第8話 消滅する光の柱

 ただ茫然と落ちた首を眺めてると、異形の魔物の消滅が始まった。炭酸の弾けるような音と共に、異形の魔物の姿が溶けていく。

 私はそれで意識を取り戻し、焦ったように異形の頭に近づく。


「エルミ姉……!」

「……」


 首は何も喋らない。もうこと切れている。

 私は、過呼吸になりながら胴体の方にも視線を向けた。


「アムアレーン……?」

「……」


 遠くで心配しているグレイグに、私は何の反応も示さず、ただ消えていく異形の体を眺めていた。


 嫌な予感が的中した。


 この柱にいた異形の魔物は、フェアリアの成れの果てだった。

 どうしてフェアリアの魔法が使えたのか不思議だったが、そもそもフェアリアが異形の正体なら使えて当然だ。

 よく思い返してみれば、あの短剣はエルミ姉がよく作業に使っていた短剣と全く同じだった。どうして気づけなかったんだ……。


「大丈夫か?」

「……うん」


 そして突然、柱内部で小さな揺れを感じる。

 徐々に揺れが強くなっていき、地面に亀裂が入っていく。


「っ……!このままここにいたらまずい!早く脱出しよう!」

「ああ!」


 急いで洞窟の方へ走っていくレイブンクロウ。

 それを横目に、私はもう一度エルミ姉が倒れている場所に視線を向けた。

 すると、そこに綺麗な黄玉の珠が落ちていることに気が付く。私は急いでそれを飛んで取りに行った。


「っ……!」

「あっ!アムアレーン!!」

「おい!グレイグ!早くしないと!」

「ああ、くそっ!」


 遠くで何か聞こえるが今はこっちだ。早くしないと奈落の底に真っ逆さまになる。

 そんな風に思っていると、突き上げるように地面が膨れ上がった。黄玉の珠は大きく空を舞い、そのまま奈落へと落ちていこうとしている。


「待って!!」


 無我夢中で球を掴み、その手に収めると、直後眩い光が私の身体を包み込む。


「アムアレーン!!」


 グレイグの叫び声。

 彼は私を心配して近くまで来てくれていたようだ。彼には申し訳ないことをしたね。あとでお詫びをしないと。

 そして光は完全に私を取り込むと、時間が止まったように周りの音が聞こえなくなった。


 ◆◆◆


「アムアレーン!」


 俺は急いでアムアレーンを追いかけた。あまり感情を表に出さない彼女が一体どうして。


「グレイグ!」

「分かってる!俺もすぐ行くから、お前たちは急いで脱出しろ!俺は、彼女を連れ戻す」

「わ、分かったわ」


 羽を得た彼女の移動速度はとてつもない。

 正直、俺のこの行動は悪手なのかもしれない。だが短い間とは言え、彼女はもう俺たちの仲間だ。仲間を見捨てて帰るわけにはいかない。

 そんな風に思っていると、彼女は何やら黄色い宝石を掴み上げていた。

 彼女はあれを追いかけていたのか。

 直後、その宝石から眩い光が発生し、彼女を飲み込む。俺は慌てて彼女の名前を呼んだ。


「アムアレーン――!!うわっ!?」


 そしてまた地震が強くなる。

 これ以上ここにいたら流石に戻れなくなってしまう。しかし……。


「グレイグ!」

「ジール!?お前……!」

「これ以上ここにいるのは危険だ!早く脱出するぞ!」

「だが、アムアレーンが!」

「彼女なら大丈夫だ!」

「何故そう言い切れる!?」

「彼女はフェアリアだぞ!俺たちヒュームとは根本から違う。彼女なら一人で脱出できるかもしれないが、俺たちはどうだ!?どう考えても無理だろ!!」

「だが……!」

「冷静になれ。お前のその人を助けたいという心は素晴らしいと思うが、まずは自分の生存を優先しろ。己を犠牲にしても、得られるものはほとんどないぞ」

「……っ」


 ジールの説得を受け、俺はやむなく入らを脱出した。

 道中迫りくる謎の魔物と対峙しながら、何とかゲートを潜り、魔力の泉へと出る。


「ハァ……!ハァ……!」

「グレイグさん!ジールさん!」

「あんたたち大丈夫なのか!?」

「ああ……何とかな」


 俺がそう返事を返した直後、一瞬時が止まったような感覚に襲われ、何事かと柱の方へ視線を向けると、そこには何もなかった。


「あ、あれ?」

「柱が……」

「消滅した?」


 目の前に広がるのは広大な泉。

 奥には黒い靄が渦巻き、嫌な空気をひしひしと感じる。


「アムアレーンさんは?」

「……」


 俺はクロムに無言で首を振る。俺の反応に彼女は口を両手で押さえ、目を丸くした。


「すまん。俺も連れて帰りたかったんだが……」

「俺こそ悪かった。だが、あのままあそこにいてもしょうがないだろ」

「……ああ。それには感謝している」


 俺はもう一度、何もなくなった魔力の泉に視線を向ける。


「……とりあえず、このことを組合本部に報告しよう」

「ああ」


 俺たちは荷物を纏め、後ろ髪を引かれる思いで泉を後にする。

 俺たちを助けてくれた彼女の存在はデカい。彼女がいなければ、そもそも柱の攻略なんて無理だった。


「あくまで調査のつもりだったんだがな……」

「ああ。まさかこの一年、誰もなしえなかった柱の消滅までしてしまうなんてな」


 この収穫はデカい。

 柱の中には、彼女の故郷の島ティタニアでのみ取れる魔結晶がそこら中に生えており、最奥にはフェアリアの力を持つ魔物が待ち構えている。そいつを倒せば柱を消滅させられる。


「これで、これ以上被害を出させずに済む」

「そうだな。まぁ、あのバケモノを倒せればだが」


 問題はそこだ。果たしてあの異形を倒しうる人間がいるのだろうか……。


「……そう言えば、彼女。最後なんて叫んでたっけ?」

「ん?……ああ。誰かの名前を呼んでいたような気がするな」


 俺はジールの呟きにそう答える。確かに、彼女は異形のバケモノに向って名前らしき何かを叫んでいた。

 だが、なんて言っていたのか思い出せない。


「アムアレーンさん。何か言っていたんですか?」

「ああ。だが、声が小さくて聞こえなかった」


 彼女があんな唖然とした顔をするなんて……。いったい何があったんだ、アムアレーン。


 俺は、喉の小骨が引っかかったようななんとも言えない気持ち悪さを感じながら、エダフォスの森を駆けて帰路についた。


 ◆◆◆


 私は今、真っ白な空間にいる。

 何も聞こえず。何も感じず。ただただ白い空間そこにはあった。

 「何だここは」と思いながら周囲を見渡していると、自分の手に何かが握られていることに気がつく。

 見れば、先ほど手にした異形の妖精から手に入れた宝玉があった。

 しかし、既に色は失われており、綺麗なだけの灰色の珠と化している。


『アム』

「!?」


 突然背後から、聞き知った声が聞こえてくる。

 急いで後ろへ視線を向けると、そこには私に良くしてくれたお姉さん。エルミネーアの姿があった。

 黒色の長い髪。切れ長の目元に赤い瞳。背中にある黄玉を彷彿とさせる蝶のような二枚の羽。私の知っているエルミ姉その人だ。


「エルミ姉!」

『久しぶりね。アム』


 彼女の声に、私は思わず目じりに涙を溜める。


「やっぱりエルミ姉なのね!」

『ええ。あなたは無事だったのね』

「ねえ!島で何があったの!?どうしてあんな姿に!?」


 私の質問に、エルミ姉は静かに首を横に振った。


『私たちにも分からないの』

「分からない……?」

『ええ。私たちも、あの魔力光線の被害を受けてね。気が付いたら、あんなバケモノみたいな姿になっていたの』

「……」

『意識はあるのに自分の意思では身体を動かせない。まるで誰かに操られているように身体が勝手に動いて、自分の命と魔力を犠牲にしてあの柱を生み出した』


 その言葉に私は思わず目を見開く。あの柱を作ったのは異形と化したフェアリアだったのだ。


「ってことはもしかして、世界中に確認されている光の柱の中には……」

『ええ。私と同じように、異形の姿に変えられたフェアリアがいるはずよ』

「なんてこと……」


 そうして絶望する私に、追い打ちをかけるようにエルミ姉の身体に異変が訪れる。彼女の身体が光に溶けて消滅しようとしていたのだ。


「エルミ姉!?」

『どうやら限界のようね。まさかこれほど短いとは……。でも、最後にあなたと話せてよかった』

「待って!エルミ姉!」

『ごめんね、アム。何にもしてあげられなくて』

「別にいい!別にいいから!お願い、消えないで……」


 私のわがままに、エルミ姉は「フフッ」と小さく笑う。


『あなたのわがままなんていつ以来かしらね。大丈夫、私は消えないわ。これからは、あなたの力の一部としてずっと一緒にいる』

「エルミ姉……」

『それと最後に一つ。アム。あの柱は破壊してはダメよ』

「へ?」


 そう言うエルミ姉に、私は素っ頓狂声を出して彼女を見つめる。


『これはおそらく、私を異形の姿に変えた時に植え付けられた命令なんだと思うんだけど。どうやらあの柱は、何者かによってこの世界を破壊するために作り出されたものらしいの』

「世界を破壊するために作られた……?」

『ええ。壊すこと――つまり、中にいるフェアリアを倒すことで、爆発的なエネルギーを発生させて星核を破壊しようと企らんでいる者たちがいるみたい。私たちはその爆弾の核にされたってわけ』

「どうしてそんなことを……」

『分からない。だけど、何らかの目的があってやっているんだと思う。あなたは急いでこの爆破を阻止するために動きなさい』

「阻止って言われても……」

『これが出来るのはあなただけよ。あなたは“世界の守護者のフェアリア”なんだから。守護者として役目を果たしなさい』

「……」


 そう優しく言ったエルミ姉は、完全に目の前から姿を消した。


「そんなこと言われても……」


 私は灰色の宝珠を眺めながら、暗くなっていく白い空間で立ち尽くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る