第4話 幽冥の月に見初められし者2
隣りで眠りについている私の〝番〟を見つめる。
不思議な気持ちに、つい自分の胸元に手を添える。
(たくさん、色んな言葉をくれたな……)
中には口にするにも恥ずかしい言葉もあった。
けれど、どれもが優しくて私が此処にいていいのだと思えるような――私という存在を認めてくれるような言葉。
(そういえば、いつ以来だろう……)
唯一の肉親である祖母を亡くしてから、褒めて貰うことも認めて貰うこともなかった。
そして、誰かに愛されているという実感をわくこともなかった。
けれどそんな私の考えを、価値観を、認めてくれた上で傍にいてくれる人が此処にいる。
「冥一郎さん……」
この気持ちを言葉にするのなら、どれが正しいだろう。
愛おしいという感情とは、まだ少し違う気がする。
ただ純粋に嬉しい――そんなことを思っていた時だった。
「なんだ……?」
「ひゃわ……!」
不意に返事を返され、思わず変な声を上げてしまう。
「お、起きて、たんですね。……いつの間に……?」
「みことが目覚める前には起きていた。ただ眼を綴じていたら、みことが名前を呼んでくれたから応えただけだが?」
「……っ」
何故だろう。
ただ名前を呼び、それに応えてくれただけなのに胸の内側がポカポカした。
(これも〝番〟の徴の効果なのかな……?)
そんなことを思いながら、冥一郎さんの手の甲に刻まれた徴に掌を重ねる。
「無事、刻まれたようだな」
私の手の甲に視線を向け、そこに刻まれていた徴を目にすると安堵の表情をその貌に浮かべる。そして、まるで子どもでも褒めるかのように私の頭を撫でてくれた。
「……っ」
(恥ずかしい……。でも、嬉しい、な)
思えば、こうして誰かに褒めて貰うことなどどれくらいぶりだろう。
「あ、あの。本当に私で良かったんですか……?」
「みことがいい、と口にしただろう」
「は、はい……」
そうして互いに手を握りあう。
徴は、深い紅をしていた。
椿とも、薔薇とも、それこそ血の色とも形容しがたい独特の色味につい眼がいってしまう。
「……。痛みはない筈だが、気になるか?」
「す、少しだけ……。でも、平気です」
この徴が、冥一郎さんと私の繋がりを証明するものだと実感できるのだから――。
しばらくの間、二人だけの時間を堪能してから、食事のために別室に移動するとそこにはすでに食事が配膳された状態で置かれていた。
(まるで、私たちの行動が見透かされてるみたい……)
それは邪魔をしないための配慮なのかも知れない。
けれど、どこかこそばゆい気持ちにもなった。
「冥一郎さんは、今日はどうされるんですか?」
互いに向き合う形で食事を摂りながら、改めて冥一郎さんに尋ねる。
冥一郎さんの『役目』については、少しだけみつねとやみねから訊いてはいた。
けれど、こうして〝番〟になってから増えるものはあるのだろうか、と気になったからだ。
「……。大きな変化はない」
動かしていた箸を止め、何かを考えた後、冥一郎さんはゆっくりと口を開く。
そして『幽世の護人』としてやらなければいけないことを、冥一郎さんはゆっくりと言葉を噛み砕きながら話してくれた。
一つ、現世に残る御魂を幽世へと誘うこと。
二つ、『禍津者』から幽世の各所に住んでいる魂魄を護ること。
冥一郎さんがいうには、現世と幽世は表裏一体なのだという。
『御魂』が幽世へ行けないまま残り続けること。
『禍津者』が幽世に蔓延ること。
時間が傾いでいたとしても、必ず影響しあうそれらを抑止することが大きな役目なのだという。
「現世が澱めば、幽世も澱む。澱みが進めばそれだけ禍津者どもの力も強まる」
「……そう、なんですね」
禍津者――そう称する怪物のことを、私はよく知らない。
だから、申し訳ないけれどあまり実感がわかなかった。
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