第一章:マコンドの間の鍵

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 キーンコーンと甲高いチャイムの音が校舎中に響き渡る。待ちに待った、放課後の時間だ。

 私は机の中から教科書やノートを取り出すと、ランドセルの中にしまっていく。

「ねえ、アリス。どうして空が青いか知ってる?」

 声のした方を向くと、アイちゃんが立っていた。その後ろにはマイちゃんとミーちゃんもいる。

「うん、知ってるよ。太陽の光にはいろんな色が入っているんだけど、光が空気の中を進む時、青色の光は他の色の光より宙に散らばりやすいから空は青く見えるんだよ」

「へえ、そうなんだ」

「さすがアリス! なんでも知ってるね」

「ははっ、なんでもは知らないよ。この前、読んだ本に書いてあったの」

 そう、これは謙遜なんかじゃない。だって、この世界は、まだまだ私の知らないことばかりなんだもの。だからこそ……。

「あっ、そうだ。三角公園の近くにジェラート屋さんができたんだけど、アリスも一緒に行かない?」

「ごめーん! 私、図書館に行かなくちゃいけないから」

「図書館って、また行くの?」

「アリスって、本当に本が好きだよねー」

 アイちゃんたちの口から、ため息混じりな声が出た。

「その上、アリスってば、空想ばっかしてるし」

「この間も、『食べられる雲があればいいのにー』だっけ? 夢みたいなことを言って」

「ちょっと、夢みたいなんて!」

 そんなこと言わないでよ、なんて思わず大きな声が出ちゃった。だけど。

「空想ばっかだなんて、そんなことないもん。それに人が想像できることは、必ず実現できる──。フランスのSF作家だったジュール・ヴェルヌが残した言葉よ。実際にヴェルヌが小説で書いたことは、実現しているものが多いんだから。それに夢を叶えてきた人は、きっとヴェルヌみたいに想像力が豊かな人たちよ」

 そう、何事も空想から始まるんだから。

 私はランドセルを背負うと身を翻して、

「また誘ってね!」

 そう言い残すと教室を飛び出した。



 本は、私の好奇心を満たしてくれる。ドキドキ、ワクワクを与えてくれる。ううん。一つ知れば、また一つ、二つと謎が生まれて。好奇心は満ちるどころか膨らむ一方だ。

 小走りで帰路を歩いていると家が見えてきて、

「ただいまーっ!」

 玄関のドアノブを掴むと勢いよく開け放った。

「おかえり、アリス。今日のおやつはスコーンよ。手を洗ってらっしゃい」

「ううん、いらなーい! 図書館に行かなくちゃいけないから」

「えー。焼き立てなのにー」

「帰って来てから食べるねー!」

 階段を上がってニ階の自分の部屋に行き、ランドセルを置くと、返却する本を入れておいた鞄を手にしてすぐさま家を飛び出した。

 ジェラートやスコーンといった、甘くておいしいお菓子は大好きだけど。三度の飯より、おやつより、やっぱり私は本が好き──!

 本さえあれば生きていける。ううん、本がなくちゃ生きていけない。私にとって本は酸素と同じだもん。もし世界から本が消えちゃったら息ができなくなっちゃうよ。

 小走りで歩いていたけど図書館の前に着くと速度を落とす。上がっている息をそのままに館内に入ると、本棚の間を移動していく。

「今日は、どの本を借りようかなー」

 この間はタイムマシンのことが書かれている本を借りて、その前は宇宙の起源についての本でしょう。相対性理論も興味があるな。あっ、そう、そう。シュレディンガーの猫のことも知りたいと思ってたんだよね。

 棚に並んでいる本の背表紙を眺めては気になる本を手に取って、狭い通路を移動して行く。私は、この時間が好き。もちろん本を読んでいる時間も好きだけど、どの本を読もうか考えている時間も好き。それに図書館にいると、あの人に──、図書館の君に会えるような気がするから……。

 ふと足を止めると、首にかけていた赤い紐を手繰り寄せて服の下から金色の鍵を取り出す。

 図書館の君──、六年前に出会った、翡翠色の瞳をした不思議なお兄さん。迷子になった私を助けてくれた優しい人。名前も、どこに住んでいるかも知らないけど、

「また会えるから──」

 そう約束を交わして、この鍵を私に託してくれた。

 この鍵は図書館の君と私を結ぶ唯一の物。だから失くさないよう紐にくくって、いつも首から下げている。

 私は鍵を服の下にしまい込むと再び本棚の間を移動する。とある箇所で目が止まると私の足は再び止まった。私の目を惹きつけたのは、一冊の本だ。その本は背表紙が色褪せてしまっていてタイトルは分からなかったけど、なんだかとっても気になった。

 その本に向かって手を伸ばした、けど、突然、どんっ──!

「きゃっ!?」

 背中に鈍い衝撃が迸って、私の体は床に転がった。

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