第3話 幽世の護人8

「それであの、私に何かご用ですか?」

「おおっ、そうじゃそうじゃ。どうやら冥一郎たちが帰ってきたようじゃぞ」

「え? ほ、本当ですか……」

「先ほど報せが飛んできおったからのう。みことにも言うておこうと思うてな」

「ありがとうございます……!」

 禍津者というものがどんな姿をしているのかは知らない。

 それでも、怪我をしていないだろうかと不安が過る。

 思わず立ち上がると、食い気味に黄泉月へと問いかける。

「何処に行けば会えますか?」

「ふむ。まあ、もう屋敷には戻っておるじゃろうから……部屋よりかは離れにある外井戸かもしれん――」

「井戸ですね、ありがとうございます!」

 言葉は、最後まで聞かなかった。

 足早に部屋を後にすると、ひとまず屋敷の外側が見えるであろう廊下を進む。

(私、どうしてこんなに急いでるんだろう……?)

 自問する。

(冥一郎さんに逢いたいから? なんで……)

 それは言葉に言い表すことのできない何か。

 第六感、とでも言ってもいい。 

 だから断言なんてできない。そんな自信もない。

 逢ってまだ間もない関係だけれど……ただ、私の杞憂であって欲しかった。

 それこそ、現世で過ごしていた時のように――。

「冥一郎さん」

 今だから思う。ソレは、私の〝特性〟だった。

 人の視線や声の強弱、高低。その日、その時の些細な変化に怯えていた。

 けれど同時に、変化していく人に対して早めに対処できる時もあった。。

 たとえば、体調の良し悪しを微細な声の変化だけで感じ取り、早めに休みを促すことができた。他にも痛みを我慢している人、些細な怪我をした人――こと〝我慢〟をしている相手に対して反応できることが多かった。

 だから、だろう。

(出かける前の冥一郎さん、なんだか様子が変だった……)

 感覚でしかモノが言えないもどかしさはある。

 冥一郎さんに突然押し倒されたあの時も、そうだ。

 夜色の瞳でまっすぐに見つめられた時は、心臓が爆発しそうなくらいドキドキした。

 でもどこか苦しそうな、辛そうな瞳をしていた。

(結局、禍津者が侵入してきたことで、うやむやになっちゃったけれど……)

 ザワリと胸の内側が不安で掻き乱される。

「冥一郎さん……」

 冥一郎さんの姿が浮かぶ。

 早く逢いたい。

 早く顔を見て安心したい。

 そんな感情こと、今の今まで異性に対して思うことなんてなかった。なのに――今はこんなにも心が掻き乱されている。

(外に通じそうな扉は……あそこだ!)

 目敏くも視界の端に捉えた木製扉へと飛びつく。

そして、重たいながらも施錠されていない扉を思い切り横に開いた瞬間、

「ン?」

「おや?」

「みこと……?」

 一目見ただけでもがたいが良いと分かってしまうほど――上半身をはだけた男らが立っていた。しとどに濡れた髪、水によって肌に張り付き透けた着物。言い表すことのできない色香に当てられ、


「ひゃあああぁ――――!」


 子供のような悲鳴が、私の口から迸った。

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