第13話 組合長レックス
「どこへ連れて行くの?」
「組合長室です!……あっ、お疲れ様です!」
「え?お、お疲れぇ……その子は?」
「はい。組合長のお客さんです!」
リアンというこの女性は、組合の従業員用通路ですれ違う人に挨拶を交わしながらズイズイと進んでいく。
手を引っ張られている私の姿を、他の従業員はみんなして困惑の表情を浮かべて見ていた。何と言うか、居たたまれない気持ちになる。どうして私は組合の関係者しか入れない通路を歩いているんだろう……。
そしてしばらく通路を進むと、組合長室と書かれている扉の前で立ち止まる。
リアンは軽くドアをノックすると「リアンです!例の少女を連れてきました!」と、返事が返ってくる前に扉を開いた。
私はその躊躇ない行動に少し唖然としてしまう。目上の人を相手にする場合、向こうが行動を示してくれるまで待つものだと思うのだが。
扉を開けると、何やら資料を読み漁っている初老の男性が苦笑した様子でこちらを見ていた。
「……リアンさん。扉を開ける前に、こちらからの返事を待ってください」
「え?……あっ!すみません!気を付けます!」
「ふふ、はい。次からはお願いしますね」
男性は、持っていた書類を机に置くと、こちらへ体を向けて微笑みを浮かべる。
「まずは入って来なさい。お茶を用意しよう。リアンさん。給湯室に魔道湯沸かし器と来客用のお菓子があったはずだから持ってきてもらえるかな」
「分かりました!」
リアンはそう言って廊下を戻っていった。
それを眺めていると、おじさんは「キミは適当に腰かけて待っていてくれ」と書類を片付けながら言ってきたので、素直にその言葉に従う。
しばらくもしないうちにリアンは綺麗に包装された箱と水の入ったポットを持って戻ってきた。「お待たせしました!」と言ってそれをおじさんに手渡す。
「ありがとう」
「いえいえ。これも私の仕事ですから!」
「ふふっ。キミはいつも元気だね。手を煩わせてすまなかった」
「いえ!では、私はこれで失礼します!」
「ええ」
部屋を出て行くリアンを見送りながらおじさんはポットのスイッチを押すと、すぐにコポコポと沸騰する音が聞こえてくる。外界にはあんな便利な魔道具が存在するんだね。
湯を沸かしている間に、おじさんは箱の包装を解き、それを私が座っているソファーの前のテーブルの真ん中に置いた。私はそれを興味深そうに見つめる。これはクッキーというお菓子だろうか。存在は知っているが、食べたことがない。
「紅茶は飲めるかい?」
「え?……多分?」
「おや。飲んだことがないのかい?今時珍しいね。待っていなさい。すぐに用意しよう」
そうこうして出来上がった熱湯に、おじさんは茶葉が入った布袋をポットに直接投入し、しばらく放置する。
「本当は正しいやり方があるんだろうけど、僕は知らないからね。大雑把で申し訳ない」
「は、はぁ」
笑いながらそう言う彼に、どう反応していいのか分からない私は曖昧な返事を返す。
そうして出来上がったお茶を、部屋の奥にある棚から取り出したカップへと注ぎ、私の前に置く。おじさんも自分の分を入れると、私の反対側のソファーに腰かけて一口紅茶を飲んだ。私も倣って口に含む。
……不思議な味のお茶だ。これはこういう飲み物ものなのか?
鼻から抜ける茶葉の香りはとてもいい。
だが、味は何と言うか、私の知る飲み物とは少し違う気がした。
「さて、待たせて悪かったね」
「ううん。別に気にしてない」
「ふふ。そう言ってもらえると助かるよ」
おじさんはテーブルに置いたクッキーを一つ手に取ると口へ運び咀嚼する。サクサクという軽い音が聞こえ、私の食欲を誘った。
私も一つ頂き口に含む。
……なんだこれ。超うまい。
私は初めて食べるクッキーにすこぶる感動していた。孤島でもお菓子は食べたことがあるが、これの比ではない。
外界にはこんなうまい食べ物が存在するのか。
舌触りのいい感触と絶妙な甘さが更なる食欲を誘う。咀嚼しながら感動していると、私の様子を微笑ましそうに見ているおじさんと目が合う。
私は誤魔化すように一度咳払いし、クールダウンするために紅茶で喉を
「おいしいでしょ?このクッキー。僕のお気に入りなんだ」
「そうなんだ。うん、すごくおいしい。こんなおいしい食べ物、初めて食べたよ」
「それは良かった」
そう言って彼は、もう一口紅茶を口に含む。
「さて、まずは僕の自己紹介をしておこうか。僕は冒険者組合ライツ支部の組合長をしているレックス・ターレイドという」
「私はアムアレーン。今日冒険者になったばっかりのしがない旅人。よろしく」
「うん。よろしく」
彼の名乗りの後、私も同じように名前を名乗る。
フェアリアだということは一応隠しておいた。どうやら外界ではフェアリアという存在は、完全に架空のものとして認識されているみたいだからね。混乱させてはまずいだろう。
「それで、私をここに呼んだ理由は?」
「うん。それを今から話そうと思ってね」
そう言ってレックスはカップを置いてこちらへ視線を向ける。
「リアンさんから聞いた話だが、キミはティタニアの情報を探しているそうだね」
「……ティタニアを知っているの?」
その言葉に私は真面目な表情を作り、変わらず穏やかな表情を浮かべて感情が読めない彼を見据える。
そんな私の様子を見て、レックスは小さく笑った。そして徐に口を開く。
「……“始まりの海”に浮かぶ孤島。島の中央には世界樹がそびえ、その根元には世界の守護者たるフェアリアの里がある――」
彼の言葉に、私は思わず目を見開く。
それは、私が幼い時から聞かされてきた伝承の一文だった。
「……どこでそれを?」
「昔、とある遺跡を調査している時に見つけた石碑で、だね。僕はこう見えて、昔は凄腕の冒険者だったんだ。色んなところを旅して、色んな遺跡を調べて、時には伝説に迫ることもやったっけね。いやぁ、懐かしい。そんな冒険の中でこの伝承を見つけた。これを知った時は凄く興奮したよ。お伽噺にしか登場しないフェアリアの名前が出てきた事実にね」
レックスは興奮気味にそう言って、こちらを見据える。
「キミこそどうしてティタニアの名前を?僕が言うのもなんだけど、これは一部の有識者しか知らない名前だ。キミのような若者が知れる情報ではない」
「……」
私を見つめる彼の目は真剣で、私を見定めようとしているように感じた。その鋭い視線はすごく居心地が悪い。
私は自分の正体を明かすかどうかを考える。
彼はティタニアの情報を持っている気がした。何とかしてその情報を引き出したい。
しかし、このまま話していても、これ以上の情報を得るのは難しそうだ。だったら「私はフェアリアでティタニアへの帰還方法を探している」ということを伝えるのが一番手っ取り早い気がする。
そう思い、私は小さくため息を吐きながら背中に魔力を集中させてボロボロの羽を出現させた。
突然私の背中に現れた羽を見たレックスは、心底驚いた様子で目を見開く。
「そ、その羽は……!」
「あなたは腹の探り合いをしたいんだと思うけど、こっちにその気はない。もう正直に言おう。私はフェアリア。ティタニアの情報を探していたのは、故郷に帰るための手掛かりを得るためだ」
私は、島が何者かに襲われ、気が付くとここにいたという旨を簡潔に伝え、それを聞いた彼はどこか合点がいった様な様子で息を吐いた。
そして、何がおかしいのか突然大きな声で笑い始める。
「はっはっはっ!なるほど、故郷へ帰るためか!」
私は彼の突然の変わり様に少し引いてしまう。なんだ、どうした……。
「いやいや失礼した。フェアリアに関する情報は、あまり出回らない貴重なものだからね。警戒してしまったよ」
「は、はぁ……」
「ふぅ……そういうことならこちらも協力しよう。故郷を憂う気持ちは、誰にでもあるものだからね。僕の知っているフェアリアのことを全て話そう」
そうして彼から、ティタニアに関する情報を手に入れることができた。
曰く、ティタニアはここより遥か北にあるシファルという大陸の向こう側の海に浮かぶ島なんだとか。
しかし、シファルには濃い瘴気の壁に覆われており、上陸が出来なくなっているようだ。仮に上陸出来たとしても、始まりの海と呼ばれる場所を航行する手段がない。
そして、シファルを跨がずそのまま始まりの海に入ろうとしても、進んでいるうちに元居た場所へ戻ってきてしまう。
そんな話を聞いた私は、眉を顰めて頭を抱えた。
「それじゃあ、私は島に帰れない?」
「普通の手段では難しいだろうけど、不可能ではないよ」
「……?」
「まず前提として、冒険者の階級を上げることだ。上位のランクになれば、それだけ他人に信用されやすくなるからね」
「ランクを上げる……?」
私は、腰マントのベルトに括り付けていたドッグタグに視線を向ける。
確かに高ランクになれば、それだけで信頼には繋がる。だが、どうしてティタニアに行くのにランク上げが必要なんだ?
そう思っていると、私の心を読んだのかレックスはちゃんと説明してくれる。
「ティタニアに行くには、必然的にシファルに上陸しなければならない。シファルは未だ解明されていない未踏の地だ。情報を欲している学者はたくさんいる。だが、危険がいっぱいで実力を信用できる高ランクの冒険者にしか上陸の許可がされていない。故に、上陸のためのランクが必要になる」
「なるほど……」
「そしてもう一つ。キミは信頼できる仲間を集めないといけない」
「仲間?」
「ええ。シファルには、ほかの大陸では見られない凶悪な魔物が跋扈していると聞くからね。キミが種族として強いフェアリアだとしても、一人ではやれることには限界がある」
「……」
確かにそうだが、私に信頼できる仲間ができるんだろうか……。
そのシファルとかいう大陸には、濃い瘴気に覆われているそうではないか。そんな場所で活動できる人間が、果たしているだろうか。
そう思いながら、私は彼の話に耳を傾け続けた。
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