第4話 幽冥の月に見初められし者8
(ココは、どこだろう)
冷たくて、寒い。
温かみが感じられない空気。
人気の無い寂しい気が漂っている。
(私は〝ダレ〟だろう……?)
ポツリと言葉を生み出す。
幽冥の月。
禍津者。
徴。
一つ、二つ、三つ。
耳朶の奥底にこびり付く、断片的な言葉を思い出す。
けれどそれは点と点ばかりで、繋がってはくれない。
(イマ、何時なんだろう……)
どれくらいの時間が経ったのか。
そう考えようとして、時間を気にする必要が何故あるのだろうかと思い直す。
意味などないはずだ、と心の内に住まう誰かが囁いた。
(じゃあ、どうして私は〝ココ〟にいる……?)
考えても言葉は次々と頭の中で霧散し、消えていく。
「………………」
目を開いても、目の前の空間には何もない。
暗くて、昏くて、
狭いのか、広いのかすら判らない。
手を伸ばして確かめようと身体に力を入れる。
けれどその時初めて指一本も動かせないのだと自覚した。
唯一動く眼球で、上下左右を見てみると身体には細い絹糸のような何かが幾重にも巻き付いている。
(なんだろう……)
ろくに働いてくれない頭で糸を見る。
手首から指の関節まで――薄紅色の糸が括ってある。
中途半端に糸が身体を覆うその様は、まるで死にかけの蚕蛾のようだと思った。
『目が醒めたようだな』
ふと、意識を失う前と同様に聲が直接頭に届いた。
それと同時に、何もなかった筈の空間に一つの気配が滲む。
(
不思議と、声は出せなかった。
記憶の泉を掻き起こし、意識を失う前に男が名乗った名前を思い出す。
すると、私の考えが読めるのか目の前の〝ソレ〟は可笑しそうに嗤った。
『まだ身体が馴染んではいないだろう。それとも、少しずつ思い出させてやろうか』
感覚を、と神狩尊が囁く。
『おまえは偽りの籠の中にいる器ではない。……その身の内に抱いている
(私の、中のモノ……?)
『そうだ』
神狩尊はそう言うと、私の傍に身を寄せ顎を掴むと口唇を重ね――直後、長い舌が咥内へと侵入してきた。
「……ッ!」
あまりの唐突さに驚き、虚ろだった瞳に感情の灯が点る。
「……っ、ふ……」
自由の利かない身体のまま神狩尊が満足するまで我慢し、やがて長い舌が口腔から引き抜かれると熱を帯びた吐息が漏れた。
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