第3話 幽世の護人12
「頑張ってきたと、認めていいんでしょうか」
不安を言葉にする。
上手くいかない人生だった。
人間関係も、仕事も何もかも。
唯一の肉親の死にすら立ち会えなかった不幸者。
なのに気づけば――そんな自分を赦して良いのかと、他人であり自分の事情など知らない筈の冥一郎さんに問うていた。
「たとえ、みことがまだ自分のことを赦せなかったとしても……私が認める。私がみことのすべてを赦して、慈しもう。だから――」
冥一郎さんは、そっと労るように言葉を囁く。
「みことのことを、もっと教えて欲しい」
それはただ甘い上辺だけの言葉ではないのだと伝わってくる。
「知って、もっと大切にしたい……だから、求婚をしたんだ」
包み込むような抱擁。
冥一郎さんの鼓動に共鳴するように、私の胸もキュウと熱く、苦しくなっていく。
「知ってからじゃ、なくて……?」
「それじゃあ遅いんだ。本当なら、そうしたい。だが……すべてを説明しきるには時間が足りない」
「それは〝
「……!」
私の問いかけに、冥一郎さんが息を呑むのが判った。
「黄泉月や……みんなから少しずつ話は聞きました。〝番〟にならない〝魂魄〟は、危ないんだって」
そっと、冥一郎さんの手に自分の手を添える。
「冥一郎さんのことは信じたい、です。でも、どうしたら……いいですか?」
自分の中では答えのでない、感情を吐露する。
「どうすれば……冥一郎さんを、信じられるようになれますか」
「それなら、少しでもみことが安心できるよう――精一杯努めよう」
言葉が偽りとならぬように。
行動が真実となるように。
冥一郎さんは努めると言葉を発する。
「…………」
(私は……どうすれば、いいんだろう)
冥一郎さんだけではない。
黄泉月や胡蝶さん達。
それに、みつねとやみね。
此処に来てから色んな人の世話になりっぱなしだ。なのに――『幽冥の月』に見初められたモノとしての『役割』があるのなら、それを果たすことで恩を返せるのだろうか。
そして恩を返した暁には、冥一郎さんのことを信じることができるのだろうか。
答えのでない自問自答。
それを繰り返していたその時だった。
「みこと」
不意に名前を呼ばれ、見上げた瞬間。
掠めるような、柔らかく触れ合う口付けが、一瞬交わされた。
それは、どこか非現実な世界だった。
目の前にいるのは、私には不釣り合いな美しさを持つ異性。
(そんな人が、どうして……)
思いがけない出会い。
それが運命だというのなら、神様は意地悪だ。
私でなくとも、もっと釣り合う女性が他にいるだろう。
そんな悲観的な考えをグルグルと頭の中で巡らせていたその時だった。
冥一郎さんが、私の長い髪を梳くように指を通した。
優しい手つきの筈なのに、その触れる感覚に思わずゾクリとしてしまう。
「ん……」
微かな声が、無自覚に零れ落ちる。
冥一郎さんの手がまるで何かを探るように――少しだけ優しく動く。
そんな感覚に翻弄されながらも、不意に首筋に微かな痛みが走った。
何度か触れるだけの優しい口付け。そして着物の帯が緩められる衣擦れの音が静かに室内に溶けてゆく。
「冥一郎、さん……」
「ゆっくり、呼吸をしろ……」
呼吸が忙しなくなっていく。そしてまるでお酒を呑んだ時のような、クラクラとした感覚に翻弄される。冥一郎さんの指が身体の筋をなぞる度、たったそれだけなのにゾクリとした快感が身体の奥から湧き上がる。
「大丈夫か?」
たった一言。
気遣う言葉が嬉しくて、恥ずかしい。
冥一郎さんの肩口に顔を寄せ、腰が砕けてしまわぬよう、掴まりながらも小さく答えた。
「少しだけ、痺れるような感じが……します」
「痛みは?」
「大丈夫、です」
吐息混じりに頷くのが、精一杯だった。
(私の、ため……。本当に?)
そんな甘言を信じていいのだろうか、と。
私の中に潜む人間不信な人格がゆっくりと鎌首をもたげていく。
『幽冥の月に見初められた存在』
『禍津者』
『魂魄と番』
『幽世の護人』
様々な事情が複雑に絡み合っているのだと意識の端で考えながら、ゆっくりと私は冥一郎さんの腕の中に落ちていった。
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