サーミの柱編

第9話 ティタニアへ帰るために

 目を覚ますと、私は魔力の泉で寝転がっていた。

 柱は消滅しており、懐かしさを感じていた魔力も完全に無くなっている。あるのは泉を覆っている嫌な魔力だけ。

 エルミ姉の言った通り、異形と化したフェアリアを倒すことで柱を消滅させられるようだ。

 見たところ柱が消えた影響で何かが起きたということはなさそう。エルミ姉が何かしたんだろうか。それとも、これから何か起きるんだろうか。今は判断しようがない。

 周囲には誰もおらず、静かな水の音だけが聞こえる。レイブンクロウのみんなは無事に柱を脱出できたのだろうか。できたんだろうな。そう思うことにする。


『世界の守護者フェアリアとして役目を果たしなさい』


「エルミ姉……」


 頭の中を反芻はんすうするエルミネーアの声。

 世界の守護者というのは言葉の通りの意味で、フェアリアはこの世界を護るために造られた種族という伝承が残っている。

 エルミ姉はその事をなぞって言ったんだと思う。


 阻止って言ったってどうしたらいいか分からないよ。


 眉を顰めてそう心の中で呟くする。

 そんな私の側に、大きな狼が数体近寄ってきてた。グルル……と喉を鳴らし涎を垂らしながら迫ってくる。

 私は上半身を起こし、周囲に集まってきている狼に視線をやった。


「こっちの気も知らないで……」


 私は苛立ちをぶつけるようにティタニアにいた時と同じ要領で魔物を撃退する。

 ズタズタに切り裂かれる狼。力の差を思い知った他の狼は一目散に逃げだした。


「逃がさないよ」


 続けて私は逃げ惑う狼たちに光の剣を飛ばす。私に近づいてきた狼は全て魔石に変えてやった。何だか少しスッキリした。

 私はため息を吐きながら立ち上がり、今更ながら自分の変化に気が付く。


「あれ……?私、羽が使えるようになってる?」


 そう、羽がいつも通りに使えるようになっていたのだ。

 凄まじい脱力感と命を削られた感覚が残っていることから、薬の効果はとっくに切れている。薬の影響で使えるようになっているわけではなさそうだ。

 エルミ姉と戦った時は、薬で無理やり羽を活性化させて使えるようにしたが、薬の効果が切れればそれも当然無くなるわけで、それでも使えているということは、私の力は元に戻ったということになる。

 これもエルミ姉が私の力として中にいるおかげなのだろうか。そう思いながら羽の方へ視線を向けた。


「あれ?ボロボロ……」


 だが羽は変わらずボロボロで、何でこれで羽が使えているんだと首を傾げてしまう。

 不思議に思いながらも羽に魔力を集中させてみると問題なく浮遊できた。

 鳥や蝶のように羽ばたいて飛んでいるわけではなく、羽が重力を操作して体を浮かせている感じなので、穴が開いていても飛べるのはおかしなことではないのだが、少し不思議な感じがする。


「……まぁ、細かいことはいいや。使えるならそれでいい」


 私は、周囲に広がる森を見渡す。とりあえず、今は森を出ることを考えよう。

 私は空へ視線を向け、羽に魔力を集中させる。そんな中、一瞬視界の端に黒い靄を捉え、動きを止めた。


「……エルミ姉の力で羽が使えるようになったってことは、アレも使えるってことなのかな」


 そう呟き、私は手を泉の方へかざして、エルミ姉が良く使っていた魔技アーツを放つ。


「――ピュリフィケイション」


 周囲の魔力が一気に羽に集まる。私の手から浄化の青い光が放出され、周囲の魔力をまとめて絡めとった。


「おお……」


 初めて使ったが、まさかここまでの威力が出るとは……。

 エルミ姉はこういった系統の魔法が得意だった。エルミ姉の魔法適性は回復と補助。その適正を手に入れられたのだとしたら、今の私は以前のよりも確実に強くなっているということになる。


 浄化が完了した泉は見違えるように綺麗になる。ピリピリと肌を突き刺す嫌な魔力は完全に消え去った。澄んだ空気がとてもおいしい。

 瘴気というのは、簡単に言うと極限まで負に振り切った魔力のことだ。

 魔力は常に世界を循環しているわけだが、正と負。どっちかに振り切っていると沈殿した砂のように重くなって動かなくなってしまう。

 属性は強い方に引っ張られる性質があるため、ここのような負の魔力で満たされている場所に正常な魔力が近づくと属性が引っ張られて負に染まる。

 負に染まった魔力は、その重みで循環の輪に戻ることができず、そこで停滞してまた新たな負の魔力を生み出す。そんな悪循環で魔力は汚染されていくわけだ。


 私の使った“ピュリフィケイション”という魔技アーツは、あらゆる状態を正常に戻る効果のある魔法だ。

 例えば、毒や病気を罹った者から異常を取り除いたり、汚水や悪臭の元を消し去ったり、酷い油汚れや垢塗れ衣類などを綺麗にしたり、洗浄要らずで体や食器の汚れを落としたり。使用者の力量によって様々な浄化を行える。

 私は新たに手に入れた力を体験し、胸に手を持っていった。


「この力、大切に使わせてもらうね。エルミ姉」


 そうして私は空から森を抜け、人のいる町へと向かう。


 瘴気を生み出していた元凶を特定することはできなかったが、あれだけ浄化できれば、近い内に元の泉の姿に戻るだろう。

 あの森が、瘴気に溢れていながら僅か八十年という間にあそこまで浄化されていたのは、竜脈の集中点の近くだからだと思われる。

 竜脈は星核が生み出す魔力を直接運搬している川であるため、その集中点には必然的に正常な魔力が常に集まることになる。

 いくら属性を引っ張れるとはいえ、物量には敵わないということだ。


「……あれ?考えてみればおかしいな。どうして竜脈に瘴気が生まれる原因が出来たんだ?」


 そう言ったものの、そもそも前提がおかしい。

 さっきも言ったように、竜脈は星核から来る魔力が流れる川だ。そこに正も負も存在しない。つまり、瘴気が生まれる要因が存在しない。

 私はどうしてそうなったのか不思議に思いながら町を目指して飛行を続けた。

 かなり気になるが、今は置いておこう。少しでも柱の情報を集めるために人のいる場所に行かなくては。


 ◆◆◆


 しばらく飛行を続けていた私だが、疲れてきたので休憩がてら地上へ降りることにした。

 少し街道から離れた場所に着地し、羽をしまって周囲を見渡す。こんなみっともない羽、誰にも見られたくないからね。

 それから街道の方へ出て、道なりに歩いて行く。

 現在太陽は丁度真上にある。私が目覚めた時はまだ太陽は昇りきっていなかった時間だったので、少なくともここまで三時間以上は休みなく飛んでいたことになる。

 こんなに飛んだのは久しぶりだ。


「町に着いたら、ティタニアについての情報を集めないと」


 道中色々考えたが、柱の爆破を阻止する方法が思いつかなかった。なので私は、ティタニアへの帰還を優先することにした。

 柱を壊すと星にダメージを与えてしまうため、中にいるフェアリアを倒すわけにはいかない。そもそも私は同胞を傷つけたくない。どうにかして元の姿に戻す方法を見つけなくては。

 だが、柱は存在するだけで、その周囲に悪影響を及ぼしてしまう。エダフォスの森にいた魔物がいい例だ。あの巨大化した姿はおそらく、柱が放出している魔力による影響だろう。


 あの光る柱を、柱たらしめているのは星核から供給されている特別な魔力だ。光の柱はティタニア同様、正と負が混合した魔力で出来ていた。

 実はティタニアは、巨大な竜脈の集中点の上にある島なのだ。

 島の中央に立つ大樹は竜脈に流れる魔力を外へ放出する役割があり、島を覆っていた膜は放出の過程で出来た副次的なものだったりする。

 光の柱はこれと似たような状態で存在していると思われる。このことから、柱は竜脈の上に立っている可能性が非常に高い。

 違う点は、膜ではなく有害な魔力を放出しているところだ。瘴気までは行かないが、それに違い状態の魔力が流れて行っているのは確かだろう。

 放っておけば確実に近隣に被害が及ぶため、付近に住む人間からすれば我慢ならない話だろう。

 柱を壊せば星にダメージが、放っておけば地上に生きる者たちに被害が……。

 どちらにせよ悪い結果に繋がる。早急に手を打たなければ。


「ここでグダグダと考えていてもしょうがない。今は光の柱の情報を集めつつ、ティタニアへの帰還方法を探そう」

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