第18話 緑鱗龍ウィルヌス

『我が名はウィルヌス!元素龍の一角にして炎を纏いし者!俺を怒らせたこと、後悔させてやる!――グアアッ!!』


 ウィルヌスと名乗ったドラゴンは、怒り狂ったように私を目掛けて爪で空を斬る。

 何とか回避には成功したが、切り裂かれた場所には炎がしばらく滞空し、それを見て私は眉を顰めた。なんだそのデタラメな攻撃は……。


「何それぇ〜!?」

『――グアア!!』

「きゃあ!!?」


 ウィルヌスは続けて口から巨大な火炎弾を放つ。

 先程の魔力弾に比べれば威力は大分落ちているが、それでも脅威であることに変わりはない。


「――ダメージディセプション!」


 私はエルミ姉の力を使い、火炎弾の威力を相殺する。

 この魔技アーツは、受けるダメージが大きいほど効果を発揮する魔法で、今回のような致命的な攻撃に対しては持って来いだ。

 ウィルヌスは無傷の私たちを見て、顔を顰める。


『何なのだ、貴様は!』

「私はただの旅人だよ!」

『貴様のような者が、ただの旅人なはずないだろう!』


 しかし、どうしてそんなに血を垂れ流しながらそこまで俊敏に動けるのだろう。やはり、魔物として上位の存在であるドラゴンは只者ではないということなのだろうか。


『まとめて焼却してくれるぅ!!――グアア!!』

「っ……。やっこさん、完全にキレてやがるな……!」

「まぁ、あんな叩き起され方したら怒るよね。――ソードビット・クレアーレ!」


 無数の光の剣を飛ばし、傷付いたドラゴンの体を突き刺そうとする。しかし、ドラゴンはグルンッ!と体を回転させ、私の放ったソードビットを全て撃ち落とした。


「おお……全部綺麗に撃ち落された……」

「言ってる場合か!!どうすんだこれ!!」


 シドリスの焦る声に、私も「どうしようね」と心の中で独り言ちる。


「わ、私が動きを止めます!」


 そんな中、シェリーは長杖を構えて魔力を迸らせていた。

 彼女の纏う魔力が暴風を起こし、バタバタとローブを靡かせている。

 私は彼女を見てこくりと頷き、シドリスの方にも視線を向ける。


「爆竹は?」

「ああ??まだあるけど、どうすんだ?」

「あるだけ頂戴」

「お、おい……」


 彼から無理やりドラグーンスレイヤーを奪い取り、魔力で浮遊させてジャグリングのように回す。

 そして、また新たに光の剣を数本作り出し、攻める。


「フッ!」

『いくら攻めても無駄だ!貴様がどんなに頑丈でも、俺に傷を付けられなければ勝ち目はな――』

「頭上注意だよぉ♪」

『ぐぶぅ!?』


 そこへ、突然気配もなくウィルヌスの頭上から落ちてきたのはハンマーを両手に持つレヴィアだった。

 ウィルヌスはレヴィアの一撃で地面に叩きつけられ、その衝撃でひびが広がる。


「きゃはは♪よわ〜い♡」

『この娘っ……!』

「フッ!」


 私は、その隙を突いて爆竹を一つ投げつける。


『ぐああああ!?』


 爆竹の入ったカプセルは、ウィルヌスに接触したと同時に砕け、即座に閃光と爆裂を発生させる。

 ガラスが割れるような音も鳴り響き、ウィルヌスの身体からは赤い鮮血が飛び出した。思ったより強力な魔道具だな。これ……。


『ぐぬぬ……小賢しい真似を……』


 ウィルヌスはフラフラになりながらも立ち上がり、背についた巨大な翼を大きく広げ、そのまま羽ばたき始める。


「そぉい!」

『ヌルいわ!』

「わっ、攻撃が避けられちゃった」


 レヴィアの二連撃をふわりとかわし、そのまま空へと舞い上がろうとする。


『貴様ら纏めて灰燼と化せ!』

「さ、させません!――ソォン・オブ・シャドウローザ!」

『ぬぅ!?』


 そこへ、突然大きな魔法陣が出現。禍々しい茨のようなものがウィルヌスの身体を絡めとった。

 凄まじい強度で、どれだけ暴れても千切れる気配がしない。この魔法は一体……。


『な、なんだこれは!?』

「ソォンズエルフーンの使う、種族固有魔法です」

『ソォンズエルフーンだとぉ!』


 私たちもその魔法に驚きながら、視線を後ろへ向ける。

 そこにいたのは、目元が隠れるほど前髪を伸ばした、褐色の肌を持つ長耳の少女のだった。魔法を使ったことでフードが外れ、顔があらわになったようだ


「やっぱりあなた、エルフーンだったんだね」

「は、はい……隠していてすみません」


 ソォンズエルフーンとは、端的に言うと褐色の肌を持つエルフーンのことだ。厳密に言うと少し違うけど。

 白い方のエルフーンと同様に長寿で魔法力にも優れるが、得意な魔法系統が若干異なる。

 ソォンズエルフーンは、土と闇の元素魔法と茨を模した攻撃的な魔法を得意としているのだ。


 陣から際限なく湧いて出てくる茨は、徐々にウィルヌスの身体を侵食していき、しまいには横に倒れ、じたばたし始める。

 こうなってはただのトカゲだな。


『グググ……!ダメだぁ!!千切れん!!忌々しい!!!』

「む、無駄ですよ。ソォンズエルフーンの茨は、対象の力を吸って硬くなる性質がありますから。いくら巨大で力の強いドラゴンでも、強化された茨を壊すことはできません」


 ウィルヌスの身体に絡みついた茨からは、黒いバラのようなものが咲いていく。

 おそらく、吸った力を花の形にして咲かせているのだろう。相変わらず禍々しいが、同時に美しくもある。


『……くっ、腹立たしいが降参だ。煮るなり焼くなり好きにしろ』

「そんな物騒なことはしない。最初は力を見せつけて追い払おうと思っていたけど、話せるのなら別」


 私は後ろに控えていたシドリスに視線を向ける。

 私の視線を受け取った彼は、小さく頷きそのままウィルヌスの元へと近づいていった。


「よお」

『貴様は』

「ああ。ここにあった工房の主さ」

『ふん。毎日懲りずにやってくるもんだから、顔くらいは覚えている。で?俺に何の用だ』

「ここから出て行ってほしい。ここは俺の土地だ」


 シドリスがそう言うと、ウィルヌスは一瞬沈黙し、「はははは!」と大きな声で笑い始める。

 その様子に、私たちは突然どうしたんだと困惑の表情を浮かべた。


『ここが貴様の土地だと?馬鹿も休み休み言え。ここは俺の土地だ。そして、あのデカい建物があった場所は俺の寝床でもある。奪われた自分の土地を取り返しに来て何が悪い!』


 その話にシドリスは目を丸くする。ここが緑鱗龍の住処?


「そ、それはどういうことだ」

『どうもこうもありはしない。俺はこの星を巡る竜脈の管理をしている元素龍の一柱だぞ』

「元素龍?」


 聞き慣れない言葉に、皆首を傾げている。

 曰く、元素龍は竜脈に干渉できる特別な魔物で、遥か昔からこの星の竜脈の管理をしてきたらしい。

 そんな存在、初めて聞いた。


 元素龍は、竜脈に異常があればすぐに赴き、問題の解決を行う。

 彼は、住処がこの大陸だったということもあって、主にアインスの竜脈を重点的に管理していた。

 ある時、この大陸の一番太い竜脈に異常を確認する。ウィルヌスはその異常の解決のために、しばらく寝床を留守にして旅に出ていた。

 その後、無事に異常は解決され、数年ぶりに寝床に帰ってくれば、知らない建造物があるではないか。オマケに魔物を弾く結界まで張られている。

 それに腹を立てたウィルヌスは、怒りのまま結界を破壊。寝床にあった建物も蹂躙した。


「おいおい。そんな話知らないぞ……」

『貴様が知らなくても、事実としてここは俺の場所だ。ここに大きな結晶があっただろ』

「あ、ああ。あのよく分からない動く物体な。破壊して素材に変えちまったが」

『ふん。あれを壊せるとは、貴様もなかなかの手練よな。あれは、俺が留守の間、寝床を守るために作った“エレメント”だ』

「エレメント……?」

『なんだ貴様ら、本当に何も知らんのだな。はぁ……そこの娘よ。この束縛を解いてくれ』

「え?で、でも……」

『安心しろ。抵抗などせん』

「……」


 シェリーは少し迷った末、ウィルヌスの茨を解いた。

 自由になった彼は、身体の具合を確かめるようにブルブルと犬のように体を震わせる。


『……魔力のほとんどが吸い取られている。なんと無法な魔法のことか』

「す、すみません……」

『気にするな。さて……』


 ウィルヌスは、適当な場所に視線を向けると『――はぁ!』と気合の入った声を上げ、魔力の塊を作り出す。

 その塊は徐々に硬質化し、やがて石のように固くなった。それを見て、私は目を丸くする。


「星晶……?」


 そこにあったのは、私にとっては見慣れている。しかし、それ以外には馴染みのない透明な魔結晶だった。


「アムたん?知ってるの?」

「う、うん……」


 星晶は、正と負が完全に混ざりあった魔結晶だ。その性質故、人工的に作り出すのは不可能。しかし、目の前のドラゴンはそれを成した。このドラゴンは一体何者なのだ。


『貴様は博識のようだな。地上では珍しいモノと記憶していたが、まぁいい。これに、俺の力の一部を分け与える』


 ウィルヌスが、作り出した星晶に力を注ぎ込むと、次第に星晶は赤く染っていく。

 そしてしばらくすると独りでに浮遊し初め、結晶の一部が剥がれて四本のビットのようなものが作り出された。


「こ、これは!?」

『コイツが、エレメントという魔法生物だ。魔物のように見えるが魔物ではない。魔石のようなものは、俺の力が核として形作られたもので、破壊すれば本体ごと粉々に砕け散る』


 そんな説明をしている彼の横で、私はただ目を丸くしてそれを見ていた。

 エレメント……。

 光の柱の中で見た謎の魔物と瓜二つだ。色は違うし、魔力の質も異なる。

 だが、性質は違えど柱にいたものと全く同じものであると理解できた。

 ウィルヌスが話し続ける傍らで、私は一人、柱について思考を巡らせる。

 こんなものが大量に湧いてくる柱とは一体なんなんだ……。

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