第3話 幽世の護人2

「さてさて。忙しなく行ってしもうたのう」

「……そう、ですね」

 慌ただしかった空気が一気に静寂に塗り変わる。

 冥一郎さんが出て行った扉につい視線を向けてしまいながら、力なく呟いた。

「疲れたじゃろう?」

「……い、いえ。そんな……」

「カカッ。ワシに繕った言葉など不要じゃよ。我らが〝メ〟は、我慢強いのう」

 そう言うと、黄泉月は子どもに接するかのように、優しく頭を撫でてくれた。

「ワシは読心ができる故、〝メ〟が困惑しとるのがよう伝わってくる」

「読心……? 本当に?」

 思いも寄らない言葉に、つい興味から反応をしてしまう。

 そんな私の反応が嬉しかったのか、黄泉月はニンマリと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

「そうじゃ、そうじゃ。例えば……そうさのう。我らが〝メ〟が、ワシや此処の者ともっと打ち解けたがっておるとか。ワシに名前で呼んで貰いたがっておるとか。他は――……」

「わ、わかりました……! それ以上言わないで下さい! 恥ずかしい、ので……」

 胸に抱いていた感情をつらつらと言語化され、慌てて言葉を制止する。

「で、でも……本当に読めるんですね」

「カカッ。どうじゃ、凄いじゃろう」

 胸に手をあて得意げにする黄泉月。

「まあ、名前で呼んで欲しいというならば〝メ〟ではなく、みことと呼ぼうかのう」

「はい。……そう呼んでくれると嬉しいです」

「うむ、素直で良い。――命を司る者に相応しい良い名じゃ」

 黄泉月は二三度頷く。

(そういえば……)

 ふと黄泉月の姿を改めて見つめる。

 おそらくこの幽世では、着物でいることが普通なのだろう。

 けれど胡蝶さん達とはまた別種の着物――装束のような身形をしているのは、今まで見てきた人達の中でも特別な意匠だった。

「あの、黄泉月は……その、特別だったりするんですか?」

「ふむ? 何故そう思う」

「着ている物が違っていたりするのもあるけど……なんだか威厳、みたいなのを感じるから」

「カカカカ……ッ! 威厳か、そうかそうか! みことは存外、冥一郎よりも心眼に長けておるようじゃのう!」

「……?」

 何かが可笑しかったのだろうか。

 黄泉月は容姿に似合わない大笑いをする。

「まあ、威厳もあるじゃろうて。魂魄うつわに対し年月という枠をあてがうのは本意ではないがワシは冥一郎あやつよりも何百年と時を紡いでおるからのう」

「な、何百……?」

 途方もない単位に戸惑い、思わず反芻してしまう。

 私よりも幼く見えるにも関わらず、その表情は自信に満ち溢れている。

 言葉も、嘘や悪戯などではない――不思議と言っていることが真実ほんとうなのだと思わせてくる。

 以前の私なら、萎縮して直視できないような羨望の対象だ。

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