第14話 北へ向けて

「キミにこれをあげよう」


 そう言ってレックスは、古びた羊皮紙の巻物をテーブルに置いた。


「これは?」

「僕が冒険者時代に見つけたシファル大陸の地図だよ。まぁ、大陸の半分以上が海に沈んでいるから、何の役にも立たないかもしれないけどね」

「地図……」


 私は羊皮紙を広げて中身を確認する。

 確かに大陸の地図だ。古い物であるはずなのに、色褪せもせずしっかり残っている。

 地名や町の場所、街道、出現する魔物の系統など、事細かに書かれたその地図は現代のものよりも遥かに見やすかった。


「こんな貴重そうなもの、貰っちゃっていいの?」

「構わないよ」


 レックスは紅茶を飲み干すと徐に立ち上がり、そのまま窓の方へ足を運んで空を見上げた。


「キミはティタニアへの帰還を望んでいるのだよね?」

「うん。私は一刻も早くティタニアへ帰らないといけない。帰って、島で何が起きたのか調べないといけないんだ」

「かなり切羽詰まった様子だね。故郷に帰りたいという気持ちは理解できるけど、少し急いてるように感じるよ。何か理由でもあるのかい?」


 その問に、私は一瞬思考を巡らせ答える。


「……私はティタニアの現状が知りたい」


 目覚める直前の記憶。

 突如として島の上空に出現した飛空戦艦。

 戦艦からの攻撃で島を護る膜は吹き飛び、幼馴染は放たれた魔力光線に呑まれ、自分も意識を失う。

 目を覚ませばエダフォスの森にある教会跡で、そこで会ったとある冒険者たちとしばらく共にし、今に至る。

 私の正体を明かした時にもチラッと話したことではあるが、今度はもう少し詳しく伝えた。

 そんな風なことを話すと、レックスは穏やかな表情から真面目なものに変えて顎を擦る。


「飛空戦艦か……」

「何か気になることでも?」

「ええ、少しだけ」


 曰く、飛空戦艦はシファルの帝国が開発、所有していた戦闘兵器なんだとか。

 今更だが、飛空戦艦というのは、魔力を動力として動いている超巨大な飛空艇のことだ。超巨大な魔道具みたいなものだと思ってもらえればいい。

 戦艦と名が付くように、戦うための武器が大量に搭載されている。

 中でも特に目玉なのが、島を攻撃する際に使用してきた高出力の魔力光線だ。

 極限まで圧縮した魔力の塊をレーザーのように射出し、全てを焼き払う高熱の魔力塊。生身で喰らえばいくら頑丈なフェアリアとてただでは済まない。


 そんな兵器は現在、数機しか確認されていないらしい。

 そのほとんどが壊れていて動かすことができず、動かせるものは片手で数えられる程度。

 修理するにも使われている技術が高度すぎて修復不可能なんだとか。

 飛空戦艦はまさにオーパーツと言うべき存在で、今の技術力では小さな空飛ぶ艇を作るのでやっと。現状、人を大量に乗せて大陸間を移動できる飛空艇は、大きな国か相当な権力を持った金持ちしか所有していない。


 その事を教えてもらい、私の中で小さな疑問を感じた。どうしてそんなものを用いてまで島を落としに来たのだと。

 私が覚えている限りでは、島の空を飛んでいた戦艦の数は優に十を超えていた。話に矛盾が生じる。

 それに、シファルという大陸が瘴気に包まれているという点も気になる。

 彼の話から推測するに、島を落としたのはおそらくシファル大陸のどこかの国だろう。

 だが、シファルのほとんどが海に沈んでいるという中、戦艦を用いることが出来るほどの力を持つ国が、果たしてあるのだろうか。

 答えの出ない疑問に私は頭を悩ませた。


「キミと話ができてよかった。まさか本当にフェアリアが存在しているなんてね」

「いや、私もティタニアへ帰れる手掛かりが掴めそうな情報を貰えて満足してる。ありがとう」

「こちらこそ」


 そして、彼との面談はここで終了となる。

 私は、彼に見送られながら組合のロビーへと向かう。その際会話はなく、喧騒とする冒険者や受付の声が聞こえるだけだ。

 しばらくもしないうちに受付前の扉までやって来た。私は扉を開ける前にレックスの方へと向き直る。


「それじゃあ、私はこれで」

「ええ、お気をつけて。有意義な時間が過ごせて満足したよ」

「うん。私も」


 扉を開けると、忙しそうにしている組合員の人たちの姿を確認できた。


 「そうだ。サヨナラの前にキミに一つ情報をあげよう」


 私がそのままロビーの方へと向かおうとすると、レックスが私の耳元で囁くように情報をくれる。


「この町を北上した先に“サーミ”という小さな村がある。最近その村の付近で、見たことのない魔物の目撃情報が多発しているそうだ。調べてみたところ、村からそう離れていない山の中に光の柱を発見した。魔物はその柱の影響を受けて変異したものだと推測される」


 その言葉に、私は「どうして私にその情報を?」と首を傾げる。

 すると、レックスは口角を上げてこう言った。


「キミは柱を消滅させた唯一の人間だ。キミなら、この問題を解決できると判断した。本当ならビギナーに頼む仕事ではないが、キミほどの実力なら問題ないだろう」

「どうして私が柱を消滅させたと?」

「キミの言っていた『とあるパーティ』というのは、レイブンクロウのことだろう?先日彼らがここへ立ち寄った時に情報を共有してくれたんだ」

「……なるほど」


 そうだ、この人ここの組合長だったわ。

 レイブンクロウがここに立ち寄ったというのなら、冒険者という立場上、情報の提供は必ず行うはず。

 本部は光の柱の情報を喉から手が出るほどに欲しがっているのだからなおさらだ。


「この情報を生かすか殺すかはキミ次第だ。僕としては、先に向った冒険者たちと問題の解決を目指してほしいが、無理強いはしない。では、良き冒険者活動を」

「……」


 廊下を戻っていくレックスの後姿を見送りながら、彼の出してくれた情報を反芻させる。


 光の柱か……。


 おそらく、先に向った冒険者というのは、私に絡んできた“紅焔の翼”とか言う連中のことだろう。

 冒険者として、この件は解決した方がいいのだろうが、やはり同族を斬るのは抵抗がある。

 私は組合の窓から見える傾き始めた太陽を眺めながら考えた。私はどうするべきかと。


「北か……」


 ティタニアを目指すのなら冒険者の階級は上げておいた方がいい。この件に関われば、ランクアップの手助けにはなるかもしれない。

 柱の調査に同行するしないは置いておくとしても、付近の村に出没する魔物の討伐なら私でも力になれる。


「……行ってみるか」


 次の目的地は見決まった。

 今日はもう日が暮れそうなので、組合に併設された冒険者用の安宿で部屋を取り、冒険の準備に取り掛かる。まずは装備の調整だ。

 腰マントとショートブーツはこのままでいいとしても、トップスとスカートはそろそろ限界が近い気がする。

 魔石と魔角を売ったお金があるので今は懐が温かい。お金があるうちに必要な物は揃えてしまおう。

 というわけで、私はこの町の防具屋に向った。


「んー……動きやすければなんでもいいんだけど」


 まずは穿き物からだな。

 うーん。スカートでもいいんだけど、やっぱりズボンの方が安心感があって私は好きだ。何か良いもの……と、防具屋のズボンが置かれたエリアを探していると一つ目に留まったズボンを発見した。

 裾に折り返しが付いたショートパンツ。

 頑丈な生地で、ちょっとやそっとでは破れることはない。それなりに伸縮するようで、動きの妨げにもならない。ズボンはこれにしよう。


 次は上だ。これもホルターネックのような肌を露出した軽装のもの方が好ましい。

 理由はいろいろあるが、一番の理由は種族装束自体が露出の多い恰好だからだ。やっぱり着慣れた格好が一番落ち着くからね。

 それに、フェアリアは他種族と違って周囲の魔力を大量に吸い込み、体内に長期間保存することができる。

 他種族も空気を吸い込むことで微量ながらに体内へ魔力を蓄積することはできるが、それとは比較にならないほど魔力を吸収できる。

 それを行っているのがフェアリアの羽で、種族装束の背中が大きく露出している理由でもある。

 羽は触ることのできない不可侵的な存在で、直接背中から生えるのではなく少し離れた位置に浮いたような状態にあるわけだが、背中と羽の間に障害物が存在するとほんの僅かだが魔力の流れが鈍くなってしまう。

 これで致命的な何かが起きるというわけではないが、違和感はあるのでなるべく羽の邪魔にならないような装備がいいのだ。


 この大陸は、暖かい温暖な場所であるため軽装も豊富に揃っている。

 ノースリーブタンクトップや、今私が着ているようなホルターネックだったり、中にはもはや下着だろと言いたくなるようなものもあった。

 その中で私が選んだのは黒い小さなフリルが付いた白のベアトップ。

 この上にアーマーでも付ければ防御力を増やすことはできるが、重いし、分厚いしで付けていない。

 その他にも、肩口から手首までの長さがあるアームカバーとくるぶしソックスを購入し、ゆるくなっていた腰マントのベルトも交換した。

 帰り際に、回復薬や数日分の軽食糧も買って小さな鞄に詰め込み準備完了だ。

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