第3話 幽世の護人9

「あーらら。湯浴みもしてないのに、まるで茹で蛸だぁ」

「旦那ァ、こんなんじゃあ先が思いやられちまいますぜ?」

「……お前達は……口を挟まないでくれ」

(そんなこと言われなくても分かっている……)

 何故みことが此処に来たのかは分からない。だが、どうやら誰かを捜していたようだ。

 ……今は、冷静に話ができそうにもないが。

「邪払いを済ませた後とは言え、触れるのには抵抗があるな……」

 無垢で清廉。

 ガラスのように繊細な魂魄を、抱いていいものなのか、と。

 この手は、身体は、血と臓物で穢れている。

 たとえそれが『役目』の結果で、その『役目』に対して何一つ後悔がなくとも――躊躇いだけは、どうしようもない。それは自分が臆病者だからだ。正直に話し、拒絶をされること。それがどうしようもなく怖い。だからみことに対しても、後ろめたさに似た感情を抱くのかも知れない。

「じゃあ、こっちが運びましょうか。芙蓉ちゃんじゃあ運べないし」

「だな。鉄線にも任せられん。……それに、ウチの旦那が腰抜けじゃあな」

「……っ、いつ『俺の番』に触れていいと許した」

 ニヤニヤと言葉なくとも嫌らしく嗤う二人を睨め付けると、濡れた着物のままではあったが、そのまま両腕に抱き上げる。

 冷たい思いをさせるのは申し訳ない気持ちもあるが、この際仕方の無いことだ、と覚悟を決める。邪払いのために、清水を幾度も被ったのだ――もう、触れても問題はないだろう。

「しばらく籠もる。邪魔をするなよ」

「へぇい」

「こっちも同意しますー」

 余計な気ばかり回す二人にそれだけ言い残すと、そのままの足で自室へと向かう。

 板張りの廊下を歩く度、濡れた身体のせいかヒタリヒタリと音が鳴る。

「このまま連れて行くぞ」

 自室へ、と腕の中に大人しく収まるみことへと囁きかける。

 何かを言いたげに、鯉のようにパクパクと口を開け閉めする姿に苦笑しながら、あっと言う間に辿り着いた自室の襖を開けた。

 途端、部屋の中に満ちていた伽羅の香りが鼻先を擽る。

 気持ちを落ち着かせる作用もあるからだろう。伽羅のおかげもあり、幾分か昂ぶっていた気持ちがゆっくりと落ち着きを取り戻す。ほぅと息を小さく吐くと、チラリとみことを一瞥する。

(逢えて、嬉しかったとは……口が裂けても言えない)

 それは皆の前だから、という理由だけではない。

 本来、言葉を形作るのが苦手なのだ。特に、女性相手だと尚更分からないことだらけになる。

 嘘偽りを語るつもりはない。だが、何処までを話せばいいのか。どう距離を詰めればいいのか分からないというのが本心なのだ。

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