第19話 人化

『今回は俺の負けだが、負けっぱなしは性に合わん。必ずリベンジを果たし、参ったと言わせてやる。特に、そこの白の少女!貴様はこの俺に大きな傷を負わせた数少ない人間だからな。いつか必ず倒してくれる!』


 ウィルヌスは鼻息を荒くしながら、私に人差し指……人差し爪?を向けてそう言い放つ。


「え……?ごめん。話聞いてなかった」

『貴様……!』

「きゃはは♪さすがアムたん。図太い〜♡」


 ケラケラと笑うレヴィアと苦笑の表情を浮かべるシドリスとシェリーを横目に、ウィルヌスの方へと視線を向ける。


「それで?なんだっけ?」

『……。はぁ……お前、よくマイペースって言われない?』

「え?うーん……」

『全く。俺はこんな女に負けたのか。人は見かけによらないとは言うが、お前は特にそうだな』


 ウィルヌスは、肩を竦めるような動作をした後、『それで?』と私の顔をジッと見つめてきた。


『俺が大事な話をしている中、貴様は何を考えていた』


 その質問に、私は独りでに浮遊している赤いエレメントに視線を向ける。


「あれ、光の柱の中にいたものと全く同じやつだと思っただけだよ」

『何?イグニスエレメントがか?』

「あれってそんな名前なんだね。厳密に言うと似た何かがいたって話なんだけど。あれが永遠に湧き続ける光の柱って一体何なんだって考えていたんだ」


 そう言うと、周りにいたみんなも同時に反応を示した。


「あの強そうなのが光の柱に沢山いたのぉ?」

「さ、参考までに詳しく聞かせてください!」

「というか、あんた光の柱に入ったことがあるのか!?」


 私はみんなの反応に仰け反り、苦笑しながら頬を掻く。

 そんな中ウィルヌスは、黙り込んで思考を巡らせていた。


『……光の柱。つい一年ほど前から突如として世界中に確認された謎の柱。俺は入ったことがなかったが、中には大量のエレメントが跋扈しているのか。これはかなりきな臭い話になってきたぞ』


 そんな独り言を呟いたあと、ウィルヌスは再びこちらへ視線を向け、真剣な眼差しで見つめてくる。


『俺を、その柱の調査に加えてくれないか』

「はい?」


 突然そんなことを言い出す彼に、私たちは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 彼はこちらの様子に構わず更に話を続けてくる。


『俺たち元素龍は、この世界の異常を治すために存在する。今回の件、俺たちも手を貸さないといけないかもしれない。お前たちがここに来たのも、その柱とやらの調査のためだろ?すぐ近くにあるのを確認している。だったら、俺のような腕の立つ者が同行しても問題ないはずだ。違うか?』

「と、言われてもねぇ」


 そもそも私は、柱に入るつもりはなかった。

 まだ異形と化した同胞を解放する方法が見つかってないし、柱を壊すと星にダメージを与えることになってしまうから。


「あ、あのぉ……」


 私がそう思っていると、遠慮がちにシェリーが小さく手を挙げる。


「その、私たち、明日から柱の調査を開始するつもりなんですけど……。あ、あなたが良ければ、ご一緒しませんか?」

『おお!願ったり叶ったりだ!』

「ちょっと待って。まさかドラゴンの姿で人前に出る気なの?そんな姿見せたら、みんなが驚いて腰抜かしちゃうよぉ?」

『ぬ。それもそうだな』


 ウィルヌスは『ちょっと待っていろ』と一言溢すと目を瞑り、力を集中し始める。すると彼の身体は輝きを放ち、次の瞬間ドラゴンの姿は消え、代わりに長身の男性がそこに立っていた。


「ふむ。久しぶりに人の姿を取ったが、案外すんなりと変われるものだな」

「お前、人化できるのか……」

「ふん。俺は元素龍だからな。これくらい造作もない」


 魔物の中には、人の言葉を喋ったり、人の姿を取れる力持つ者が稀に存在する。

 彼はその稀な存在の中の一体で、持つ力はさることながら人の姿を取るのは造作もない。


 姿を変えたウィルヌスは、肩をグルグル回したり、首を捻ったりして調子を確認していた。

 人化した彼の顔立ちは良く。鋭い切れ長の目付きに、高い鼻、橙色に黄色が混ざったような瞳を持つ。

 ボサついた緑銀色の長い髪を後ろで束ね、ポニーテールにしており、格好は東洋風の重厚で煌びやかなものを着ていた。

 サルエルパンツのようなゆったりしたズボンを穿き、頑丈なショートブーツと龍の翼を彷彿とさせる大きな腰布を巻いている。そしてその腰には、見たことのない長い得物が差さていた。


「その剣は?」

「む、これか?これは、ここから遥か東にある“ヒンガシノ”という大陸で使われている刀という武器だ。程よく重く、切れ味もいいから気に入っている」


 ウィルヌスは、自慢げに刀を鞘から少しだけ引き抜き、露出した美しい刃をこちらに見せてドヤってくる。ちょっとウザい。


「これで人前に出るには問題ないだろう」

「それならまぁ」


 私がそう言うと、彼は嬉しそうに「そうか!」とうんうん頷いていた。


「では、案内しろ。娘よ」

「シェ、シェリーです……」

「お、おい。俺の工房はどうするつもりなんだ」

「ふん。俺は負けた身だ。この土地は貴様の好きにするといい。ほら行くぞ!娘よ!」

「シェリー……」


 私はシェリーの手を引っ張って村の方へと歩いていく二人を見送り、「勝手すぎんだろ、あのドラゴン……」と愚痴を零しているシドリスを見やる。


「まぁ何にせよ、工房を取り戻せたんだから良かったんじゃない?」

「それはそうだが、なんか釈然としねぇ……」


 その後、彼からお礼として工房にあった、まだ使えそうな魔道具を幾つか貰った。


「何か魔道具関係で分からないこととか、作ってほしいものとかあったら遠慮なく言ってくれ。優先的に引き受けてやるからよ」

「じゃあ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「おう。なんだ?」

「あなたは飛空戦艦について何か知ってる?」

「飛空戦艦?なんでまた」

「ちょっと、色々あってね。少し調べてるの」

「ほーん。なるほどな」


 シドリスは、自分の顎に生えた無精髭を撫で付け「うーむ……」と唸る。


「……遠慮なく。って言った手前、こう言うのも恥ずかしいんだが、すまん。飛空戦艦についてはまだ分かってないことが多いんだ」

「そっか」

「古の時代に作られた超技巧遺物オーパーツだって話だが、あまりにも卓越した技術故に、衰退した現代の技術力では、実用化できる程のものはまだないらしい。一応、発掘された中で使えるものは、一部の国で運用されているようだが、詳しいことは俺もよく分かっていない」


 シドリスは無造作に頭の後ろを掻きながらそう答えた。


「そっか。ありがとう」

「すまんな。力になれなくて」

「ううん。ちなみに、発掘された飛空戦艦を運用しているっていう国はどこなの?」

「ああ、それは“ソーン大陸”のブルームって国だな」

「ソーン大陸のブルームね」


 また一つ、有益そうな情報が得られて、私はほくそ笑む。


「もし、大陸を渡るつもりなら、ライツを南下した先にある“ウィンドル”っつう港町に行くといい。あそこなら、ソーン大陸行きの便が毎日出てるからな」

「分かった」

「それじゃあ、ボクたちはこれで失礼するね」

「おう。色々ありがとな」

「ん、それじゃあね」

「そっちもな」

「バイバイ、おじちゃん♪」

「俺はまだおじちゃんって歳じゃねえよ!」


 そんなこんなで、シドリスと別れた私たちは時間も時間とだけあって宿へ戻ることにした。

 この村には食事処は存在しないし、宿から提供されるわけでもないので、宿の中にある共用の調理兼食事スペースでレヴィアに夕食を作ってもらい、明日からどうしようかと軽く話し合いをした。


「それで、どうするのぉ~?」

「どうしようね」

「柱の解決を優先しないといけないけど、アムたん乗り気じゃなさそうだし、柱の魔力に中てられて暴れまわってるって言う魔物でも探す?」

「別に乗り気じゃないってわけじゃ……。でもそうだね、うん。そうしようか」

「ん、わかった」


 というわけで、とりあえず明日は村を襲っているという魔物を探すことにした。

 今のところ、この村に大きな被害は出ていないが、早いこと対処しておいて損は無いだろう。

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