第16話 サーミの村

 旅に同行することになったレヴィアは星三つのシルバーランク冒険者だった。

 年齢不詳。身長百五十三センチ。種族ビスティ・ラビッツ。

 眉は常に八の字――所謂困り眉をしており、口元に八重歯が見えている。

 肩まで伸びた茶色の髪と橙色の瞳を持ち、頭の上には大きな兎耳が、お尻には丸いフワフワの尻尾が存在を主張する。

 極限まで短くしたスカートは、上に着るブカブカのジャケットの下からチラッと裾だけが見える状態となっており、丈の違う靴下によって絶対領域と太腿の両方を強調させていた。ハイソックスを履いている方には、ニーソックスと同じ位置に謎の太腿バンドが付けられ、履き物は無骨で頑丈なレザーのハイカットブーツという、なんとも独特な格好をしている。

 彼女の背負う、自分の背よりも大きいパンパンに詰まったバックパックはかなりの重量がありそうで、そんな華奢な身体のどこにそれほどのパワーがあるのだと首を傾げたくなる。筋力強化の魔法でも掛けているんだろうか。


 何入ってるんだ……?あの鞄。


 私は休憩の最中、地面に置いた鞄に体重を預けてサンドウィッチを頬張る彼女に質問してみた。


「……ねぇ、その中には何が入ってるの?」

「んぅ〜?あっ、気になるぅ?えへへぇ♪いいよぉ〜、教えてあげるぅ♡」


 そう言ってレヴィアは中に入っている物の一部を見せてくれる。

 鞄の中には、食料や缶詰、食器に調理器具。魔道コンロやランタンなどの旅で役立ちそうな魔道具から、閃光弾、鍵開け器具に各種ポーションと、様々な物が雑多に入っていた。

 ここまでの旅路で何度か物を取り出す姿は見ていたが、まさかこれ程の荷物が入っているとは思っていなかった。これで荷物の一部と言うのだから驚きだ。

 そして、その中で特に容量を占めていたのが――。


「バトルハンマーが……二本……?」


 戦闘で用いられる大きなハンマーだった。

 大きさは彼女の上半身半分ほどで、それが二本鞄の中に入っている。


「二本じゃないよぉ」


 そう言ってレヴィアは、バックパックの両側面のファスナーを開ける。

 そこから出てきたのは、全く同じ形の使い込まれたハンマーだった。

 なんだその可愛くない武器は。そんなもの道中で使ってる姿を見たことがないぞ。


「鞄の中に入れてるのは予備で、普段使いしてるのはこれ。だから、全部で四本持ち歩いてるのぉ」


 レヴィアは取り出したハンマーを二刀流で構える。かなり様になっており、軽く構えているだけなのに全く隙が見当たらない。


「ボクの戦闘スタイルは二本のバトルハンマーで敵を屠る、威力と手数を重視したものだよぉ。んふふぅ♪どぉ〜?カッコイイでしょ〜♡」


 構えはそのままに、クネクネと踊るように腰を振るレヴィア。

 私は肩を竦めて「あー……そうね?」と返しておいた。


「というか、ここまで一回も使ってなかったよね?」

「うん。だって、魔物を発見次第アムちゃんが瞬殺しちゃうんだもん。だからボクは魔石の回収に専念してたのぉ」


 レヴィアは、魔石を入れている袋を持ち上げてそう言う。

 確かに、思い返してみればそうだな。

 ライツからここまで、順調すぎるくらいに平和な旅をしていた。

 出現する魔物の数は少なく、それほど強くもないので私のフェアリービットで瞬殺。戦うことすらなかった。

 途中で行商の馬車に乗せてもらったりして、目的のサーミの村まであと少しと言ったところだ。


「――っと、魔物だ」


 そんな会話をしている中、背後の草むらが揺れた。

 レヴィアはバトルハンマーを両手に持ち、素早い動きで音の鳴った場所に飛びつく。


「きゃはは♪人を襲う時は、気配を消して、物音は出さないようにしないとぉ」


 ――ギャギャ!!?


 そこに居たのは緑の肌を持つ、ヒュームの子供くらいの大きさの魔物――ゴブリンだった。

 ゴブリンたちは、突然頭上から現れたレヴィアを見て目を丸くしている。

 レヴィアは、クルクルと空中を横回転しながら二本のハンマーを打ち付ける。


「――そぉ〜れぇ〜!!」


 魔技アーツ――グランドインパクト。

 大地を割るが如く一撃……いや、二撃が、そこに居たゴブリンたちを纏めて一掃する。

 スタッと軽く着地するレヴィアは、動かなくなったゴブリンたちを見て、ニヤニヤと笑った。


「よわよわ〜♡」


 何も背負っていないレヴィアの身軽さは凄まじく、これがシルバーランクの実力かぁと私は舌を巻いた。


 ◆◆◆


「見えてきたよぉ」

「あれがサーミの村」


 ライツを出て約一週間。

 私たちは無事にサーミの村にたどり着いた。

 何の変哲もない農村と言った感じの村で、これぞ田舎といった印象を受ける。

 村人は、物珍しそうに私たちに視線を向けている。私はとりあえず、宿を取ろうと適当な村人に話しかけることにした。


「ちょっといい?」

「ん?おお、ここ最近客がよく来るねぇ。この老いぼれに何の用だい」

「宿屋を探してるんだけど、何処にあるかな?」

「ああ、それならここを真っ直ぐ行って、突き当たりを左に曲がったところにあるよ。ただ、もしかしたら満室になってるかもしれないがね。そうだったら申し訳ない」

「ううん。ありがとう」

「ありがと、おじちゃん♪」

「ああ、気をつけてな」


 言われた通りの道順を進んでいくと、かなり立派な建物を発見する。あれが例の宿屋か。屋根のところに掛けられた看板には『宿屋サ・サーミ』と書かれている。

 早速私たちは、宿屋受付の人に話しかけ、部屋を一つ取る。私たちで丁度満室になったらしい。運が良かった。


「無事、宿も取れたことだし、早速柱や魔物の情報を集めて回るとしようか」

「うん。そうだねぇ〜」


 とは言ったものの、どうやって集めるか。

 村の様子を見たところ、みんな特段焦っている感じはしない。普通、近くに生活を脅かす存在が現れたら、多少なりとも反応を示すものだと思うのだが。


「――うわっ!?」

「ああ!!?すすす、すみません!すみません!」


 そんな風に思っていたら、ドンガラガッシャン!と派手に何かがぶつかり落ちる音が聞こえてきた。視線を向けると焦ったように頭を下げるフードの少女が目に入る。


 あの人は……。


 どうやら少女は、死角から現れた荷車を引く男性に激突してしまったようだ。

 相手側の男性は「どこに目ぇ付けてんだあっ!!?」とフードの少女に怒鳴り散らしている。そんな男性に少女は涙声でひたすらすみませんと謝っていた。


「なぁにやってんの?あれぇ」

「……」


 私はそんなやり取りをしている二人を見て、見るに堪えないと頭に手を当てながらため息を吐く。


「――荷車が無事だったものの!壊れてたらどうするんだ!」

「ずびばぜん!ほんどずびばぜん……!!」

「そのくらいでいいでしょ。何にイラついてるのか知らないけど、人に当たるのはそこまでにしておきなよ」

「ああ!?こっちはまだ――ッ」


 私が怒鳴り散らす男性の元に出ると、男性はこちらに振り向き、突然押し黙った。

 あまりに突然黙るものだから、私はいきなり静かになったなと呆気に取られる。


「……あんた、強いな?」

「は?え?何、突然」

「あんたに頼みがある!」

「えっ、ちょっ!?」


 男性はずずいっと私に距離を近づけ、両手を取った。

 私はその行動に反応できず、男性の接触を許してしまった。この男、なかなかやる。


「ちょちょちょ!おじちゃん!アムたんに何してるの!?」

「俺はまだおじちゃんなんて歳じゃねぇ!」


 男性は私から離れると、コホンと咳払いをして勢いよく頭を下げた。


「頼むっ!俺の工房を救ってくれ!」

「……は?」


 彼の行動を見た私たちは、思わず素っ頓狂な声を出して首を傾げる。何?工房を救ってくれだって?


「どういうこと?脈略が無さすぎてついていけないんだけど」

「そうだよおじちゃん。ちゃんと説明してくれなきゃ」

「だから俺はおじちゃんって歳じゃねぇよ!……実はな――」


 どうやら彼は、この村一の魔道具職人らしい。

 彼の工房は村外れの森の近くにあるようで、常に対魔結界を起動させて万全の状態で工房を守っていたのだとか。

 だがある日、彼がいつものように工房へ向かったところ、大きなドラゴンが対魔結界を破って建物を破壊していたらしい。

 彼は急いで武器を取り戦ったが呆気なく敗北。

 それから毎日ドラゴンと戦っては敗北を繰り返し、勝てないことへの苛立ちを積もらせていったのだとか。


「だから、あの子に当たったの?」

「別に当たったわけじゃない。それに、あれは俺は悪くねぇだろ」

「……そっちがいきなり飛び出してきたくせに」

「ああ??」

「ヒッ……!」


 ボソッと何かを呟く少女に、男性はギロリと鋭い眼光を向ける。


「でも凄いじゃん!ドラゴンと戦って死なずに帰って来れるなんて!」

「あ?ああ……まぁ、俺は昔、そこそこの冒険者だったからな。その時の感がまだ鈍ってないだけだ」


 男は徐にため息を吐くと、引いてきた荷台へ視線を向ける。


「今、俺の持ってる道具はこれだけだ。機材や素材諸々は全部工房にある。俺は何としてでも、工房を取り戻さないといけないんだ」


 そう言って彼はこちらへ視線を戻し、深く頭を下げる。


「頼む!この通りだ!俺に力を貸してくれ!」

「……」


 私たちが、そんな彼を見つめていると。


「あ、あの……」


 いつの間にかレヴィアの横に移動してきたフードの少女が小さく手を挙げる。


「わ、私、手伝います」

「いいの?」


 私は彼女に視線を向けてそう聞くと、彼女は「う、うん」と言って小さく頷く。


「わ、私の不注意でぶつかったのも事実だし、その、彼の気持ち、分かるから」

「嬢ちゃん……」


 彼女の言葉に、彼は無造作に自分の後頭部を擦ると「……助かるぜ」と、無愛想に呟いた。


「はぁ……分かった。私も手伝う」

「おっ、さすがはアムたんだね♪アムたんがやるならボクも手伝うよぉ~♪」

「ねぇ。それさっきも言ってたけど、アムたんって何?」

「え?アムたん、可愛くない?」

「……」


 そんなこんな、柱の情報を探そうとした矢先、私たちは魔道具職人の男性の工房を取り戻す依頼を受けるのだった。

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