第2話 奴隷の少女たち
突然声を掛けられ、私はその声の方へ視線を向ける。
そこに居たのは、紅玉のような真っ赤な瞳と鳥のような白い翼を背中に持つ白金髪の少女だった。この翼を持つ種族は“エンジェ”だったか。フェアリアほどではないが珍しい種族らしい。ティタニアにはいなかったので初めて見る。
背丈は私と同じくらいで、側面部を紐で縛っただけの服とも呼べぬものを着ていた。かなり痩せ細っており、側面から露出する胸元はあばら骨が浮いている。洗っていないのか肌は少し小汚く、髪もボサボサだ。
彼女に限らず、そこに居た少女たちが皆同じような様相をしていた。
彼女たちは“奴隷”と言うやつなんだろうか。
里長の屋敷にあった本の中にそんなことを書いてあるのを見た気がする。
生活が立ち行かなくなって子供を売ってお金にしたり、自分自身を売りに出したりして最低限の生活を送れるようにするとかなんとか……。
この子たちは親に売られた子供なのだろうか。
「あ、あの……ッ!!」
「……なに?」
私がいつまでも反応しないからなのか彼女は再び声を掛けた。
そしてかなり緊張した面持ちで意を決したように頭を下げる。
「た、助けてくれて!あ、ありがとうございました!!」
「「……ました!!」」
「……」
そんなことを言う彼女たちに、私は思わず目を丸くする。
お礼を言うだけなのにそんな緊張していたのか。
そう思いながら、私は軽く頬を掻いた。
「……気にしなくていい」
「そういうわけにもいきません!お礼は何もできないけど、せめて気持ちだけは示しておかないと!」
この少女は随分と真面目な子らしい。
奴隷は荒んだ子が多いと聞くが、この子はその枠組みには入らないようだ。
――ぐう〜……。
「あぅ……」
「……」
そんなことを思っていると、突然誰かのお腹の音が鳴り響いた。
視線を向けるとお腹を鳴らした本人であろう少女が青ざめた顔で目じりに涙をためてお腹を抑えている。そんなに怯えてどうしたんだろうか。
そういえば、私も何も食べてなかった。
意識すると再び身体が重くなる。何か食べ物は……。
私は視線を馬車の方へ向けて、そちらへ足を進める。
ふむ。大破してはいるが食料や飲み水は無事のようだ。馬は……完全に事切れている。
今度は倒れる男たちを調べて回る。
全員身体が冷たくなっており、ベッタリと血で汚れていた。
身なりはよく、身体の脂肪もたっぷり。彼女たちとは違い、かなり裕福な生活を送ってきたのだろうと容易に想像がつく。
もしかして彼らは奴隷商というやつなのではないだろうか。そして、彼女たちは彼らにとっての商品だったのだろう。
人を売り買いする文化は島になかったため、少し新鮮だ。
外の世界にはそういったものがあるんだなぁ。
私は軽い関心を持つ。
「あの、何をしているんですか?」
「ん、食料が無いかの確認。丁度いい。あなた少し手伝ってもらえる?」
「え?は、はい」
私はエンジェの少女に手伝ってもらい、馬車の中から食料と飲料を引きずり出す。
魚の塩漬けやコーンの缶詰め、イチゴジャムに柔らかい白パン、チーズとバター。
飲み物はワインやエール、フルーツジュースがあった。
缶詰め以外は真新しいものばかりだ。直近に買い揃えたものだろうか。
瓶に入っていたワインは全て割れて飲めなくなっている。辛うじて飲み掛けのものが残っていたが、流石にこれを飲む気にはなれない。
エールの入った樽もほとんどが砕けて水浸しだ。お酒関係は全滅だな。まぁ、私はお酒飲まないし、この子たちも年齢的に飲めないだろうから関係ないけど。
ジュースや水に関しては、奥の方にしまっていたからなのか無事だった。
私は床に落ちていた割れていない木製の皿とコップを拾い、魔法で出した水で洗ってパンやチーズなど適当に乗せて少女たちの前に差し出す。
私も自分の分を貰ってそのまま口へ運んだ。
……うん。この白パン、かなり美味だ。島で食べていたものよりも遥かに美味いかもしれない。奴隷商たちは相当いいものを食べていたようだな。
私は舌鼓を打ちながら彼女たちの方に視線を向ける。
件の少女たちは、差し出された食べ物と飲み物を見て困惑の表情を浮かべていた。私は彼女らの様子に首を傾げる。
「食べないの?」
「食べて、いいんですか?」
「食べちゃダメな理由があるの?」
私の反応を見て彼女たちはお互いに顔を合わせ、そこにある食べ物に視線を見つめた。
「だって……」
「……何を遠慮しているのか知らないけど、食べないと人は生きていけない。せっかく出したものだ、お腹が空いているんだったら気にせず食べちゃいなよ。まぁ、食べたくないなら無理強いはしないけど」
そんなことを言いながら、私はパンにジャムとバターを塗りつけて口へ運ぶ。
少女たちは再びお互いの顔を見合わせると、コクリと一度頷いて皿に乗ったパンを掴んだ。
「おい、しい……」
「こんな柔らかいパン食べたの初めて……」
少女たちは一様に感動したような声を上げ、ゆっくりと咀嚼して嚥下する。
中には泣き出す子まで現れ、嗚咽しながら一生懸命にパンを掴んで口へ運んでいた。そんな食事の光景がしばらく続いた。
◆◆◆
「……朝か」
あの後、奴隷商を灰にしたり、散らばった馬車や木箱の破片などを片付けたりと何やかんやしていたら、いつの間にか眠っていたらしい。自覚はなかったが相当疲れていたようだ。
私は軽く伸びをして、自分の状態を確かめる。
ん、身体の方はかなり回復したみたいだ。やはり人間、ご飯はちゃんと食べないとダメだね。まだ少し怠いがこれなら動くのに支障はない。
私は周囲を見渡し、眠っている少女たちを見て少し微笑みを浮かべる。
「……これ以上助けてあげられないけど、強く生きるんだよ」
そう呟いて、私はその場を離れようとする。
「どこへ行くの……?」
「ん」
視線を向けると、そこにはエンジェの少女がこちらを見据えて立っていた。
私は彼女に視線を合わせて口を開く。
「私には、やらないといけないことがある。いつまでもここにはいられない」
「やらないといけないこと?」
「ん」
私は空を見上げて小さく息を吐く。
私には、ティタニアに帰るという最大の目的がある。いなくなってしまった同胞を探し、一刻も早く島への帰還方法を探さなければならない。ここでいつまでも子供たちの面倒を見ている訳にはいかない。
「やらないといけないことって、なに?」
「……知ってどうするの?」
「私も、あなたの役に立ちたい」
「……」
私は視線を彼女に戻し、眉を落とす。
彼女と私は赤の他人だ。知り合って間もない。名前すら知らない。なのにどうしてそこまで……。
「……私は、あなたに何もしてあげられないよ」
「それでも私は、あなたと一緒に居たい」
そう言う彼女の瞳は本物で、本気で私についていきたいと思っているようだった。
「……そう。なら好きにするといい」
そう言って私は、その場を後にする。
少女もまた、私の後を追って後ろをついてきた。
私は、本当についてくる気なんだと思いながら肩を竦める。
「……まぁ、ついてくるなら、一応自己紹介だけはしておこうか。私の名前はアムアレーン。種族は見ての通りフェアリア」
「フェアリア……。フェアリアって、御伽噺に出てくる妖精さん?」
「何の御伽噺かは知らないけど、妖精って呼ばれることはあるみたいだね。私は島から出たことがないからそこら辺の事情は知らないけど」
里長の話で、私たちフェアリアのことをその見た目から“妖精”と外界では呼んでいるという話を聞かされたことがある。
フェアリアは滅多に外界に出ることのない種族だ。
過去には外界に出てそのまま外で一生を終えた者もいるらしいが、基本的に私たちは島で生まれ育ち、骨を埋める。
彼女の言うそのお伽噺に出てくる妖精というのは、おそらく遥か昔に外界へ出たフェアリアが脚色されて描かれた話なのだろう。
まぁそう考えると、お伽噺にフェアリアが妖精として登場するのもおかしな話ではない。
「それであなたの名前は?種族は……その翼を見るにエンジェだと思うんだけど」
そう尋ねると、彼女は困ったように視線を逸らす。
「えっと……わかりません」
「分からない?」
私は思わず足を止めて彼女に視線を向けてしまう。
……ふむ、どうやらこれも嘘ではなさそうだ。
しかし名前が分からないとはどういうことだ?外界では、生まれた子供に名前を付けない文化でもあるんだろうか。
そう思ったが、ふと奴隷に関する書物に書かれてた一文を思い出す『人攫いにあった奴隷は名前を奪われる』と。
これがそういった意味での言葉か分からないが、仮にその文通り名前を奪われ忘れてしまうものなのだとしたら、彼女の様子も納得がいく。
私は仕方がないとため息を吐いて、彼女の名前を考えた。
「……ヘリオローザ」
「え?」
「あなたの名前は“ヘリオローザ”。エンジェなのにフェアリアの名前というのは違和感があるかもしれないけど、私はエンジェの命名規則を知らないから……。いつか本当の名前を思い出すかも知れないけど、それまではその名を使って」
「ヘリオ……ローザ……?」
彼女は自分の名前を確かめるように胸に手を当て、小さくコクリと頷く。決まりだね。
「それじゃあ行こうか。ローザ」
「……うん」
こうして私はヘリオローザという元奴隷の少女を迎え、旅を始めた。
これからどんな困難が待ち受けているのかは分からない。島に帰る方法なんて手探りだ。
だが、動かなければ話は始まらない。
私は使えなくなってしまった自分の羽を一瞥し、空を見上げる。
みんな無事でいてくれ。
そう願って。
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