第3話 人の街

 私たちが森を出てから数日が経った。

 森に置いてきた元奴隷の少女たちが気にならないといえば嘘になるが、あそこにあったものは全て置いて来たので、あの人数でも数日は食べ物に苦労はしないはずだ。

 お金に関しても、奴隷商が身に着けていた金品を売ればそれなりの手持ちになるはず。リーダー格であろうローザが私についてきているので応対ができるか気になるところだが、そこは彼女たちで頑張ってもらいたい。


「ん、見えてきた。あれが人の街か」


 雑木林を抜けて見えてきた石壁の街に私は声を上げる。

 人聞きして情報を集めたところ、どうやらここはアインス大陸のリリィウッドという国の中らしい。

 そして、すぐそこに見えているのがリリィウッド公国内の小さな都市ライツだ。

 都市の周囲には難易度の低い“迷宮ダンジョン”が何個も存在し、駆け出しの冒険者が自分の腕を上げるために入り浸っているという。


 冒険者とは、その名の通り冒険を生業としている者たちのことだ。

 冒険者組合という中立の組織でライセンスを獲得することができ、“依頼”をこなしたり、金銀財宝を求めて“迷宮”へ潜ったり、各地で暴れ回る危険な魔物を討伐したりして富や名声を得る。

 私たちはその冒険者とやらになろうと思っていた。

 組合はその性質上たくさんの情報が集まる。その中にはティタニアに関するものがあるかもしれない。私はそれに期待していた。

 それに、島を探すにせよ情報を集めるにせよお金は必要だ。

 今は野良の魔物を倒したり、その辺の野草を採取したりして食い繋いでいるが、この生活にも限界はある。服装だってどうにかしないといけない。

 私はまだいいが、ローザの格好はどう見ても小汚い奴隷だ。早いこと新しいまともな服を見繕ってあげないと可哀想だろう。

 そう思うと、少しは金品を貰ってきた方がよかったかな?と後悔してしまう。


「あなた、身体の調子は大丈夫?」

「う、うん。アム様のおかげで、何とか……」

「別に様は付けなくていいよ?」


 私は少しバテ気味の白金髪のエンジェヘリオローザに尋ねると、彼女は小さい声ながらにしっかりと返答してみせる。

 彼女は長年奴隷として生きていたためか私を『様』付けで呼んでくる。少し気になるが、そこはおいおい慣れていってもらえればいい。まぁ言ったら都度都度訂正させるけど。私は『様』を付けてもらえるような人間ではないからね。

 ちなみに、これでも最初よりはマシだったりする。最初は頑なに『アムアレーン様』だったからね。


「……にしても、今日はいい天気だね」

「そ、そうだね……」


 私は薄らと白い雲が流れる青い空を見上げながら呟く。この空を見ていると島の中も外も変わらないものだなと思わされる。


 ここまで数日とはいえ色々あったなぁ。


 私はそうふと思い出す。まずは種族についてだ。

 私はフェアリア。背中に蝶のような羽を持つティタニアにのみ住まう特別な種族。それは里長に聞かされた話から知っていた。

 しかし、まさかここまで浸透していない種族だとは思いもしなかった。

 というのも、フェアリアは御伽噺に登場する伝説の存在になっているらしい。

 物語を盛り上げるための舞台装置。架空の存在。それが外界でのフェアリアの認識だ。

 そんな人たちの前にボロボロとはいえ、こんな特殊な羽を持つ私が現れたらどうなるか……。

 ローザの件で珍しい種族は人攫いに狙われるというのは分かっていたが、あそこまで露骨だとは……。思わず苦笑してしまった。

 まぁあんな輩、私の敵ではなかったのだけど。フェアリービットでチョチョイのチョイだ。


「アム……様は、その……。羽、隠さなくていいの?こ、この前のこともあるし……。消すこと、できるんだよね?」

「別に様は付けはしなくていい。羽はまぁ……うん、別に隠す必要もないしね。この羽は私たちの誇りだから、隠すなんて以ての外なんだよ。こんなにボロボロになっていようとね」


 私は背中の羽を小さく羽ばたかせる。

 私たちフェアリアにとってこの羽は誇りであり、自己の証明でもある。

 フェアリアは物理的に身体から羽や翼を生やす種族と違い、羽そのものを見えなくすることが可能だ。

 だが、己の格を見せつける意味もあって羽を隠すことはしない。羽を隠すということは自分に力がないことを認めることになるからだ。

 まぁ、時と場合によっては隠すこともあるけど……。

 私はこの羽を一番の自慢に思っている。だから羽を隠すなんてことはしたくない。たとえ羽の力を使えなくなっていたとしても。


「さて、そろそろ街だ。準備はいい?」

「う、うん……やっと、着いた……」


 私は彼女の様子に苦笑しながら、大きな門を抜けてライツの街へと入っていった。


 ◆◆◆


 ライツへ来て、最初に向かったのは当初の目的通り冒険者組合だった。


「ひ、人がいっぱい……」

「だね」


 組合に入ると、周囲には強そうな人たちがたくさんいた。私たちはそんな彼らを一瞥し、屋内正面の窓口へ真っ直ぐ向かう。

 なんだか視線を向けられている気がするが、まぁ気のせいだろう。


「……ちょっといい?」

「あ、はい!ようこそ……え、その羽……」

「……?」


 窓口に居た女性に声を掛けると、彼女がこちらを目視した一瞬、目を見開いて硬直する。

 しかしすぐにニコリと笑顔を作った。


「ああいえ!ごめんなさい!ようこそ!冒険者組合へ!本日はどう言ったご要件で?」

「ここで冒険者ライセンスを取得できるって聞いたんだけど」

「冒険者ライセンスですね?初回は無料で取得できますよ。組合は初めてですか?」

「ん、初めて」

「では、簡単に説明をさせていただきますね。ここ冒険者組合は、その名の通り冒険者をサポートするために作られた組織です。様々な依頼を預かり、冒険者の方々へ案内する仕事を受け持っています」


 女性はそう言ってカウンターの下から書類とペン、手のひらサイズの楕円形の石を取り出し、私たちの目の前に置く。

 ツルツルな翡翠色の石だ……。なんだが不思議な力を感じる。


「ライセンスを取得する方はお二人でよろしいですか?」

「あ、うん」

「では、このまま続けさせていただきますね。まずはこの書類に目を通してお名前と同意のサインをお願いします。文字が書けない場合は代筆致しますのでご遠慮なくお申しください」

「ううん、大丈夫。私は書けるから。ローザは……」


 ローザの方へ視線を向けると、ローザは無言で横へ首を振った。

 まぁ、ずっと奴隷として生きていたんだ。書けなくて当然か。

 私は彼女の様子を見て小さく頷く。


「この子の分も私が書くけど、問題ない?」

「ええ。大丈夫ですよ」

「あと、名前って本名じゃないとダメなの?」

「いいえ。偽名でも問題ありません。後で変更も可能です」

「ああ、そうなんだ」


 思わぬ回答に、私は素で反応してしまう。てっきり本名でないとダメなのかと思った。


「はい。冒険者の方には、お忍びでライセンスを取得するお貴族様なんかもいますからね。名前は言ってみれば管理用の“タグ”みたいなものです。それにこの石で“魔力紋”を登録いたしますので、正直名前の有無はあまり関係ないんですよ」

「魔力紋?」

「はい。魔力紋というのは、端的に言うと指紋のようなものですね。魔力を持つ生き物は皆それぞれ異なるを持っています。その形は千差万別で同じものはないと言われているんですよ。これによって偽造を防ぐ他、身分証明にもなるので本格的に冒険者をするつもりがない方でも証明書の代わりにライセンスを獲得する方は多くいらっしゃいます。何せ取得するだけなら無料タダですので」

「へぇ」


 魔力紋……なるほど、そんなものがあったのか。

 私は目の前に置かれた楕円形の丸石を手に取り、一つはローザに手渡す。


「これに魔力を込めればいいの?」

「はい。軽くで大丈夫ですよ」


 念入りに注意を促す受付嬢を横目に、私たちは手に持った石に魔力を込める。

 魔力を受けた丸石は淡く白い光を灯し、真ん中あたりに模様のようなものが浮かび上がってきた。

 不思議だとそれを眺めていると、受付嬢は「もう大丈夫ですよ」と言って魔力の注入を制止させる。


「石を回収させていただきますね」

「ん」


 受付嬢は石を受け取ると横にあった機械にセットし、パネルを操作し始める。

 そんな中、私は目の前の書類に視線を向けた。

 どうやらこの書類には、組合や冒険での注意事項やマナー、ルールなどが書かれているようだ。

 全部を読んでいたら時間がいくらあっても足りないので軽く流して『同意』に丸を付け、自分とローザの名前を書き込む。普通を逸脱したことをしなければ大丈夫だろう。

 そんなこんなしていると機械から音が鳴り、小さな細い口から薄い鉄板が出てきた。

 受付嬢はその鉄板に不具合がないかを目視で確認し、板の端っこに専用の道具で穴を開けて紐を通す。

 それを二枚作ると、トレーに乗せて私たちの前に差し出した。


「これが冒険者ライセンスのカードになります。これであなた方は冒険者の一員となりました」


 文字も何も刻まれていない銀色の薄い板。

 一見すると紐が付いただけのただの板だが、よく見ると薄ら丸いウェーブ掛かった模様が一つ浮かび上がる。恐らくこれが魔力紋と言うやつなのだろう。

 私たちがカードを受け取ると、彼女は改めてニコリと人好きそうな笑顔をこちらへ向けた。


「では改めて。ようこそ!冒険者組合へ!」

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