第17話 ドラゴン退治
魔道具職人の彼の名はシドリス。
リリィウッド指折りの職人で、数多くのオーダーメイドを作成してきた超凄腕の人。
らしい。
自称なので、本当かどうかは知らない。
そんな彼の案内で、私たちは工房に続く道のまで移動してきた、そこに漂う異様な空気に眉を顰める。
「嫌な魔力の流れを感じる」
「そ、そうですね……」
「結界は生きてるっぽいけど、どういうことなんだろうねぇ~?」
ここを真っ直ぐ行けば、すぐ目の前に工房が見えてくるらしい。
私は、今見える場所から周囲を見渡し、違和感のある場所を探す。
ん?あれは……。
そこで見つけたのは、不思議な壊れ方をしている魔道具だった。
手のひらサイズで設置型の魔道具で、木の幹にがっしりと張り付いている。
見てくれは綺麗だが、逃げるように魔力が霧散していた。
「ねぇ。あれは何〜?」
「ん?あぁ、お前たちは知らないか。あれは俺が開発した退魔結界の魔道具だ」
どうやら、ここに張られている結界はあの魔道具によって生み出されたものらしい。
同じものを複数個用意し、結界を張りたい範囲を線で囲むように配置して使うようだ。
その仕様上、最低でも三つ必要になるがその分強度は凄まじく、並大抵のことでは破壊することはできないらしい。
配置する数が多いほど強固になり、魔道具の一部が機能を停止してもすぐに新たな結界を張り直してくれるという優れものだとか。
シドリスは何かあってもいいようにと複数用意して使っていたようだが、襲ってきたドラゴンは真っすぐと魔道具の破壊に動き、破壊時の一瞬結界が消える刹那に無理やり身体を捻じ込み、そのまま工房を蹂躙したのだという。
「あんな頭のいいドラゴンがいるなんて思わなかったぜ。それに、魔道具の弱点まで知っていやがった。何だったんだ、あいつは……」
とのことだ。
私は彼から視線を外し、後ろをついて来るフードの女性に向けた。
さっきから俯いてるけどどうしたんだろう。ぶつかった際に怪我でもしたのか?
「……あなた、さっきから俯いて歩いてるけど、どこか怪我とかしたの?大丈夫?」
「え……?あ、はい!その、大丈夫です」
「無理してない?」
「えっと、その、大丈夫です……」
「……」
彼女の名前はシェリー。薬草採取の依頼を報告しに行った時に絡んできた冒険者パーティ“紅焔の翼”のメンバーの一人だ。
いつも深くフードを被っており、前髪は目元が隠れるほどに長く伸ばしている。身長はレヴィアと同じくらいで、身体の全身を隠すほどの黒いローブを纏う。
常にナヨナヨとしている少女で、自信なさげな猫背が悪い意味で印象に残った。
もっと自信を持てばいいのに。
私は、彼女を最初に見た時からどうしてそんな自信がなさそうにしているんだと密かに思っていた。
だって彼女、凄い魔法力を持っているんですもの。それこそ、エルフーンに匹敵するレベルで。
ローブで彼女の種族は分からないが、もしもヒュームなら、それは代えがたい素質になる。存分に生かさないと損だ。
「……さて」
私は改めて工房のある方へと視線を向ける。
レヴィアの言う通り、結界自体は問題なく機能している。結界の発動装置が一つ壊れたくらいじゃ、なんともないということだろう。
だが、それと同時に、結界の向こうから嫌な魔力も感じる。
「ドラゴンか……」
ドラゴン――。
それは、魔物の中でも上位の脅威度を誇る危険な存在。
大きな翼を持ち、堅い鱗と凄まじい魔法力を持つ。
「よし、出来た」
ここを襲ったドラゴンとはどういった存在なのだろう。そう思っていると、端で荷車から取り出した道具で作業をしていたシドリスが息を吐きながらそう言った。
「何を作ってたの?」
「ああ。これだ」
彼が私たちに見せてくれたのは、大量の小さな爆弾が紐に連なった道具――つまり爆竹だった。
「爆竹?」
「ただの爆竹じゃないぞ。ダンジョン攻略でも使われるれっきとした魔道具だ」
爆竹の名は“ドラグーンブレイク”。
この大層な名が付いたアイテムは、対ドラゴン用に開発された特別な爆弾で、強い閃光と振動を発生させて堅い鱗を破壊するというものらしい。使用する際は、専用のカプセルに詰めて投げつけるようだ。
それを、今持ってる道具と素材で自分なりにアレンジして作成したものだと自慢げに言い放った。
なんでも、振動率と爆破力を強化してどんな堅い鱗でも木端微塵に砕くらしい。本当かなぁ。
「お前たちは、どうにかドラゴンの注意を引いて隙を作ってくれ。俺はその隙にコイツを投げる。合図したら各自散開。爆発に巻き込まれないように退避してくれ」
「分かった。まずは隙を作ればいいんだね?」
「おう。頼むぜ」
そして私たちは、彼の工房に続く道を進み始める。
◆◆◆
「あれが例の?」
「ああ」
道をしばらく進んだ先に、大きな敷地が見えてきた。
敷地の奥には倒壊した建物があり、それを布団の代わりにして丸くなっている緑色のドラゴンを発見する。
「思ってた数倍でかいねぇ~……」
「は、はい……」
ドラゴンの体長は優に五十メートルは超えている。
背中には折りたたまれた巨大な翼が、口には大きな牙が生え並び、全てを切り裂かんとする爪には異常なまでの魔力が迸っている。
これを相手するのはなかなか骨が折れそうだ。
そう思っていながら、私は無意識に口角を上げていた。
「それじゃあ、作戦通りに頼む」
「まぁ、作戦って言えるほどのものじゃないけどねぇ~」
「うるさいな!」
言い合っている二人を他所に、私はフェアリービットで作り出した光の剣を一本は自分で持ち、数本周囲に浮かせて戦いに備える。
「……ここは私が一人で行く。みんなはここで待機してて」
「アムたん?」
「フッ!」
「アムたん!?」
私はレヴィアの驚愕した声を聴きながら大きく飛び上がり、四方に展開した剣を下に向けて地面に突き刺すように強襲を掛けた。
「――フェイ・インペトゥス」
魔力を込めた落下攻撃でドラゴンを貫き、四方のソードビットも同時に地面へと突き刺さる。
バツを描くように光が集中し、そして一瞬の沈黙の後、巨大な魔力の渦が柱を形成して爆発した。
――グアアアオオオ!!!?
突然の出来事に、気持ちよさそうに眠っていたドラゴンは耳を
私は、すぐさまバック宙で距離を取り、シドリスに視線を向けて叫ぶ。
「今っ!!」
「ぉえ!?お、おう!!」
シドリスは爆竹に魔力を込め、凄い精度で投げつける。さすがは元冒険者なだけあるな。
カプセルは地面にぶつかると砕け散り、中に入っていた爆竹が露出。シドリスの「散開!」と声を掛けで、私たちは一旦ドラゴンから距離を取った。
直後、強い閃光と激しい爆裂音が鳴り響く。
ガラスの割れるような硬質な音も響き、白い煙がその場を支配した。
「……やったか?」
小さく響くシドリスの声。私は剣を構え、ドラゴンの様子を伺った。
煙が引くと、血を流し横たわるドラゴンの姿を確認する。
「……」
するとドラゴンは不機嫌そうに眉間に皺を作り、恨めしそうに体を起こす。辛そうに息を吐き出しながらこちらを睨みつけた。
『貴様ら……。俺が気持ちよく眠っているところに水差しやがって……』
その響くような声に、私たちは思わず目を丸くする。
「「しゃ、喋った!?」」
「お前喋れたのかよ!」
ドラゴンはボタボタと血を垂れ流しながら、その場に立ち上がる。
そして、上から見下ろすその眼光は、はっきりと私を捉えていた。
『俺の眠りを妨げたのは貴様だな。人間』
「だったら何?」
『許さん!』
「でもまぁ、話が通じるのなら――」
『問答無用!』
「ちょっ!?」
ドラゴンは大きく口を開け、魔力を凝縮し始める。
私はその行動を見てと思わず声が零れ、咄嗟に防御の態勢を取ろうとする。
しかし、次の瞬間。世界が止まったかのような錯覚を覚え、気が付くと目の前に巨大な魔力塊が見えた。
あ、これは間に合わない――。
巨大な爆発。
周囲の木々の一部が吹き飛び、クレーターが出来上がる。
凄まじい熱気がその場を支配し、周囲にいたみんなは何が起こったのか分からず目を丸くしていた。
「ア、アムたん!?」
返事はない。
まだ舞う砂埃に、クレーターの下は見えない。
「アムたん!」
「そ、そんな……!」
『無駄だ。奴は死んだ』
上から聞こえてくる声に、周囲のみんなは視線を向ける。
『俺の邪魔をするからこうなるのだ。さて、次は貴様らだ。誰から死にたい?』
「――勝手に殺さないでくれるかな……」
『っ!?』
私はそう言いながら周囲の土埃を吹き飛ばす。
うえぇ……ちょっと口の中に砂入った……。最悪だ。ぺっぺっ。
『貴様、なぜ生きてる!?』
「は?あの程度で死ぬわけないでしょ」
『……貴様、本当に人間か?』
そう言ってドラゴンは訝しんだ表情で私を見てくる。失礼な奴だなぁ。見ての通り人間だろうが。
だが何にせよ、話が通じるのならここは無用な争いはせず、話し合いで出て行ってもらうのが一番健全だ。でもこの状況、そんなこと言っている暇はなさそう。
ここは一度落ち着かせて話し合いをできる状況を作らないと。
この時の私は、自分が最初に彼に対し、何をやったのか頭から完全に抜け落ちていた。
いきなり致命的な一撃を喰らわせてきた相手と話がしたい奴なんて早々いやしない。
「来るよ。攻撃に備えて」
「わ、分かりました」
「もう、何が何だか分からん……」
「ボクもだよぉ……」
そして、対ドラゴン戦が開幕した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます