第25話 氷結の妖精②
「これでどうだ!!」
ロイドの直剣と短剣による二連撃で、押されていく異形の妖精。
そこにシェリーの防御力を低下させる闇魔法と、ウィルヌスの強烈な斬撃で少しずつ体にひびが入っていく。
「――スイングアッパー!!」
――ピシリッ!
明らかに今までとは違う音が空間に鳴り響く。
私はその隙を見逃さず、即座に相手の懐へ潜り込み
「――フェイ・インペトゥス!!」
――ギヤアアアア!!!!!
耳を劈く叫び声。
砕け散る妖精の外殻。
中身はやはり夜空のような点々と光が募る不気味な色で、異様な魔力が渦巻いている。
「よし砕けた!」
「どんどん行くぞ!」
意気揚々と攻める彼ら。
しかし、その直後、私の中でドクンと警笛の音が聞こえた。凄く嫌な予感がする。
「みんな下がってッ!!」
――キイイイイイ!!!
異形の泣き叫ぶような声。
凄まじい魔力の衝撃波がその場を支配し、四方八方から豪雪の風が吹き荒んだ。
「な、何!?」
「凄まじい冷気だっ!」
「凍り付く!?」
「何でぇ!?どうしてぇ!?まだ魔法の効果中なのにっ!?」
レジストイルミネイションの効果中だというのに、みんなの身体が凍っていく。
私はこのままではまずいと、フェアリービットで無数の盾を作り出し、みんなの周囲を取り囲んだ。
「みんな大丈夫!?」
「な、なんとか……」
「ああ。だが、手が悴んで剣が持てねぇ」
周囲が雪に染まっていく。
光の盾は透明であるため、外の様子が確認できるのは便利な所だが、視界が雪に閉ざされていく様を見せられるというのは、不安を掻き立てられる。
「……とりあえず、今のうちにみんなを回復しよう。レヴィア。回復薬ってまだあったっけ」
「数本は残ってたと思うよ」
「それじゃあ、それをみんなに」
「分かった」
「ウィルヌスは、この空間を温めてくれる?」
「おう。てか、もうやってる」
「ん、ありがとう」
盾の外から聞こえてくる豪雪の音。
雪で見えない向こう側からは、絶えず異形の金切り声が聞こえていた。軽くホラーだ。
「さて……ここからどうするか」
正直、為す術がない。
羽を解放して戦うにも、まずはこの盾の壁を解除しないといけない。そうすると、ここにいるみんなは生き埋めになってしまうだろう。それはダメだ。
だからと言って、このまま何もせずジッとしていてもいずれ私の魔力が尽きてやられてしまう。
無理にレジストイルミネイションを連発していた所為で、魔力の残量が心許無いのだ。
「……ちょっと待て。吹雪が治まって来たぞ」
「何?」
どうしようか思考を巡らしている中、ロイドがそう言った。
私も周囲に耳を傾けると、確かに豪雪の音が止んでいる。
そして、あの心を乱される金切り声も聞こえない。
「こ、攻撃が止んだのでしょうか」
「分からない」
私は一応光の剣を構えて、周囲に視線を向ける。
ウィルヌスも同じように刀に手を置き、いつでも抜けるように腰を低くした。
――キアアア!!
「っ!?」
そして突然、まるで瞬間移動したかのように目の前に妖精が姿を現す。
異形の妖精は、飛行ユニットではなく自分の身長はあるだろう程の大剣を作り出し、大きく振りかぶった。
――パァーンッ!!!!
「はあ!!?」
私は今まで出したことのない声で驚き目を見開く。
何とこの異形。私の作ったシールドウォールを、大剣の一振りで粉々に粉砕したのだ。
「レヴィア!!」
「うん!」
私は咄嗟にレヴィアに叫び、レヴィアは負傷したロイドとシェリーを連れて後ろに退避する。
私はすぐに武器を構えて応戦するが、再び振るった大剣の一撃で光の剣は砕け散った。
まずいッ!!
「させん!!」
私の目の前に剣先が迫ったその時、ウィルヌスが刀を抜刀し、剣の軌道を逸らす。
大剣は私の横をすり抜け、地面に突き刺さる。間一髪だった。
「た、助かった……」
「油断するな!まだ来るぞ!」
視線を上げると、そこにはもう異形は見当たらない。
私は周囲に視線を向けるが、気配が瞬間移動するため場所が特定できないでいた。
「今まで本気じゃなかったってことか。いやらしいやつだな」
ウィルヌスは刀を鞘に戻し、手を添えて腰を低くする。
その背後に迫る影。
ウィルヌスは、私がそれに反応するよりも早く後ろに振り向き、刀を引き抜いた。
「――閃ッ!」
――ギアアア!!!
耳を劈く甲高い悲鳴を上げながらよろける異形。
ウィルヌスはそのまま続けて斬撃を放ち、最後は横一線に大きく薙ぎ払った。
その一撃は見事に異形の身体を両断し、身体は二つに砕け散って地面に落ちる。
チンッと静かに刀を収め、微妙に低くした声で「他愛もない」と呟く。
「……倒しちゃった」
ウィルヌスは、私が手も足も出せなかった異形の妖精を実質一人で倒してしまった。
一瞬の沈黙。
私が異形の様子を確認しようと足を向けると、突然柱の内部が大きく揺れ出す。
これは……!
「な、なに……?!」
「柱が……揺れている……?」
この揺れは、エルミ姉を倒した時にも起きた現象だ。
放っておくと空間は崩壊し、外に出られなくなってしまう。
「早く脱出しないと柱から出られなくなる!みんな急いで避難を!ウィルヌス、みんなの援護をお願い」
「む、了解した」
「アムたんはどうするの!?」
「私は、あの妖精の最後を見届けてから行くよ」
「……」
私は、消えかけている異形に視線を向けてレヴィアに答える。
レヴィアは私に何か言いたげな様子を見せていたが、何も言わず頷き、ここから離れた。
私はみんなの姿が見えなくなったのを確認すると、背中から羽を出し、浮遊しながら倒れる異形の元へ向かう。
「……ごめんね。助けられなくて」
妖精の頭部は外殻に覆われていて顔が見えない。
顔が見えていても、この人が誰なのか特定するのは難しいだろう。
狭い孤島に住む、絶対数の少ない種族であるフェアリアだが、私はまだ若年というだけあって全ての同族と会ったことはない。
特に上の世代の人は、大樹の根元ではなく幹に住処を作っているので、地上に住んでいる私と会う機会も少ないのだ。
私は、この人の使っていた飛行ユニットを知らない。あの大剣も見たことがなかった。なので、初対面である可能性が高い。
だが、同じ孤島出身の仲間なんだ。同族としてちゃんと最後は見届けてあげないと。
「あっ……」
しばらく消えゆく体を眺めていると、エルミ姉と同じように丸い宝石のようなものが転がり落ちる。
私はそれをゆっくり拾い上げた。
「青い金剛晶……ブルーダイヤみたいな宝珠、か」
それをギュッと握りしめると珠から魔力が溢れ出し、私の中に入っていく感覚を味わう。私の魔力と溶け合い一つになる。
「……これも、エルミ姉の時と同じだね」
ということは、私はこの人の力も継承したことになるのだろうか。
私の知らない人。あなたの力、この世界を護るために活用してみせるからね。
――ズズンッ!!
灰色になった宝珠を見つめていると、再び柱に異音が鳴り響く。
「……そろそろ脱出しないと」
私は高速で滑空しながら出口に向かって突っ走る。
迫りくる魔物は全てスルーし、ゲートの目の前で羽をしまってそのまま勢いよく飛び込むように突っ込んだ。
「くっ……!!」
「アムたん!?」
ゲートを抜けた私は、ローリングしながら勢いを殺す。
転がりながら柱を出てきた私を見たレヴィアは、驚き眼で私の名を呼ぶ。
「つつ……。みんな無事……?」
「あ、ああ。何とかな。お前こそどうなんだ?」
「私も大丈夫」
柱を脱出すると、レヴィアに介抱されているロイドとシェリーの姿を確認する。
とりあえずみんなが無事であることにホッと息を漏らすと、直後。一瞬時が止まったような感覚を味わい、目を見開く。
私は何事かと周囲を見渡すと、さっきまであった柱が最初からなかったように消滅した。
「柱が……消えた……?」
「な、何が起きたんでしょう……」
「……」
これも、エルミ姉の居た柱の最後と同じか……。
核たる妖精を倒すと、必ずこんな風に消えて無くなるんだな。また一つ学びを得た。
そう思いながら周囲を見渡す。
柱が消えた影響で何かが起きているという感じはなさそうだ。
もしかして、柱を壊しても世界の崩壊には繋がらないのか?……いや、判断するのはまだ早いだろう。もう少し情報を集めないと。
「……それで?お前は、柱に残って何をやっていたんだ?」
私が消えた柱を眺めていると、不意にウィルヌスがそう尋ねてきた。
「……ちょっとね」
私が素っ気なくそういうと、彼はムッと表情を険しくして私を見据える。
「お前、俺に何か隠しているだろう」
「……」
私は、彼の方へ視線を向けて口を噤む。彼には私の知る情報を渡しておいた方がいいか?
彼は元素龍というこの星のメンテナンスをしている特別な存在だ。普通の人間とは立場が違う。ならば、私の知る情報を共有しておいた方がいいかもしれない。
それに、このまま言わずにいたらいつまでも粘着してきそうだ。それは非常に面倒臭い。
そう思い、私は彼に自分の知ることを話すことに決めた。
「……分かった。全部話すよ」
「ふむ。よい心掛けだ」
「だけどその前に、村への帰還が先だ。村に帰ったらちゃんと話すよ」
「本当だな?」
「ん、二言はない」
「……そうか」
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