第20話 魔物探索

 翌日。

 私たちは早速、村の周囲の探索を始めた。その前に軽く情報収集だ。


「見たことのない魔物かえ?」

「うん。何か知らない~?」


 私たちは、森に行く前に立ち寄った露店でおばちゃんに話を聞いていた。

 おばちゃんは、私たちに食糧の入った袋を手渡しながら考える素振りを見せる。


「そうさねぇ……。あっ」

「何か心当たりが?」

「うむ。ここ数ヶ月、近くの森でカーバンクルを見た言うやつがおったな」

「カーバンクル?」


 カーバンクルとは、額に宝石のようなものを持つ兎と狐とリスを足して三で割ったような見た目をしている四足歩行の魔物のことだ。

 額の宝石は、元素の力を凝縮したもので、色によって得意な魔法の系統が異なる。


「カーバンクルってこの辺りにはいない魔物だよねぇ?」

「そうやねぇ。一体どこからやって来たんだか。まぁ、今んところは村に悪さをしてないけぇのぉ。みんなで様子を見てるところじゃね。見たことのない魔物っちゅうとそんくらいじゃ」

「そっかぁ。ありがと、おばちゃん」

「ん、気ぃ付けてなぁ」

「そっちも気を付けて」


 それから他の人にも何か魔物の目撃情報がないかを聞いて回ってみたところ、やはりカーバンクルの話が多数出てきた。

 カーバンクルの他にはウィルヌスと思われるドラゴンの話や、ここらでは見かけない鳥の魔物の話などが集まった。


「どれも他からやって来た魔物の話ばかりだねぇ」

「レックスは変異した魔物とかって言ってたけど。もしかして、変異した魔物じゃなくて、他所からやって来た魔物なのかな」


 だがどれも、村に危害を与えているといった情報はない。

 よく思い出してみれば、レックスからは村が襲われたという話は出ていなかった。


「まぁ、何にせよ。魔物であることに変わりはない。何か起きる前に片づけてしまおう」

「そうだね」


 というわけで、準備を整え終えた私たちは村の外の森へと向かうことにした。


「森に行く前に、シドリスの工房の様子でも見て行こうか」

「そうだねぇ~」


 シドリスの工房に行くと、冴えないおっさんが一人で黙々と作業をしている姿を確認する。どうやら潰れた家屋から、素材や道具などを発掘している最中のようだ。

 冴えないおっさん――シドリスは、私たちが敷地に入ってきたことに気が付くと、首に巻いたタオルで額の汗を拭い、私たちに軽く手を挙げて挨拶する。


「よぉ、お前たちか。どうした?」

「うん。これから森に行こうと思ってね。ついでにここの様子を確認しに来たの」

「森に?なんでまた」

「ボクたちは冒険者だよぉ~?ここには柱の情報を得て来てるのぉ~」

「私たちは、柱の魔力に中てられて変異した魔物について調べてる。もしも、変異した魔物が危ない存在だったら、早いこと対処しないといけないからね」

「そういうことぉ~♪」

「はぁ、なるほどなぁ」


 シドリスは、よっこいしょと転がっていた適当な木材に腰掛けると、煙草を口に咥えて魔法で火を付けた。


「ふー……」

「ちょっとおじちゃん……、人がいる目の前で堂々と煙草吸わないでよぉ」

「俺はおじちゃんなんて歳じゃねぇよ!別にいいだろ、煙草吸うくらい」


 私は、そんな彼を見て眉を大きく顰める。

 何だこの酷い臭い。こんな肺に悪影響がありそうなもの、初めて見た。


「ふー……。そいやぁ、お前たち。森に行くって言ってたな」

「うん。何か気になることでもあるの?」

「いや、ちょっとな。最近この付近で角を持った魔物を見たなと思ってな」

「角?」

「ああ。ここらじゃ見ない魔物だった」

「それって、アルミラージとかぁ?」

「まぁ、確かにアルミラージも角はあるが、俺が見たのは馬だったぜ」

「馬……」

「あれはもしかしたら、光の柱から発せられている魔力によって変異した魔物かもしれないなぁ」


 角を持つ馬の魔物と言えば、思い浮かぶのはユニコーンとかバイコーンとかだ。

 例に挙げた二体は、魔力濃度の高い場所に生息する魔物で、ユニコーンは純血の象徴、バイコーンは不浄の象徴として、ある意味どちらも神聖視されている。

 この辺りには“フォレストポニー”という仔馬の魔物が出現するのだが、成長するとフォレストホースと名を変え、この地を旅立ち武者修行に出るという。

 もしも仮に、成長したフォレストポニーが柱の魔力に中てられて突然変異したのだとしたら、同じ馬の魔物であるユニコーンやバイコーンに変わっていてもおかしくはない。


 私はレヴィアと顔を合わせる。

 ここで初めて変異した魔物の情報が出た。

 まさかシドリスの口から出てくるとは思わなかったが、これは有益な情報かもしれない。


「情報感謝する」

「おう。良いってことよ」

「アムたん。そろそろ行こうか」

「そうだね」

「おっ、もう行くのか。気を付けて行って来いよ。まぁ、お前たちなら心配いらねぇと思うが」

「うん。それじゃあね」


 シドリスと別れて、工房の裏から続く森に入っていく私たち。

 森は薄暗く、少しじっとりと絡みつくような嫌な魔力を感じる。


「なぁ~んかヤな感じ」

「……」


 端的に言って不愉快だ。

 属性は正常だが、まるで瘴気の中を歩いているように錯覚してしまう。


「ここっていつもこんななの?」

「分からない。ボクもこの森に入るのは初めてだから……」


 私たちは、薄暗い森から空を見上げる。

 茂る木々の間から見える空は、心做こころなしかどんよりとしているように感じた。

 天を貫くように伸びる光の柱の姿も確認でき、ここから真っすぐ行けば柱の元へたどり着くだろうと何となく予想できる。

 視線を前に戻せば、一定間隔で蛍光塗料が塗られた杭が撃ち込まれており、道のように連なっていた。


「この杭に沿って行けば、柱の元まで行けそうだね」

「みたいだねぇ。行ってみる?」

「……ううん。まずは、変異した魔物を探さないと」


 私がそう言うと、レヴィアは私の顔をジッと見つめて眉を下ろす。


「……アムたんは、どうしてそんなに柱の攻略に乗り気じゃないの?」

「……」


 レヴィアは一瞬の沈黙の後、意を決したように尋ねてくる。

 私は無言のまま前を歩き、周囲を見渡す。


 私が柱の攻略をしたくない理由は、柱を壊すと星にダメージを与えることになってしまうからだ。そして何より、柱の核になっている同胞を傷つけたくない。

 だが、私の素性も事情も知らない彼女に、このことを話すのは躊躇われた。

 私はまだ、彼女を信用しきれていないから。


「……話せると気が来たら、話すよ」

「……」


 そんなやり取りをしていると、ガサッと森の木々が揺れた。

 私たちはそれぞれ武器を構え、音のした方へ視線を向ける。


「レヴィア」

「分かってるぅ」


 レヴィアは私に頷くと鞄から丸い何かを取り出し、ポイッとその方へ投げる。

 丸い何かはコロコロとゆっくり転がっていき、次の瞬間大きく輝き出しドーム状に魔力の波が広がった。

 レヴィアが投げたのは“エーテルボム”という戦闘に用いられる使い捨ての魔道具だ。

 安全ピンを外し、魔力を込めて投げると先ほどのような魔力爆破が発生して周囲を攻撃する。


 ――キシャア!!


「マタンゴ!」

「いっぱいだねぇ〜」


 爆破に巻き込まれて現れたのは、キノコに手足が生えた魔物――マタンゴだった。

 マタンゴは傷ついた身体を大きく振るえさせ、こちらを威嚇している。

 流石にボム一発じゃ倒すのは無理か。


「行くよ!」

「うん!」


 私は牽制を兼ねて光の剣を飛ばし、仰け反っているところに己自身の手で一刀両断。

 レヴィアはハンマーによる範囲殲滅と得意な水魔法を巧みに織り交ぜ、次々と倒していく。

 流石はシルバーランク冒険者というべきか、レヴィアは私に後れを取るどころかリードするように戦っていた。


 凄く戦いやすい。


 ハンマーの破壊力で大きく体勢を崩した相手に、私のスピードで強力な一撃を叩き込む。

 レヴィアの死角から飛んでくる攻撃は私のソードビットでいなし、その隙にレヴィアは容赦なくハンマーで叩き潰す。

 狭い森の中だというのに、ここまでスムーズに戦闘ができるものなのか。

 そんな風に思いながら、私たちを襲ってきたマタンゴたちをものの数分で片づけた。

 私たちは、魔物がもう襲ってこないことを確認するとそれぞれ武器をしまう。


「終わったねぇ」

「うん。お疲れ様」

「アムたんもね」


 ふぅ……と小さく息を吐き、マタンゴから魔石を回収しているレヴィアの傍らで「人に背中を預けて戦うと、ここまで違ってくるのか」と密かに思う。

 私は魔石の回収の前に、今一度森を見渡す。


「……?」


 そうしていると不意に視線を感じ、私はそちらへ視線を向けた。


 あ、あれは……!


 視線の先にはシドリスの話にあった。角を持つ体躯のある馬がいた。ジッとこちらを見据えている。

 私が手を止めて森の奥を見ていると、それに気づいたレヴィアが首を傾げて尋ねてくる


「……?どうしたの?森の奥なんか眺めて」

「……いた」

「いたって?」


 私はゆっくりと人差し指を馬の方へ向けると、レヴィアもそれに従って視線を上げる。


「……本当だ」


 角を持つ馬はこちらへの興味を失ったのか、森の奥の方へと消えてしまう。


「行っちゃった」

「早くここを片して、追いかけなくちゃ」


 それを見届けた私はフェアリービットで短剣を作り、マタンゴの魔石の回収を急ぐ。

 本当は肉の方も回収して行きたかったけど、そんな時間はなさそうだ。

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