第3話 幽世の護人1

(な、なにが……どうしたんだろう)

 急に雰囲気が変わった冥一郎さんの姿に気圧されながら、私は抱き締められた腕の中からその横顔を見上げていた。

(さっきの冥一郎さん……なんだか変だった)

 言葉が通じる様子もなく、まるで別人のようだった。

「……っ」

 名前を呼んでも聞いてくれなくて――まるで獣のような荒々しい一面が垣間見えた。

 つい先刻までの、一連の所作を思い出す。

 冷たくて長い、冥一郎さんの指が肌に触れ表面をなぞっていく感覚。

 口唇が首筋や額に触れた瞬間、わずかに痺れるような痛みを感じた。

 もし、あのまま行為を続けていたらと思うと顔が燃えるように熱くなる。

「早い戻りじゃな。もっと楽しんでくるものだと思っておったのだが……」

 黄泉月の声が響く。

 まるで何をしていたか分かっていたかのような口振りに、更に顔が熱くなるのを感じながらもゆっくりと冥一郎さんの腕から降りた。

「黄泉月、〝禍津者まがつもの〟だ」

「……ほう」

禍津者まがつもの〟――その言葉を耳にした瞬間、黄泉月の瞳が怪しく細められる。

 その姿はまるで獲物を見つけた獣のような顔付きだ。

「わざわざ此処にやって来たのか。随分と命知らずよのう」

「命知らずかどうかより、それだけ影響が強くなってきているほうが問題だ」

 何故だろう。冥一郎さんがこちらを見つめている。

「お話し中、申し訳ございません」

 唐突に、扉の傍に控えていた女性から声があがった。

「どうした。不知火しらぬい

「はい。北方の見張りより『禍津者まがつもの』の兆しが現れたとの知らせがございました。浅葱と蘇芳の両名が、既に目的地に向かっているとのことです」

「……。わかった、すぐに向かおう」

 禍津者の兆し、その言葉を女性が口にした瞬間、空気が一瞬にして変質した。

 薄氷が空気の中に混じったかのように、ピリリとした緊張感と寒さを感じる。

 冥一郎さんのほうを見上げるとその瞳は鋭く、今まで見たことのないような冷たさを帯びていた。まるで此処にいない何かを憎むような、どこか遠くを見据えた眼差しに背筋が思わず冷えた。

「冥一郎。ワシを〝使う〟か?」

「……いや。黄泉月はみことの傍に付いていてくれ」

「カカッ。そう言うと思うたわ。あまり無理はするでないぞ。我らが主」

「……嗚呼」

 言葉数の少ない会話。

 それだけで互いに行うべき『務め』を再確認したのだろう。

 冥一郎さんは一度私のほうに向き直ると、そっと掌に口唇を添える。

「みこと、すまない。急務ができてしまった」

 急務という言葉とどこか切迫した雰囲気。

 冥一郎さんが行ってしまう。

 此処に置いていかれる。

 言葉の端々からそれが嫌でも伝わってくる。

 だから、だろうか。

 ザワザワとした胸騒ぎがする。

 それが『依存』に近い感情だと気づかないまま、問いかけた。

「……。戻って来て、くれますか?」

「ああ、必ず戻る。だから黄泉月たちと一緒に待っていてくれ。――決して外には出ないように」

 強い想いを込めて紡がれた言葉。

 その意味を深く考える余裕もないまま小さく頷き答えると、冥一郎さんの手が離れた。

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