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「睨んだ通り、ルイドの残した日記に財宝の隠し場所が記されていたとは。それも一〇〇〇ポンドはくだらないってウワサだ」

「怪盗ニプルも狙ってるなら、いよいよ本当だ。ルイドが生前、言ってたんだ。その日記帳は、とても大切なものだって。その上、肌身離さず持っていたらしいからな」

「日記を寄越せ!」男たちは繰り返す。今にも銃を発砲しそうな勢いだ。

 車内に緊張の糸が張り巡らされるが、「君たち、やめたまえ!」メルヨシが立ち上がる。

「そんな物騒な物、しまいたまえ。まずは話し合おうじゃないか」

 メルヨシは男たちを説得しようと試みるけど、

「なんだ、コイツ。じゃまだ!」

 男たちに一掃されて突き飛ばされる。その拍子に頭をぶつけたのか、すっかり床に伸びてしまう。

「お願い! 日記なら渡すから、銃なんて物騒なものは早くしまって!」

 マリーさんは日記帳を男たちに突き出す。その右腕をレオが咄嗟に掴んで、

「だめだ!」

「えっ……?」

「渡したらだめだ! その日記は、ルイドさんがマリーさんに託したものなんだろ。一度手放したら、返ってこないかもしれないんだぞ。大切なものなら、たとえ一時だって絶対に手放したら、だめだっ!!」

 そうだ、レオの言う通りだ。この日記帳は、絶対にこんな人たちに渡しちゃいけない。

 だけど今の状況は、私たちに不利だ。どうにかして男たちから拳銃を取り上げないと。こんな時、どうしたらいいのか。本には載ってなかったけど考えないと。本にばかり頼らず、私自身で考えないと。ええと、ううんと……、あっ、そうだ!

 私は、トランクに視線を向ける。うん、トランクの位置も大丈夫。

 今度はレオに視線を送った。お願い、レオ、気付いて……!

 目に力を込めてレオを見つめ続けると、レオは気付いてくれた。はっとした表情をした後、こくんと小さく頷いた。

「なにやってんだ! さっさと日記を寄越せ!」

 男の指がトリガーを引こうとした瞬間、

「お願い、トランク! ガラスを出して──!」

 ありったけの力を込めて唱える。瞬間、トランクが光って蓋が開くと、ばっ……! と中から物が飛び出した。バン、バンッ──! と何発もの銃声が発せられる。けど。

「なっ……、なんだ、これは!?」

「ふふっ、ここは、ガラスの世界。だけど、そのガラスはガラスでも特別性の、防弾ガラスよ──!」

 男たちが怯んでいる間に、レオが銃を手にして発砲する。男たちの手から拳銃が弾け飛んだ。

「ナイス、レオ!」

「このガキ、よくもっ……!」

 拳銃を失った男たちは、今度は拳を振るおうとしたけど、「うぐっ!?」と短い呻き声を上げて、ずでんっ……! 思い切り顔面から倒れ込んだ。突然かたわらに倒れてきた男たちにメルヨシは混乱している。

 状況を理解できないのも無理ないかな。男たちがレオに殴りかかろうと向かっていた最中、床に倒れていたメルヨシがむくりと起き上がったことで、足を引っかけて転んだのだ。

 やったあっ! なんて思ったのも束の間。ぐいと体が引っ張られた。振り向くと灰色のスーツを着た男が私の腕を掴んでいた。しまった。仲間は、もう一人いたんだ。

「いい加減、日記を渡せ!」

 男の拳銃が私の頭部に添えられる。どうしよう。頭が回らない。レオが私の名を叫んでいる。マリーさんは、こちらに向かって日記を差し出す。だめだよ、マリーさん。日記を渡したら。

 男の手は日記帳に伸びて……って、あれ。この手は男じゃない、女の人だ。しなやかで黒いレースの付いた手袋が視界に入る。

 続いて、「大丈夫?」と優しい声が降ってきた。声の主はクラリスさんだ。あれれ。どうしてクラリスさんが私の背後にいるの? さっきまで灰色スーツの男がいたのに。

 私に拳銃を突きつけていた灰色スーツの男は、いつの間にか先程の二人組と一緒にロープでぐるぐる巻きに縛られていた。

 クラリスさんが、すっと顔の前に扇子を翳すと……、

「メルキアデス……!!?」

 クラリスさんから一変、メルキアデスは一瞬の内に姿を変えた。

「レオくん、ちゃんとアリスのことを守ってよ。君はアリスのナイトなんだから」

「メルキアデス……! こうなることが分かってて、オレたちをこの機関車に乗せただろ。よく、のこのこと顔を出せたなっ……!」

 レオは、きゃんきゃん子犬みたいに吠えるけど、「君がアリスのことを守れなかったからだろう」と返されると、ぎりっと歯ぎしりをした。

「もう少し汽車の旅を味わいたかったけど、僕は途中下車させてもらおうかな。じゃあね、僕のアリス」

「また会おう」そう言うとメルキアデスは窓のサッシに足をかけ、軽く蹴ると、ふわり、ふわりと天高く飛んで行ってしまう。

「あっ、こらっ! 待ちやがれーっ!!」

 レオは空に向かって叫ぶけど、メルキアデスは、にこにこと手を振るばかりだ。彼の姿は米粒みたいに小さくなっていき、やがて空に溶け込んでしまう。

 行っちゃった。今回も全然話せなかった。でも旅を続けていれば、また会えるよね……?

 レオも私と同じくらい……、いや、それ以上に悔しかったみたい。「変装してるなんてずるいぞっ!!」と、まだ声を上げていた。

 ううん。マリーさんが声をかけていなかったら、いつまでも止まらなかっただろう。

「あのう、ところで、この日記帳に隠されていた暗号って……」

 そうだった。まだ謎解きの途中だった。

 席に座り直すと、私は、ごほんと一つ咳をして、再び日記帳の例のページを開く。

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