第4話 幽冥の月に見初められし者7
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それは稽古を終え休憩を取ってから、二刻としないうちだった。
「禍津者が活発になっている……?」
四方にある集落それぞれに置いている『旗長』から、直接報せが入ったのだ。
『突如、禍津者らの群れが現れた』と――。
数日前に、大規模な禍津者の群れを祓ったはず。
思いがけない報せに、休んでいた兵達に緊張が奔る。
「黄泉月」
「応」
名を呼ぶのとほぼ同時に、背後に黄泉月の気配が浮かび上がる。
「話は訊いていたな?」
「勿論だとも。既に手は打っておいた」
それは黄泉月の〝方術〟――遠見の能力のことを指していた。
正方形の白い和紙を取り出したかと思うと、なにもない場所に、ポツンと濃紺色の円が滲む。
そしてそこから赤紫色の絵具を水で溶いたかのように広範囲に色が滲んでいく。
東西南北――各々の集落にすぐに雪崩れ込む様子ではない。
だからといって軽視はできない。
「…………」
禍津者が群れを成す場合、必ずそれを統率している核たる主がいる。
それがこんな短期間に複数の場所で、しかもほぼ同時に群れを率いることなどこれまでには無かったことだった。
「ここから判るだけでも……随分と四方八方に散っておる」
『旗長』は多少ながらも〝方術〟を扱える素養があり戦場に立つことは可能だ。
――だが、それだけでは核を有する禍津者を祓うには心許ない。
「…………」
「順番に群れを散らしてゆくか?」
そう問うてきた黄泉月に対し首を横に振ろうとしたその時だった。
蘇芳と浅葱の二人が声をあげた。
「旦那は旦那ですることがあるでしょうよ」
「冥一郎さんは屋敷に近い集落を回って下さい。遠方へは僕らが出ますから」
「……すまないな」
まるでこちらの考えを読んでいるかのようだ。
頼りになると同時に、必要以上の負担を強いているのは事実。
だがそんなことをおくびにも出さない二人は、自分の指揮する兵達に早速号令をかけていた。
「異様な動きよのう」
ポツリと黄泉月が呟きを零す。
「そうだな……」
「お主のことだ。『原因』については、おおよそ見当は付いているのであろう?」
「……」
その問いに、重い口を開こうとした。その時だった。
「――ていうか、みことちゃんの影響でしょ」
黄泉月との話を割って入る形で、さらりとその言葉を発した人物がいた――浅葱だった。
「おい、浅葱。その言い方はマズいだろうが」
「んー……そうだね。みことちゃん、じゃ誤解を生むか。それなら……〝幽冥の月に見初められた者〟の影響でしょ。いくら冥一郎さんが〝徴〟を刻んでも、みことちゃん次第で状況がこうも荒天しちゃうんだからさ」
事実だ。浅葱の言葉に間違いは、ない。
「〝番〟は無駄だと?」
「そこまでは言いませんよ。ただ、影響力が強すぎるんです」
「……まぁ、それがあの嬢ちゃんの素養なのか。偶然なのかは判らんですけど」
二人からの進言に、視線を落とす。
(影響力を軽視しすぎたか? いや、そんなつもりはない)
だが、みこと自身はその影響力について気がついていない。
そんな中、問い詰めたところでなんの意味もないだろう。
「すまないが、二人とも……みことの影響力のことについては、あまり口外しないでおいてくれるか」
「……まあ、積極的に話題にはしません。でも本人が〝無自覚〟のままでいるのはあまり感心しませんね」
「浅葱の言うとおりでさぁ。ある程度のカバーはできても、限界は在るってことですぜ。旦那」
「嗚呼。ある程度みことも落ち着いて来たら話すつもり――、ッ!」
話すつもりだと言いかけた言葉を呑み込む。
咄嗟に手の甲に視線を向けると、みことと対になるようにして刻まれていた〝徴〟が鮮やかな紅色から、紺碧へと変異していた。
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