閑話 ライツ支部にて

 今日は珍しいお客さんが来た。

 その子の髪は何にも染まらない純白で、少しツリ気味の目元に蒼色の美しい瞳を持つ女の子だった。

 整った顔立ちと、少しダウナーな感じが印象的で、浮世離れした独特な存在感に見惚れそうになったくらいだ。


『フェアリアの住む孤島についての情報はある?』


 そう尋ねて来た時は「ああ、この子はそういうものに憧れる歳の子供なんだな」と思ったものだけど、成人しているのなら失礼なことしちゃったなって今は反省してる。

 そう思いながら私は、彼女の受けた依頼書をファイルに閉じて棚にしまった。


「不思議な子だったなぁ……」

「おや、リアンさん?棚の前でボーっとして、どうしたんだい?」

「あ、組合長」


 棚を見つめていた私の元に現れたのは、白髪混じりの整えられた黒髪を持つ初老の男性。

 このいい感じに年老いたおじさんは、この支部をまとめている組合長のレックスさんだ。

 何でも、現役で冒険者をやっていた時は、その名を知らない人はいないほど凄い人だったらしい。

 レックスさんは、私がとある事情で身を隠さなくてはいけなくなっていた時に助けてくれた恩人でもある。この大陸では珍しい黒髪を持っているが、それはレックスさんが東方の血が混じってるからだって聞いたことがある。


「いえ。先程のお客さん、不思議な人だなぁって思っていただけですよ」

「不思議な人?ふむ。まぁ、人は千差万別。そんな人も中に入るだろうさ。キミはその子のどこが不思議だと思ったんだい?」

「不思議というか、なんか変?その子、フェアリアの島について尋ねて来たんですよ」

「ほう。それはまた」

「あと、ティタニアがどうとかって言ってましたね」

「む?ティタニア……?」

「えっと、どうかしたんですか?」


 ティタニアの名前を出すと、レックスさんは顎に手を置いて考える素振りを見せる。どうしたんだろう。


「……その子は、本当に“ティタニア”と言ったのだね?」

「え?あ、はい。確かに言ってました。その……ティタニアってなんの事なんでしょうか。私、知らなくて、その子に首を傾げてしまったんですよ」


 私がそう言うと、レックスさんは「そうか」と一言零し、こちらへ視線を向ける。


「……ティタニアというのは、フェアリアが住んでいると言われる孤島の名前だよ」

「え?フェアリアの……ですか?」

「ええ。『アインスの遥か北。幻の大地“シファル”の先の何も無い静かな海の真ん中にその島はある。島の中心には“世界樹”と呼ばれる大樹がそびえ、星核から生まれし魔力をこの星に供給している』。そういう伝承が残っているのだよ」

「はぁ……そんな話初めて聞きました」

「それは無理もないことだろうね。これは一部の考古学者しか知らない話だから」

「何でこの話を広げないんですか?」


 私がそう尋ねると、レックスさんは小さく微笑み「危険過ぎるからだよ」と答えた。


「危険すぎる?」

「ええ。まず前提として、ティタニアの浮かぶ海――“始まりの海”に出るには、シファル大陸に行かなければならない。始まりの海には不思議な魔力場が発生していてね。シファル以外から行こうとしても元居た場所に戻ってきてしまうそうだよ」

「あの、すみません。その“シファル”っていうのは何ですか?」


 私が遠慮がちに手を挙げながらそう尋ねると、レックスさんは「ああそうか、まずはそこからだね」と言って、一度咳払いをする。


「シファルというのは、かつてこの世界を支配していたとされる帝国があった大陸の名前だよ。今は何らかの原因で大陸のほとんどが海に沈み、代わりに黒い瘴気の壁があって先に進めなくなっているけどね」

「世界を支配していた大陸……そんなものがあったんですね……。それに、瘴気の壁って……それがあったんじゃ、先には進めませんね」

「ええ。おまけに、始まりの海には太い竜脈が集まっている影響で磁場が狂っていてコンパスが何の役にも立たないそうだ」

「それじゃあ、船も使えないじゃないですか!」

「ええ。それに、海のそこら中に無数の渦潮が発生していて航行なんてとてもできる状況ではないと言うよ。空を飛んで行くにも、現存する飛空艇はほとんど残っていないし、これも無理な話だね。使える機体があっても使わせてくれる者なんていやしない」


 レックスさんは「ふぅ」とため息を吐くと少し喋りすぎたねと言って、私に背を向ける。


「こんな話を聞かされたら、血気盛んな冒険者たちは大いに興味を持つだろう。だが、さすがにシファルへ向かわせるわけにはいかない。あの場所は、光の柱の調査とはわけが違うんだ」

「その言い方だと、行ったことがあるみたいに聞こえますけど……」

「ええ。私は一度だけ、この目でシファルを見たことがある。流石に上陸まではしなかったけど、あれは悍ましい光景だったね。正直二度と見たくはない」


 そう言うレックスさんの手は微かに震えていた。

 彼ほどの実力者がここまで言うとは、それほど恐ろしい場所なのだろう。そのシファルという大陸は。


「えっと……その話を私に教えてもよかったんですか?私が口外しないとも限りませんよね?」

「あぁ、それは別の構わないよ。別に隠しているというわけではないからね。危険すぎるからむやみに話を広げていないだけで。まぁだけど、あまり人には話さないでほしいとは思っているよ。これに興味を持って無駄死にする英雄の卵を見たくはないからね」

「……」


 レックスさんはこちらへ首だけ向けると、少し微笑んで手を振りながら去っていく。


「その不思議な少女というのに、私も興味が湧いた。もし組合に帰ってきたら、教えてくれるかい?」

「あ、はい!」

「ふふふ、長く引き留めて悪かったね。では、私はこれで失礼するよ」


 レックスさんを見送った私は、壁に掛けられている時計に視線を向け、そろそろ休憩時間だと息を吐く。


「……私も少し調べてみようかな」


 私は冒険者ではないけど、少しフェアリアのことについて興味が湧いた。実家の書庫に行けば何かしらの手掛かりが見つかるかもしれない。休憩時間を使って少し調べてみよう。


「すみませーん!」

「あ、はーい」


 その前に、しっかり仕事はこなさなくちゃね。

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