第22話 モンスターハウス

 重傷を負ったバイコーンは目を血走らせながらこちらに向って突進してくる。

 鋭く嘶き、二本の角を突き上げんと私に迫ってきた。

 だがその動きは単調で、回避するのは造作もない。


「霧がなければただの馬か」


 私は冷たい瞳でバイコーンを見つめた。

 そのまま光の剣を軽く薙ぎ払うと、通り過ぎたバイコーンはゆっくりと足を遅くし、やがて停止する。

 刹那の沈黙。光の剣を霧散させたと同時に、バイコーンはその場で横に倒れた。

 私はバイコーンから視線を外し、レヴィアの方へ向ける。


「アムたん……?」

「傷は大丈夫?」

「え?あれ?そう言えば……」


 レヴィアは自分の身体をペタペタ触り、自分が怪我をしていないことに今更ながら気が付く。


「上手くいって良かった」


 私は彼女の様子を見て、ホッと息を漏らす。

 エルミ姉の力をちゃんと使えて良かった。

 手に入れた経緯は複雑だが、この力が無かったら私は彼女を助けることは出来なかっただろう。そこは感謝してもしきれない。


「アムたん、その羽……」

「ああ」


 レヴィアの反応に私は一瞬口を紡ぐが、もう見せてしまったものはしょうがないと、自分の正体と旅の目的を明かすことにした。


「……ん、私の種族は見ての通りフェアリア。私が旅をしている目的は、故郷である孤島へ帰るためだよ」

「フェアリア……」


 目を丸くしていたレヴィアは、一つ小さく息を吐くと「なるほど」と零していた。


「正体を隠していた事は謝る。だけど、こっちにも事情があるんだ。そこは分かってほしい」

「それはもちろん」


 レヴィアはその場で立ち上がると、血塗れのジャケットを脱ぎながら口を開く。


「そっかフェアリアかぁ。……もしかして、柱の調査を渋っていた理由にも関係ある?」

「うん」

「話してくれたり……?」

「……そうだね。ここまで来たら、最後まで付き合ってもらおうか。仮にもあなたは、私と旅をする仲間なんだしね」


 というわけで、私は意を決して彼女にどうして柱の攻略に乗り気じゃなかったのかをキッチリと話す。

 私の話を聞いた彼女は、驚きながらも納得したように頷いた。


「なるほど。柱の核になっているのは異形化したフェアリア」

「こんな荒唐無稽な話、信じてくれるの?」

「もちろん。ボクはアムたんのことを信じているからね」

「……」


 レヴィアは、朗らかに笑いながら頷く。


「でも、その『星にダメージが』っていう話は本当の事なの?」

「それは……正直分からない」


 これに関しては、エルミ姉の言葉を信じるしかない。

 まだ壊した柱は一本だけだし、それでこの世界に何かが起きたというのは確認していないのだ。

 だから、確証は無い。

 しかし、だからと言って「周辺に危害が及ぶから壊しましょう」とはならない。

 もしも本当に星の崩壊に繋がるものだったとしたら、取り返しのつかないことになりかねないから。


「まぁ、まだ壊せた柱は一本だけだもんね。分からないはずよね」

「うん」

「でも困ったねぇ~。柱の中にはフェアリアがいて、アムたんはそれを手に掛けたくない。だけど、柱を放っておくと周辺に悪影響が及んでしまう。でも、柱を壊せば星の崩壊に繋がる。何とも嫌らしい状況を作ったものだよ、そのフェアリアを異形に変えたっていう何者かは」

「本当にね」


 私はため息を吐きつつ、背中の羽をしまう。

 レヴィアは「しまっちゃうんだ」と少し残念そうに言葉を零し、私は「こんなみっともないもの人に見せたくないからね」と苦笑を浮かべた。


 ◆◆◆


 倒したバイコーンを解体し、魔石や角、肉などを回収して村へ戻る途中、それは起きた。

 大きく大地が揺れ、凄まじい魔力の波が押し寄せてきたのだ。


「な、なに!?」

「これは……!」


 直後、私たちが今さっきまでいた森の方から、大量のバイコーンが現れる。さっきまで気配も何も感じなったのに、まるでワープでもしてきたみたいに。

 空からは鋼鉄の体を持つ巨大なカラスが、森以外の所からは翡翠ひすい色の宝石を額に付けるカーバンクル、その他この付近で見かける魔物がどんどん湧いて出てきた。


「魔物がいっぱい…… 」

「何が起きた」


 魔物たちの目は酷く血走っており、明らかに普通ではない。

 私は光の剣を手に持ち、周囲を警戒しながら戦闘に備える。レヴィアもこの数相手に荷物を背負って戦うのは無理と判断し、バッグを地面に置いて二本のハンマーを構えて姿勢を低くする。


「今はやるしかない」

「うん!冒険者として、この数の魔物を放っておく訳にも行かないしね!」


 魔物の数は多いが、私は範囲殲滅に長けたフェアリアだ。この程度のモンスターハウス屁でもない。

 そしてレヴィアも、二本のハンマーと水の元素魔法により、比較的多人数戦に強い。

 私たちが協力すれば、これくらいどうって事ない。


「行くぞ!」

「うん!」

「――ソードビット・クレアーレ!」


 私は複数本のフェアリービットを生成、雨のように放ち、一気に迫る魔物の数を減少させる。


「きゃはは♪数は多くても、所詮は雑魚だねぇ♡ざ〜こざ〜こ♡きゃははは♪」


 レヴィアは自分に水泡を纏わせ、踊るように魔物を蹴散らしていく。

 バイコーンも、霧がなければあの不可思議な動きをすることなく、ただ突進と突き上げしかして来ない。


「おっと、その蹴りには酷い目に遭わされたからね〜。二度は喰らわないよぉ〜」


 バイコーンの後ろ足蹴り上げは、レヴィアの纏う水のバリアが完璧に防いでくれている。

 水泡はバイコーンの蹴りを防ぐと飛沫となって爆散し、周囲にいた魔物諸共吹き飛ばす。なかなかに凶悪な威力で、飛沫を受けた魔物の殆どはそのまま動かなくなってしまった。

 私は、そんな芸当も出来たのかと彼女の器用さに驚きつつも、使えるのなら最初から使っておけばいいのにと密かに思わなくもない。まぁ、使わなかった理由はあるのだろうけども。あの威力だし、狭い場所で使えば私も無事では済むまい。

 そう考えると使わなかった理由に納得は行くが、それで死にかけては世話ない。


 零距離で飛沫を受けたバイコーンだったが、まだ息絶えておらず、そこに立っている。

 しかし、完全に無事という訳でもなく、その身体には無数の丸い跡が残され、血が滴り落ちていた。

 あまりの攻撃に動くことができず、立っているのがやっとという様子だ。

 レヴィアは、そんなバイコーンに容赦なく追撃を与えた。


「それじゃあ、お返しね♡喰らえ――グランドインパクト!」


 殺意の籠った魔技アーツが炸裂。

 円状に大地が割れ、小さなクレーターが出来上がる。続けて片方に持ったハンマーでさらに追い打ちをかけた。


「――グランドインパクト!!」


 クレーターの範囲が広がり、さらに大きく窪ませる。

 周囲にいた魔物たちも巻き添えにし、叩き潰す。

 レヴィアはその勢いを止めず、持ち前の脚力で大きく空を舞い、中空で謎の一回転を決めると、再び大地を二本のハンマーで揺るがした。


「――グランドインパクト!!!」


 三連撃の烈震攻撃。

 三回目に放ったグランドインパクトは、先の二連よりも遥かに高威力で、範囲も大きく広がっていた。

 私たちの元に集まってきていた魔物はその攻撃の餌食となり、周囲に動く魔物は一体も存在しない。


「ふぅ……」


 レヴィアは満足げに息を吐くと、周囲に広がる壮観な光景に「きゃはは♪」と笑う。


「よわよわ~♡こんなたくさんで攻めてきたのに、ボク一人に負けるなんて情けな~い♡」


 そんな彼女の様子に、私は思わず苦笑した。

 流石はシルバーランク冒険者。伊達に長い間、旅してきただけある。


「にしても、どこからこんな数湧いて出てきたんだ」

「んぅ、確かに」


 私たちは、今一度森の方へ視線を向ける。もしかして、柱に何か異変が起きたか?

 私はレヴィアの方へ振り向くと、レヴィアも同時に私の方へ視線を向けた。


「柱の様子を確認しに行こう」

「そうだね」


 そして私たちは、今さっき出てきた森の中へと再び入っていく。

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