第10話 人の町

「ここが外界の町か……」


 私がたどり着いた町は、ライツという町だった。

 リリィウッド公国にある小さな都市で、近くに難易度の低いダンジョンがあることから新米冒険者がよく集う。

 私は、初めて見る外界の街並みに関心しながらゆっくりと歩いて行く。さて、これからどうしようかな。


「――おい!聞いたかよ!?エダフォスの森の光の柱が消滅した話!」

「ああ!聞いた聞いた!何でも最近名を上げてきたパーティがやったんだってな!」


 そんな話声が近くで聞こえてくる。

 私はその声の方へ視線を向けると、ひときわ大きな建物の前で喋っている集団を見つけた。


 やっぱり話は広がってるか。


 この話が広がっているということは、レイブンクロウのみんなは無事に帰還できたということだろう。特に心配はしていなかったが、無事を確認できたことには安心した。

 そんな風に思いながら、私は視線を上げる。


「……ん?」


 視線を上げた先には『冒険者組合』と書かれている看板を発見した。なるほど、あれが冒険者の集う組合という施設か。


「冒険者か……」


 組合には、その性質上たくさんの情報が集まってくる。その中にはティタニアへ帰る手掛かりもあるかもしれない。


「……うん。冒険者になって情報を集めるのも悪くないかもしれないね」


 そう思い、私は冒険者組合の建物へと足を踏み入れる。

 建物の中は、たくさんの人で賑わっていた。

 この組合は飲食店と宿屋も併設されているらしく、真っ昼間っから酒を飲んで騒いでいる人たちを一瞥しながら、まっすぐ奥へと進んでいく。


「ちょっといい?」

「はいはい!何でしょうか!」


 私は、入ってすぐの所にある窓口に居た女性に話しかけた。

 女性は私の顔を見ると「見ない顔だなぁ」という表情を一瞬だけ浮かべた後、何事も無かったように笑顔を作る。


「ティタニアに関する情報を探してるんだけど、何か知らない?」

「ティタニア……?」


 女性はなんの事だ?と言いたげに首を傾げた。


「もしかして、聞いたことない?」

「えーっと、すみません……。聞いたことがありませんね……」

「そうか……」


 私は腕を組んで「ふむ」と声を漏らす。そうか、ティタニアを知らないか。


 そう言えばレイブンクロウのみんなも島の名前を知らなかったな。外界ではティタニアの名前は広がっていないのかもしれない。


 私は視線を女性に戻し、質問を変える。


「それじゃあ、フェアリアの住む孤島についての情報はある?」

「え?フェアリアの島についてですか……?」


 女性は「そんなことを聞いてくる人がいるだなんて」と表情を変えてから、私の姿を見て何か納得したように「ああ」と声を漏らす。

 そして女性は、柔らかい表情で子供をあやすような声色に変えた。


「えっとね。フェアリアという種族は、お伽噺だけに登場する架空の種族なの。つまりね?この世界には存在しないの。だからそのフェアリアが住む島っていうのもお伽噺だけのもので、現実には存在しないのよ?」

「……」


 そんな風に言ってくる彼女に、私は眉を一瞬ピクつかせて口をへの字に曲げる。

 すぐに顔に出ることといい、見た目だけで子ども扱いすることといい、人に対して少し失礼じゃないだろうか。

 身長が低いことに関しては種族上の問題なので別に気にしてはいないが、子ども扱いされるのは嫌な気持ちになる。私はこれでも十六歳なんだ。

 まぁ、そんなことでいちいち腹を立てても仕方がないので、私は小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。


「……そっか。まぁ、知らないのならいいや。じゃあ、話は変わるけど、冒険者になるにはどうしたらいいの?」

「あら?冒険者になりたいの?あなた年齢はいくつ?」

「十六」

「そう、十六……十六!?」


 受付嬢は私の年齢を聞いて突然大声を出した。私は突然なんだと眉を顰めて彼女を見つめる。


「そ、そうなんですね。これは失礼しました。てっきり十歳前後なのかと……」

「……」


 正直すぎることを口走る彼女に、ここまでくるともはや清々しいなとため息を吐いた。

 ちなみに、この世界の成人は十六歳だ。つまり、私は立派に大人なのだ。

 確かに私は、容姿の問題で幼く見えるのだろうが、これでも身長は百四十以上ある。フェアリアよりも身長の低い種族はたくさんいるのに、その態度はいかがなものかと。


「えっと、あっ!冒険者登録の話でしたね。はい、冒険者登録はこちらで行えますよ」

「いくら掛かる?」

「初回は無料になります」

「なるほど。登録には何が必要なの?」

「特に必要なものはありません。こちらにある専用の魔道具に手をかざしていただくだけで完了しますので」

「専用の魔道具?かざすだけ?」

「はい。……あ!えっと、申し訳ないのですが、以前に冒険者として登録されていたことは?」

「ないよ。だからこうして尋ねてる」

「あっ、そうですよね。失礼しました。では、すぐ準備いたしますので少々お待ちください」


 大丈夫か?この人……。

 私は片方の眉を上げて魔道具の準備を始める受付嬢を見据えた。


「はい。では、そちらの板に手をかざしていただけますか?」

「板?」


 受付嬢が指したのは、窓口の端にある黒い板だった。え?これ?と私は彼女に視線を向けると、彼女はコクリと頷く。

 私が戸惑い気味に板に手をかざすと、受付嬢は「そのまま動かないでくださいね」と言って、機械のようなものを操作し始めた。

 その少し後、黒い板が発光しだし、私の中から魔力が吸われる感覚を味わう


「はい。もう離してくれて構いませんよ」


 私は黒い板から手を離し、向こう側で作業している受付嬢を見据える。

 女性は、板とコードで繋がった端末のようなものを弄ると、受付の後ろの棚から無印のドッグタグを取り出し、端末に近づける。すると、ドッグタグに文字が刻まれていき、最後は黒色のカバーで閉じて作業を終了した。


「お待たせしました。これがあなたの冒険者証になります」


 そう言って受付嬢は、出来たばかりのドッグタグを私に手渡した。思ったより早く終わったな。

 ドッグタグはまだ熱を持っていて少し熱い。

 私は、手渡されたドッグタグに視線を移す。


「これが冒険者証……」

「はい。冒険者証の再発行にはお金が発生しますので、紛失にはご注意ください」

「分かった。気を付ける」


 私がドッグタグを見ながら頷くと、女性は「それでは、初めて冒険者になるあなたに冒険者の階級について簡単にご説明させていただきます」と言って、見本のドッグタグを取り出して見せてくれた。


 曰く、冒険者には、冒険者の安全とその人の実力や練度を示す、階級ランクというものを設けているらしい。

 全部で五つのランクが存在するようで、一番下がビギナー。その次がブロンズ。次にシルバーでゴールドへと続き、最後はマスターランクとなる。

 各ランクごとにもそれぞれ星の数で段階付けされており、ビギナーは星三つを獲得することでブロンズランクへの昇級試験を受けることができる。合格すれば晴れてランクアップだ。

 ブロンズランクは星四つでシルバーへ。シルバー以降は全て星を五つ獲得で次へ進める、といった具合になっているようだ。


「ということは、私は“星無しのビギナー”ってことだね」

「そういうことです」

「なるほど」


 ちなみに、ドッグタグの縁の色も自分のランクによって変化するみたいだ。

 ビギナーは黒。ブロンズは銅。シルバーは銀。ゴールドは金。マスターランクはプリズムカラーの縁になるらしい。なんか高級感があっていいね。


「星は、依頼を達成したり、ダンジョンを攻略したり、様々な問題の解決などすることで獲得できる“貢献度”を一定以上貯めることで付与されます」

「じゃあ、積極的に依頼やダンジョン攻略はやっていった方がいいんだ」

「そうですね。特に依頼で獲得できる貢献度は高く設定されていますので、是非依頼をたくさんこなしてみてください。また、獲得した貢献度の一部を組合でのみ使用可能なポイントとして追加されますので、こちらもご利用ください」

「ポイント……そんなものがあるんだね」

「はい。依頼を張り出している“クエストボード”は入って右側の壁にありますので、依頼を受ける時は、そこに張り出している依頼書をこちらの窓口にご提出ください」

「分かった」

「これで一通りの説明は終わりますが、何か質問はありますか?」

「ううん。今は特にないかな」

「そうですか。何か分からないことがあれば、お気軽にお声掛けください」

「うん。ありがとう」

「では、冒険者活動頑張ってください!」


 そうして窓口から離れた私は、受付嬢が言っていたクエストボードなるものの前に移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る