第4話 幽冥の月に見初められし者1

『禍津者』――それは澱みの中から、生まれ出ずるモノ。

 その外見は様々で、鳥獣から蟲を主体としている。

 それは人の遠い祖先が、獣から進化を辿ってきたことに由来しているからだろうか。

 それとも、その姿のほうが都合が良いからだろうか。

 どちらにせよ……。

 幽世に住まう大半の者達が、『禍津者』と呼び恐れおののくその存在は、ゆっくりと澱みの中を漂っていた。意識は、ない。けれども全が一。一が全であるようにその意思の多くは様々な生き物の欲求を混ぜて、すり合わせ、溶け合っていた。


 ボウ……。


 不意に、澱みの中に僅かな光が灯った。

 その光は、澱みによって周囲に拡散し、鈍く淡くゆっくりと消えていく。

 数秒後、再び同様の光が灯った。

 それは幾度となく明滅を繰り返し、まるで胎動しているかのようにさえ思えた。

 ギィ……。

 ふと耳障りな音が光に共鳴するかのように響いた。

 それはいつぞやの蜈蚣むかで。そしてそれよりも前に葬った様々な鳥獣たちであった。

 耳障りな音が混ざる。

 胎動するかのように光り輝く〝ソレ〟に合わせて――。

 まるで、怨みを晴らしてくれと言わんばかりに。

 まるで、彼の者を喰らってくれと願わんばかりに。

 幾十も、幾百もの不協和音となって澱んだ空間内を奮わせていた。


 ☽ ☽ ☽


 目が覚めてから真っ先に思ったのは、身体に残る鈍い痛みと倦怠感だった。

(身体の芯から……怠いような、感じがする)

 けれどそれは決して不快ではない。

 すぐ目の前に、冥一郎さんの寝顔があったのには驚いたけれど、以前よりも左程驚くことはなかった。けれど、

(あ……)

 ふと自分の手の甲に視線を落とすと、そこには見たことのない不思議な〝徴〟が刻まれていた。家紋のような、花押のような、図とも文字とも読み取れない徴。

 けれどそれが冥一郎さんと〝番〟になった証なのだと、察することはできた。

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