第15話 兎の獣人少女

 翌日の早朝。私はライツの北門を目指して歩いていた。


「そこのお姉ちゃ~ん。ちょっといい~?」

「ん?」


 突然誰かに声を掛けられて足を止める。

 視線をそちらへ向けると、そこには大きな鞄を背負う兎耳を生やした少女が私を覗き込むようにして立っていた。

 私は思わず体をビクっとさせて一歩後ろに下がる。全く気配を感じなかった。

 私の反応を見た少女は、何がおかしいのかニヤッと厭らしく口角を上げてクスクスと小さく笑う。


「何ぃ?その反応ぉ~?びっくりしちゃったぁ~?きゃはは♪」


 な、なんだコイツゥ……。


 私は、彼女の人を小ばかにするような表情に少しムッとした。

 というか、音もなく私の懐に忍び込むなんて、この子は一体何者なんだ。


「突然何?というか誰?」

「あ~?怒っちゃったぁ?ごめんねぇ?そんなプリプリしないでよぉ~」


 少女は、私から離れると姿勢を正して名を名乗る。


「ボクの名前はレヴィア。お姉ちゃんの旅に同行したくてぇ、売り込みに来ましたぁ〜」

「はぁ?同行?売り込み??」


 レヴィアと名乗った少女は、人を小ばかにしたようなムカつく顔でそんなことを言う。

 というか、売り込みとは一体なんだ。それよりこの子はどこから現れた。


「あぁ~?その顔、ボクのことを疑ってる顔だねぇ~?」

「当たり前。私はあなたのことを知らないし、名を上げるようなこともしていない」

「あははは!」


 急に笑い出す彼女に、私は思いっきり眉を顰める。


「名を上げるようなことはしてないだってぇ~!きゃはは♪嘘言っちゃいけないよぉ〜。お姉ちゃんは、初めて光の柱の消滅を為した英雄なんだからぁ〜」

「どこでその話を……」


 確かに、光の柱の消滅の話題は絶えずそこら中から聞こえてくる。

 だが、それを為した者が誰なのかは特定されていないはずだ。知っているのはレイブンクロウのメンバーと冒険者組合の一部の人間だけ。

 外に私の情報が広がっているとは考えにくい。どこでその情報を手に入れた。


「クスクス。ボクはこう見えて情報通でねぇ~?いろんなところに耳があるんだぁ♪」

「……」


 どうも胡散臭い。

 私は得体の知れない少女に強い警戒の色を見せる。その気配を感じ取った彼女は、慌てたように両手をブンブン振って謝ってきた。


「ごめんごめん、そんな怒らないでよぉ。お姉ちゃんの反応が良くって、からかってただけなの。本気で怒らせるつもりはなかったんだよぉ。許してぇ?」

「……」


 そうな風に言ってくる彼女に、私は小さくため息を吐いて見据える。


「はぁ……。じゃあ、私が柱を消滅させたという情報はどこで手に入れたのか教えて」

「えっと、レックスおじちゃんからだよぉ?」

「レックスから?」

「うん」


 曰く、レックスは私のサポートをお願いするために、彼女に話を持ち掛けたらしい。

 どうやら彼女は非常に強い魔耐性を有しており、瘴気の中で長時間活動できるため、私のお供として抜擢されたとかなんとか。

 ありがたい話だけど、そこまでしてもらう義理はない気がするんだけどなぁ。


「こう見えてボク、結構役に立つよぉ?料理は作れるし、たくさん荷物も運べる。探索魔法や、ある程度の元素魔法も使えるから、敵の察知に飲み水の確保、暗い場所を照らす光だって出せるよぉ〜。どぉ?お買い得物件だと思うんだけどぉ~」

「……」


 それだけの技能を持っているのなら、こちらとしてはとてもありがたい話だが、どうしてそこまで私と旅をしたいのか甚だ疑問に思う。

 これだけ出来る人物なら至る所で引っ張りだこだろうに。


「……それだけできるのなら、私と旅を共にする理由はないと思うのだけど?パーティが組みたいのなら、もっといい条件の人が他にもたくさんいるはずでしょ」

「それは、お姉ちゃんが光の柱を消滅させた英雄だから――」

「それだけだと、旅について来る動機が薄いって言ってるの。柱を消滅させたのだってたまたまかもしれないでしょ?次も必ず活躍するっていう保証はどこにもない」


 そう言うと、彼女は口を閉ざして黙り込んでしまった。

 これでこの話は無しになるだろう。せっかくレックスが用意してくれたありがたい申し出だけど、彼女を私の危険な旅に付き合わせるのは申し訳ない。


「……分かった。正直に話すよぉ」

「ん?」


 そう思っていると、レヴィアはさっきまでの小ばかにしたような声色ではなく、真面目な声色でこちらを見据えた。


「ボクがお姉ちゃんに売り込む理由は、ボクもシファル大陸を目指しているからだよぉ」


 そう言ってレヴィアは語り始める。

 彼女が本格的に冒険者活動を始めた理由は、シファル大陸に行きたいという気持ちからだった。

 ビスティは本来、魔法が苦手な種族だ。特段、放出系の魔法が苦手で使える魔技アーツは自己強化系に偏っている。

 しかし、彼女は生まれつき魔耐性が異常なほど高く、それに準じるように魔法力も優れていた。並大抵の魔法は無効化レベルで彼女に効かない。まさに特殊体質だ。

 そのことから同族には忌み子として排斥され、逃げるように森を飛び出し冒険者となった。

 最初はただ生きるために、何の目的もなく漠然と冒険者として活動していた。

 いろんな場所を転々とし、様々なパーティと様々な場所を冒険して経験を積んだ。

 そんなある時、とある男性からシファル大陸のことを聞く機会があった。

 曰く、シファルには魔法を自在に操る獣人がいただとか、後から魔法力を与えられた人間がいただとか、そんな興味深い話だ。

 それを聞いた彼女は、自分もその大陸に行ってみたと強く思った。

 しかし、今やシファル大陸のほとんどは海に沈み、大陸全土に黒い瘴気が漂っている。

 瘴気は魔物を活性化させる負のエネルギーだ。

 それなりに長い間、冒険者として経験を積んできた彼女でも、そんな場所に一人で行くのは土台無理な話だった。

 しかし彼女は諦めず冒険者としての経験を積み、研鑽を重ね、様々な情報を集めた。

 そんな彼女に舞い込んできた話。自分にシファルのことを教えてくれた男性に、シファルを超えた先を目指す冒険者が現れたという情報を得た。

 そしてその人は、今巷で噂になっている柱を消滅させた人物だというではないか。

 彼女は思った。この人となら、必ずシファル大陸を横断することができると。


 そんな話を聞かされて、私は腕を組んで彼女を見つめる。

 彼女の言葉に嘘は感じられなかった。全部本気で、真剣にシファル大陸に上陸したいと思っているようだった。

 私は小さくため息を吐くと肩を竦めて口を開く。


「……そこまで本気なら。分かった。一緒に行こう」

「え?いいのぉ?」

「うん。だけど、これは危険な旅になる。それに、私の目的はあくまで孤島だからね。シファル大陸を調べるのは、私の目的が済んだ後になる。それでもいい?」

「うん。ボクは全然かまわないよっ!」

「ん。なら、契約成立だ」


 そして私は、彼女に手を差し出す。

 彼女は嬉しそうに私の手を握ると、不意にニヤッとした表情を作りクスクスと笑い始めた。


「これからよろしくね♪お姉ちゃん♡」

「その顔ムカつくからやめな」

「えぇ~?ムカつくって心外だなぁ~、こぉ~んなにプリち~なのにぃ」


 さっきまでの真面目な雰囲気は何だったのか。

 彼女はクスクスと笑いながら可愛らしくポーズを取ってそんなことを言ってくる。コイツが排斥された理由。この性格だったからじゃないよね。というか、私より年上だよね?

 そんな風に思いながら、私はため息を吐いた。


「……まぁ何にせよ、改めてよろしく。私はアムアレーンよ」

「うん♪よろしくね、アムちゃん♡」


 こうして私は、新たな仲間を加えて次の目的地へと旅を開始した。

 はぁ……何と言うか、色物過ぎて一緒に居ると疲れそうだなぁ。

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