妖精のイデア - Moments of Fairy Tale -
月燈
第0話 平和の終わり
この世界には魔法が当たり前のように存在する。
魔法は、“
その魔力は、この星の地中深くにあるとされる“
地上にある魔力は、この竜脈を流れる過程で零れたほんの一部に過ぎない。
そして、魔力が当たり前のように存在するこの世界では万物全てに魔力が宿る。
それは人も動物も植物も鉱物も例外ではない。
そんな世界に存在するとある孤島。
隔絶された海に浮かぶその島の周囲には無数の渦潮が発生しており、島の中心には天をも貫く巨大樹がそびえ立つ。その大樹からは高濃度の
島には背中に蝶のような美しい半透明の羽を持つ固有の種族が住まい、今日も平和な日常を過ごしていた。
「――いた」
ツインテールにした純白の髪を揺らしながら、一角を生やす赤目の白い兎――“アルミラージ”を青い瞳で捉えた私アムアレーンは、魔力を集中させて狙いを定める。
背中の青い羽が淡く輝くと共に魔力は剣の形を成し、宙へと浮かび上がった。
そのまま剣を弾丸のように放つと、空気を切り裂く鋭い音を残し、兎を貫く。
「ん、ヒット」
急所を突かれた兎は勢いよくバウンドし、向かいにあった大木に体を打ち付けて停止する。
私は剣を霧散させて兎へ近づき、完全に事切れていることを確認すると傷口に手を突っ込んで中身を掻き出した。
中から出てきたのは透明度のある砕けた石。それを見て私は少し眉を顰める。
「思うように割れないか……」
綺麗に二等分するつもりだったのだがままならないものだ。
この石は
魔力の塊である魔石は貴重な魔力資源であるため、魔物を狩ったらこうして集めているのだ。
私は「掻き出すの面倒臭い」と内心思いながら口を尖らせ、アルミラージの魔石を回収していく。
その後、手を水魔法で洗浄し、兎を分厚い布でグルグル巻きにしてから背中の籠へと放り込んだ。
ちなみに、角は危ないので根元から折ってポケットにしまってある。
「薬草を取りに来ただけだったけど思わぬ収穫だったね」
私は籠を背負い呟く。
今日私はこの森に薬草を採取するために来ていた。
島は隔絶された海のド真ん中にあるため、外界から物がほとんど入って来ない。なので、必然的に自給自足を強いられる。
一応、薬草や食料などを取り扱う店がないわけではないが、私たち“フェアリア”の住まう里から店のある“人里”まで結構な距離が離れているため、余程のことがない限り行くことはない。
「さて、そろそろ帰ろうかな」
吹き抜ける心地よい風に目を細めながら、白い雲が流れる青空を見上げる。
腰マントは大きく風に靡き、背中と腕を露出させた軽装もパタパタとはためく。
これはフェアリアの種族衣装で島に住まうフェアリアは老若問わず皆同じような恰好をしている。
フェアリアは、この島にのみ住まう背中に蝶のような半透明の羽を持つ種族のことだ。
羽は背中から直接生えているのではなく、羽の形を成した魔力が浮遊した状態で存在している感じだ。なので触れることは出来ず、逆に羽で物理的な感触を得ることも出来ない。
色素の薄い髪と肌色を持ち、耳は尖り、寿命は五百を優に超える。
その代わりかどうかは分からないが、フェアリアの背丈はあまり大きく成長しない。かく言う私も現在の身長は百四十半ばだ。
まだ十六歳であるため、これより成長する可能性は十分にあるが、正直望み薄である。
「ん?」
私が自宅へ戻ると家の前に見知った人物が立っているのを発見した。
「アイリーン?」
その名を呼ぶと彼女はこちらへ振り向き微笑みを浮かべる。
背の程は私よりも若干高く、胸部は比べるまでもなく彼女の方が豊満。
パッツンと揃えた青みある銀色の長いストレートヘアーに紫紺の瞳と翡翠の羽を持ち、腕と背中を大きく露出させたフェアリアの種族装束を身に纏う。
私とは違い、丈の短いミニスカートとニーハイソックスを履いている。
ちなみに私は、裾に折り返しの付いたショートパンツとくるぶし丈の靴下だ。
「おかえりなさい。アム」
「あぁうん、ただいま……。えっと、何か約束でもしてたっけ?」
「特に何もないわよ。暇だから遊びに来たの」
「なるほど?」
私は彼女の言葉に首を傾げつつ、家の鍵を開ける。
「この島、私たち以外に歳の近いフェアリアがいないんだもの。つまらないわ」
「ああ、まぁね」
フェアリアの寿命は五百年以上と長い。
長寿の種族にありがちなことだが、寿命が長い故に子供を欲しがる者はそう多くないのだ。
そしてフェアリアは女性しか生まれないという最大の特徴がある。それ故、更に出生率の低さに拍車をかけていた。
フェアリアが子供を授かるには他の種族の男性から種を貰うしかない。
それに出産は、頑丈なフェアリアでも命に係わる危険な行為だ。現に私の母親も出産と同時に亡くなっている。
そう考えるとフェアリアに子供が少なくても不思議ではない。
「同い年の子と遊びたいなら人里へ行けばいいじゃない」
「嫌よ。遠いもの。それに、他種族と私たちとじゃ価値観が違うから話が合わないのよ」
アイリーンを家に上げた私は、彼女にアップルティーを出しながらそう言う。
彼女は肩を竦めて反応し、出されたお茶を口に含んだ。
「……あら?おいしいわね、このお茶」
「気に入ってもらえたならよかった。これ、
「へぇ」
アイリーンは興味深そうに一瞥してまた一つ口に含む。
それを見ながら私も自分用に入れたアップルティーで喉を潤し、一息ついた。
……ん、甘くて美味しい。
「……それで?あなたは今日何をしていたの?」
「ん?今日は森に薬草を取りに行ってたよ。使ってる傷薬が少なくなってきたからね」
私は薬草の入った籠を彼女の前に置きつつ、向かいの棚にある蓋つきのガラス瓶を指さす。
「なるほど……。で、この血濡れの布は何?」
「アルミラージ」
「アルミラージ?血抜きはしたの?」
「面倒だからしてない」
「しなさいよ!全くあなたは本当に面倒臭がりね!いい?お肉っていうのは鮮度が大事なの。血抜きしないと、どんどん味が悪くなって――」
彼女がそこまで言いかけると、突然島が大きく揺れ出す。
私たちは二人同時に立ち上がり周囲に注意を向けた。
「……止まった?」
「いいえ、まだ少し揺れているわ」
「外の様子を確認しよう」
「ええ」
急いで外に出た私たちは周囲を見渡し、島で何が起きたのかを確認する。
「何もないわね」
「どうしていきなり地震なんて……」
「ええ。明らかな異常事態だわ」
この島は、巨大樹から発せられる魔力によって強固に守られている。
島を覆う魔力膜は物理的な衝撃から魔法的事象まで、ありとあらゆるものをシャットアウトできる優れものだ。
海がすぐそこに見えているというのに塩害が発生していないのも、この膜のおかげである。
なので、この島で揺れを感じること自体おかしなことなのだ。
「アム!!」
「……ッ!?」
私が空や森で慌てふためいている魔物たちを眺めていると、突然切羽詰まった様子で叫ぶアイリーンに背中を押され、前に倒れてしまう。
突然どうしたんだと彼女の方へ視線を向けたその直後、私のいた場所に光の柱が発生した。
それを皮切りに島の至る所から連鎖するように光が立ち、私は言葉も出せず唖然とする。
「なに……これ……」
崩れゆく地面。舞い上がる砂埃。燃え上がる森の木々。空へ向かっていく大地の破片……。
まるで天変地異だ。
天地がひっくり返るような出来事が今、目の前で起こっている。
「そうだ!アイリーン!」
返事が返ってこない。
私は慌てて目の前の光の柱に触れると、バチッ!と弾けるように触れた右腕が吹き飛んだ。
「つッ!?」
痺れるような痛みと感覚の麻痺に眉を顰める。
確認すると、白く細っこい自分の腕は雷に打たれたような模様が刻まれピクピクと痙攣していた。
「何なの……一体……」
再び大地が揺れ、徐々に視界が白く染まっていく。
これが、私の見た島での最後の光景だった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます