第2話 夜を纏う男はかく語る3
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いったいどれ程の時間を必要としたのだろう。
夢を垣間見る暇さえないほどの深い眠りの底。
何時間とも何日とも知れぬ感覚の中、心身ともに充分な休息を得たからだろう。
それは前触れもなく、掬い上げられるかのようにフッと意識が戻った。
どこからか朝の訪れを告げる鳥の
「ん……っ」
何度か身動ぎをしてから、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
(……ああ、やっぱり知らない天井だ)
細く息を吐きだして、夢だと思いたかった現実が一気に押し寄せてくる。
あの後再び眠ってしまい、結局男の人の名前も詳しい話も訊くことができなかった。
(それで……どうしたんだっけ……)
ボンヤリと記憶を思い出そうとする。けれど記憶は非情にも、水彩画の如く滲んでは消えていく。
頭と身体と心の歯車が噛み合わないような感覚に呻きたい気持ちが湧き上がる。でもそれすら億劫に思ってしまう自分がいる。このままではいけないと半ば思い切り身体を起こそうとして漸く――私は身体がろくに動かせないことに気がついた。その原因を探ろうと首を横に動かした瞬間、
「――ッ!」
思わず出かかった悲鳴を呑み込んだ。
(な、なな……? え、あ……なんで、この人寝てるの! じゃなくて、なんで私と? 寧ろ私が寝てるの?)
声に出して叫びたい衝動がそのまま頭の中を駆け巡る。
鼻先三寸、すぐ傍にはあの男の人が眠っていた。
(ど、
「な……ん、で……」
小さく戸惑いの言葉が零れる。
私が動けない原因――それは、男の人の腕の中にしっかりと抱き締められているからだった。
何がどうしてこんな状況に陥っているのか、誰か説明して欲しい。
そんな思いに駆られながら布団の中からの脱出を試みた――だが幾らもがこうが男の人の腕が緩まることなく、寧ろ余計に抱き締められた。
それは仕事でもプライベートでも、積極的に異性と関わりを持ってこなかった報いだろうか。
戸惑いと逃げ出せない恐怖心から泣き言が零れる。
「……か、神さま」
(どれだけ私を不幸にすれば気が済むの……?)
高い体温。そして、聞こえてくるのは規則的な寝息。
望まなくても伝わってくる、骨と筋肉の逞しい体付き。
異性としての身体的な特徴の数々に、思わず顔が火照り身体が熱くなる。
(おかしい、こんなの……)
自分の身体の筈なのに、胸の高鳴りが収まらない。
抱き締められていることに、次第に安心感を覚えていく。
(知らない人、なのに……)
錯覚でもいい。気の迷いでもいい。
少しだけ、本当に少しだけ――このままでいたいと思ってしまった。
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