だ。
「なんだ、お前たちは!」
兵士たちは私たちが目に入った瞬間、手に持っていた槍を突き出した。
「見たことない顔だな。格好も変わっているし、この国の人間じゃないな」
「敵のスパイかもしれないぞ!」
スパイ? スパイって、どういうことだろう。
兵士は私たちをすっかりスパイだと思い込んでいて、じりじりと距離を詰めてくる。するとレオが私を隠すよう前に出た。手には短剣を握りしめて。
緊迫とした状況が敷かれていく中、兵士の槍の先端がレオの短剣に触れるか、触れないかくらいまで迫って来た。
レオも兵士たちも腕を振ろうとした、瞬間、
「待ちなさい──!」
と澄んだ水のような声が響き渡った。振り返ると一匹の白馬に乗った騎士がいた。
騎士は私たちを馬上から見下ろしながら、なにをしているのか問いかける。兵士たちは騎士の姿が目に入ると慌て出した。
「敵のスパイがいたので連行しようと思いまして……」
「スパイ? スパイって、まだ子どもじゃない」
「武器を収めなさい」と騎士は兵士たちに告げる。だけど兵士たちは、まだ私たちを疑っているようで、槍は向けられたままだ。
そんな兵士たちに騎士は、
「ならば私がこの子たちを調べます」
それなら構わないでしょう、と淡々と後を続ける。兵士たちも納得したのか、ようやく槍を引っ込めた。
騎士は、ひょいと馬から降りると、かぶっていた冑を外した。するとブロンドの短髪と、ギリシャ彫刻のように白く端正な顔が現れた。冑の下に隠れていたのは、成熟しきっていない蕾のような少女だ。年齢は私より五、六歳ほど年上かしら。
少女は空色の瞳を軽く揺らして、
「私の名は、ジャンヌ・ダルクよ」
と告げた。
「えっ、ジャンヌ・ダルク!?」
思わず大きな声が出ちゃった。驚いているとレオが、知ってるのか、と訊いてきた。
「もちろん!」
だってジャンヌ・ダルクは英雄だ。十五世紀のフランスの軍人で、オルレアンの乙女とも呼ばれている。農夫の娘として生まれた彼女だけど神の啓示を受け、イングランドとの間で起こった百年戦争で重要な戦いに参戦し、勝利を収めた。
だけど後にブルゴーニュ公国の捕虜になってしまい、その上、異端審問にかけられて火刑になってしまうという最期を迎える……。
でも、このジャンヌは、現の世界のジャンヌ・ダルクとは違うみたい。私の反応にジャンヌさんは戸惑っていたみたいだけど、すぐに颯爽とした態度に戻り、
「あなたたち、悪いけど私について来てくれないかしら」
と言い出した。
「いやだと言ったら?」
レオは短剣を突き出したまま訊き返す。
「そうね。見たところ、あなたたちは、この国の人間ではないわね。旅人かしら?」
「だったら、なんだよ」
「今、この国は戦争中なの」
「えっ、戦争……!?」
「そうよ。その上、この辺りまで敵が進行してきているの。もし敵があなたたちを見つけたら、こう思うはずよ。敵国であるこの国──、フランカ国の人間だって。そしたら捕虜として連行されちゃうかも。ね、ひとまず私について来た方が安全だと思うわ」
そう言うとジャンヌさんは、にこりと微笑む。一滴の偽りも感じられない笑みだ。
それにジャンヌさんの言うことは一理ある。メルキアデスをこの世界で探す以上、ここがどんな所なのか、どんな危険があるか知っておく必要があるだろう。
「ねえ、レオ。ここはジャンヌさんについて行こうよ」
そう言い聞かせるけどレオは眉根を寄せ、
「簡単に人を信用するな」
と言う。
「でもジャンヌさん、ウソついてるようには見えないもの」
私だって誰彼構わず信用している訳じゃない。直感って言うのかな。ジャンヌさんは信じても大丈夫だって思えるの。レオは何度目かの説得で、ようやく折れてくれた。
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