第3話 幽世の護人6

 切り離された現世と幽世を行き来し、幾度となく魂魄を幽世へと誘ってきた。

 それでも、数は減るどころか、増える一方――。

 現世の人間達がいったい何を思い、死を選ぶのか。

 それは解らない。

 いや、正しくは解る必要などない。

 一つ一つ耳を傾け心を砕く余裕などない。粗末事だと斬り捨てる。

「それが〝護人〟の役目だ」

 少しでも多くの穢れの吹き溜まりを見回らなければならないのだ。

 儀式を終えるや否や扇子と盃をしまう。

 次行く場所は此処のような暗鬱とした樹海とは違う――交差点。

 穢れの吹き溜まりの中でも心霊スポットと呼ばれる場所のようだが、どうやら不審死や自殺、事故が多発しているという。

「早く終わる仕事ならいいが……」

 誰に言うでもなく、呟く。


 だが、その時は思いも寄らなかった。

 まさか姿を消していた自分のことを〝視る〟だけだけでは飽き足らず、あまつさえ自分を助けようとする人間がいるとは……。


 ふと現世での出来事を思い返していた時だった。

「……!」

 風に混じって届いた噎せ返るような濃い鉄錆の臭いに、ハッと我に返った。

 ただ独り。

 報せを受けた場所へと向かうため、白霊獣に跨がり夜闇の中を駆けていた。

「……満月か」

 雲間に隠れている月が、時折嘲うかのように顔を覗かせる。

 月の光が瞬く度に、跨がっている白霊獣がグルルと低く唸り声を上げた。

 気が立っているのだろう――無理もない。

〝幽冥の月〟の光は、簡単に御せるものではないのだから。

「ようやく、見えてきた……」

 伝令役として共に併走していた仲間の白霊鳥がピィと声高く啼いた。

 そのまま我先にと白霊鳥は主人である青年のもとに飛んでいく。

 白霊鳥の羽根が放つ光の軌跡を辿るように、目的地へと一気に速度を上げた。

「酷い、有様だな……」

 目的地に辿り着いた時、そこは戦禍の海が拡がっていた。

 敵も味方も、そこには在らず。

 拡がるのはただただ血と脂に塗れた骸の山が築かれていた。

 臆するすることなく立ち向かったのだろう。

 退くことなく進んだのだろう。

 穢れに満ちた不浄の地。

 弱者を護るために武器を携え、次々と湧き上がる禍津者を鎮めるべく、魂を奮い起こすつわものどもがいた。

「禍津者の数……それに、周囲への被害はどうなっている」

「はっ。現在、禍津者は澱みのあなより五十ほどが湧きだしてはおります。――ですが、前戦に出ております蘇芳すおう殿と浅葱あさぎ殿によって抑え込んでおります。今のところ、他の魂魄うつわへの被害は軽度であるとの報告が届いております」

「窠の先……元を絶たなければ次々と溢れ出すだろうな」

 視線の先に拡がる、骸の海。

 その中心に佇む、二つの影があった。

 二人は抜群のコンビネーションで、次々と窠から這い出てきた禍津者を葬っている。

 その姿はさながら舞踏を披露するかのように鮮やかで、力強い。

「頼もしい限りだな」

「そうですね。お二方が前戦に出て下さるお陰で、我々のほうも安心して避難誘導ができます」

「……そうだな。魂魄達の誘導は頼んだ」

 白霊獣から降り立ち消し去ると、ひと通り禍津者を殲滅し終えたのか、わずかばかりの静寂が周囲を満たす。濃い血臭を掻き分けるように進みながら、二人の傍へと歩み寄った。

「ン? 旦那じゃあねぇか。なんで此処にいる?」

「僕ら二人だけでも、この程度なら充分なんですけどねぇ」

 先んじて来ていた二人の青年が揃って声をあげた。

「……というか、旦那。例の娘っ子を一人にして来たんですか。まさか戦場こんなとこに連れてきちゃあいないでしょうね」

「そうそう。一人っきりは可哀想……ってねぇ」

 荒い口調に、大太刀を軽々と扱う青年――蘇芳。

 そしてその背後で人当たりの良さそうな笑みを浮かべたまま一対の太刀を振るう青年――浅葱は思い思いにみことのことを口にする。

「あんなんじゃあ、血を見ただけでも卒倒するんじゃねぇか」

「そうだねぇ。それに状況を説明するだけでも大変そう」

「それよか旦那はもうシたんですかい?」

「そうそう。それなら余計、置いてきちゃ可哀想でしょう? せっかくの特別な〝メ〟なんだから」

「……。お前達……」

 出逢って早々にソレかと内心呆れてしまう。

 それでも口だけでなく、きちんと手も動かしているのだから文句を言うつもりはない。

 軽口を言えるだけ、まだまだ余裕があるのだろう。

「随分と酷い有様だな。戻ったら念入りに邪払いをしないとな」

「まあ、毎度のことでさァ」

「仕方ない……っていうか、ねぇ? それは冥一郎さんも同じでしょう。こうしてわざわざ来るんですから」

「……そうだな」

 随分と禍津者を狩ったのだろう。二人の全身は、返り血で汚れている。

 けれどそんなことを気にした様子もなく、浅葱は戦場に似つかわしくないヘラリとした軽い笑みを浮かべながら問う。

「それとも、僕らの腕……そんなに信用ありません?」

「そんなことはないさ、浅葱。いつも助けられている。蘇芳も怪我はないようで安心した」

「当然。このくらいの禍津者なんざ、楽勝でさァ」

 自信の現れの通り、蘇芳と浅葱は仲間内でも一番、二番の討伐数を競っている。

「……にしても、今日はまた一段と濃いですよ?」

「窠(あな)の先に行くにしても、骨が折れそうでさァ」

「そこは、お前達二人なら切り開いてくれるだろう」

 心の底からの言葉――嘘偽りのない本心。

「まぁ、旦那に言われるまでもなくそうするンですがね」

「だねぇ」

 言うや否や、蘇芳と浅葱は刀を構え直す。

 二人の動作と同じく、こちらも帯刀していた得物を鞘の中から解き放つと正眼に構えた。


「ギィぃイイ――――――――!」


 直後、悲鳴のような声を轟かせながら禍津者として顕現したその姿は、一見すると蜈蚣むかでに近い姿をしていた。扁平ながらも黒光りする硬殻。連なったその一つ一つには赤みを帯びた細い節足がズラリと見え隠れしている。そして頭部に目を向ければ、赤い血を滴らせた牙をガチリガチリと打ち鳴らし不協和音を奏でていた。

「――行くぞ」

 言葉と同時に、窠へと跳んだ。

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